111,師匠ならば、こうするのだろう。
ラベンダーの説明では、この『異なる位相の歓楽都市ヴィグ』を支配しているのは、オルギという悪魔。
ドラゴン形態を持つ悪魔のようで、火炎と氷という相反する属性もち。
この悪魔を殺し、管理者権限を奪うと、元の世界に戻るためのゲートを開くことができるという。
ラベンダーの奴、どうにも詳しすぎるよな。
すべてがデタラメということもありえるが。
「オルギという悪魔個体だけでも、まともに戦ったら苦戦必至だろうに。この魔物の量じゃなぁ……プランをたてよう。たまには、プランというものを」
スゥが、謎の得心のいった顔で、
「殴り込むかたちでいいんだね、リッちゃん?」
「殴り込むかたちを、プランとは呼ばない」
「アタシの力も使ってよ」
とラベンダー。
この偽グウェンことラベンダーが、どこまで当てになるか。
しかし、試してみても悪いことはないだろう。
仮に失敗したとしても、まぁ死ぬだけだ。
……うーん。死ぬのは困るが。
「ラベンダー。おまえのスキルは、空間転移も可能としているようだが? たとえば、異なる位相の──」
「『異なる位相』への空間転移はできないなぁ、残念ながら。アタシも、自分の力ではなく、悪魔側のゲートから、こっちに来ているわけで」
いくつか作戦を考えてみたが、どれも脳内でシミュレーションするたび、死ぬんだよなぁ。
状況を打開できる展開がひとつも見つからない。
もしかすると、おれは真面目に考えすぎているのかもしれない。
師匠のように考えるのだ……
師匠のように考えるのだ……
師匠のように……
そもそも師匠だったら、こんな位相の異なる世界に来て、悪魔と対峙するハメにはならなかっただろうに。
ここは気合を入れて、師匠が『働いている』ところを思考実験するところから始めねばならないのか。
なんという難易度の高さ。おれの思考力と想像力をフル回転させるときがきたか。
ぐぬぬぬ。
外野のスゥとエンマの会話が遠ざかっていく。
「リッちゃんが脳をフル稼働させている……こういうときのリッちゃんは、凄いよ」
「スゥさんの、リクさんへの無駄な信頼感のほうが凄いですね」
師匠ならば、それでもやはり楽々な方法を取るだろう。
わが師匠ならば。
「あぁ、なるほど。ラベンダー。観客席の魔物たちに気付かれず、何か所かに的確に移動したい」
観客席の見取図を、床に描いてみせる。
作戦を的確に遂行するために不可欠なポイント、一、二、三、四、五、六。
魔物たちから完全に死角となる場所を選んでいく。
ラベンダーはうなずいて、
「そういうの、得意だよ。キミを連れて、空間転移していこう。魔物たちには気取られず、的確に」
「……まった。空間転移で眩暈とか起こすと、アレだな。これは素早さがものをいう。ちょっと練習してみよう。それと空間転移は連続して行えるのか?」
「一度、空間転移して三秒。次の空間転移までに必要となる時間だね」
三秒……覚えておこう。
しかしラベンダーが、真の性能を口にしたと信じるのは危ういが。
お試し空間転移を、二メートル先にして行った。
いきなり場所が変わることで、視界が混乱する。それ以外は、とくに問題はない。
「転移時に目を瞑って視界を閉ざしておいたほうが、下手に混乱せずに済みそうだな。じゃ本番、いこう」
「オーケイ」
観客席の魔物たちは、悪魔オルギの演説を聞きながら、さらなる熱狂中。
オルギの演説内容は、要約すると『人類に目にものみせてやるときが来た』的なもの。
こっちは魔物たちが、悪魔オルギに意識を奪われているのが、好都合。
魔物たちに気付かれない位置へと転移していきながら、おれは《デバフ・アロー》を発射していく。
できるだけ観客席の死角となる位置から、至近の魔物へと撃っていくことで、こっちの隠密行動を気取られないようにする。
そうしてできるだけ多くの魔物たちに、次のデバフを付与していく。
第六の型【何がどうしてこうなったのやら】。
混乱状態の付与。
第十一の型【弾けとぶときもある】。
爆裂傷の付与。
第二十の型【嫌なことは分け合おう】。
デバフ内容は、『付与したデバフと同じものが、隣の敵にも付与される』。
これで、第六、第十一のデバフを拡散させていく。
ただしポイントは、第六、第九、第十一を、別々の個体に付与することだ。
ある魔物たちは、第六のデバフによって、混乱状態となっていく。
別の魔物たちは、第十一のデバフによって、その肉体が持続ダメージ爆裂により、破裂していく。
そうそう、今回実戦では初お目みえの、第九のデバフも別の魔物たちへと拡散させていく。
第九の型【誰だって昔は獣だった】。
デバフ内容は、『理性数値が急激に下がる』。
少しわかりにくいので、簡単にいえば、異常なまでに暴力的になる効果。
すなわち、万単位の魔物たちに、猛スピードで、異なるデバフ効果が拡散していく。
混乱。
爆裂。
そして暴力衝動。
その結果、何が起こるか。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
師匠なら、こうするだろう。




