五話 翔惟
「今日も見た、と」
スマホのカレンダー機能を開くと、『夢を見た日』とメモ書きして丸の印をつけた。連続してみるのは、ここ二週間ぐらいになる。
小さな頃から、時折この夢を見ていたのを記憶していた。現代日本ではない風景。あまりにも不思議だったので子供の頃、児童絵本を見てその世界が古代ローマや古代ギリシャの風景だと分かった。
その夢では様々な光景を見ていたが、親しみを持てるような人物が頻繁に出ていた。白に近い腰辺りまである銀髪の美しい人。金髪の精悍な武人。明るい茶髪をポニーテールでまとめている可愛らしい人。そして、火のように明るい赤い髪の青年――あと誰かいたような気がするが、それを確かめようとすると夜中だろうが明け方だろうが、必ず起きてしまう。まるで、思い出したくないように。だから、自然と『もう一人』を思い出すのは諦めた。その人物がいなくても、まるで物語の様に楽しい夢だったからだ。
だが、最近見る夢――それは、その思い出したくない「男」なのかもしれないと思った。
戦いで半壊した宮殿、燃え上がる炎、もう死が間際の兵士たちの呻き声。リュコスの戦士が、ヴロヒの乙女を庇って倒れた所で目が覚める。その後どうなったのか、分からない。夢に見るのは、多分そこまでだ。
――読んだ本や、映画の影響だろうか?
「比江森先輩、おはようございます」
「おはようございます」
考えながらバス停で立ち止まっていると、背後から声をかけられた。彼女は振り返ってにこりと笑顔を浮かべて、声をかけてきた子達に話しかけた。
「おはよう、今日はいい天気だね。まるで君たちのようだ」
キザったらしい言葉は、もう癖になっていた。青のネクタイの後輩たちは、「きゃー!」と声を上げて抱き合っている。丁度そこにバスが来たので、比江森と呼ばれた彼女はバスに乗り込んだ。喜んでいた少女たちも、慌ててその後に続く。
彼女は、整った顔の少年のような風貌だ。しかし制服はこげ茶色のブレザーのスカート姿に、二年生である証の濃い赤のネクタイ。中性的で、通う小中高大学一貫女子校の火威高等部二年一組。入学当時から『王子』とあだ名がつけられて、上級生や下級生から人気があった。その人気は教師にまで渡り、この学園ではちょっとした有名人だ。自分の見た目や性格を分かっているから、彼女は常に周りの望む理想の王子様を演じていた。ただ、それに苦痛はない。何故なら自分でも、どうして自身が女なのか不思議に思う事が多いからだ。
彼女は右前髪が長いアシンメトリーのショートカットで、赤色と青色のメッシュを入れている。規則にメッシュ禁止の項目はないのだが、一度だけ注意を受けた事がある。しかし、彼女が微笑めば「仕方がないですね」と、女性教師は顔を赤らめて許してしまっていた。彼女は小さな頃から、青系と赤系を好んでいた。自然と、身に付けるものも赤や青が多かった。
「おはよう、翔惟。相変わらず人気者なのね」
「おはよう、麗空! 今日は君に会えるなんて嬉しいな」
音楽でも聴こうとイヤホンを出そうとした手が、その声でぴたりと止まった。艶やかな長い髪は、背中程まで綺麗に流れている。美少女と呼ぶに相応しい、麗しい少女だ。ただ、彼女の制服は翔惟とは違う。紺色のブレザー制服に、水色のリボン。麗空は、翔惟の学校より二駅向こうの水嶋高等学校の生徒だ。この春にスイスから日本に帰ってきて、日本の学校に編入したと聞いた。
「ああ、姫……くそ、またあいつと仲良く話してるぜ」
麗空と同じ学校の生徒らしい男子生徒が何人かが、悔しそうに仲の良さそうな二人を見て悔しそうに呟いた。王子と呼ばれる翔惟のように、麗空は学校で姫と呼ばれている。しかし大半の両校の生徒は、二人が並んでいる姿を見ると「尊い」「目が幸せ」と、キラキラした瞳で二人を見守っていた。
二人は、同じバス停でバスに乗る。日本のバスの乗り方に戸惑っていた麗空を助けたのが翔惟で、それから翔惟が降りる駅まで仲良く話すのが日常になった。しかし生徒会役員をしている麗空はたまに早くバスに乗る時があるので、そんな時は翔惟は一人で音楽を聴いて静かにいしている。
濱野麗空は、両親がそれぞれ社長業をしているお嬢様だ。おっとりとした性格で、翔惟の話を楽しそうによく聞く。純粋な日本人だがスイスで生まれ育ったので、日本の常識など分からない事が多く、翔惟に教えて貰っているのだ。
連絡先は会った日に交換していて、たまに通学時以外でも会話をしている。そもそもお互い最初から何故か馬が合って、すぐに親友と呼ばれるほど仲良くなれた。
「あ、次ね」
『次は、火威高等部前』とアナウンスが流れる。そっと腕を伸ばして、麗空が停車ボタンを押した。ふわりと、花のような香りがして翔惟は瞳を細めた。
「私、明日は文化祭の事で早いからバスの時間一緒じゃないと思うの。また、連絡してもいいかしら?」
丁寧な麗空の言葉に、翔惟はくすりと笑う。好きな時に連絡してよ、と先日も言ったのに。
「お姫様のご連絡なら、いつでも嬉しいよ。あんまり頑張り過ぎないようにね? ――じゃあ、また」
バスが止まると、火威高等部の生徒たちがぞろぞろとバスを降りていく。翔惟は立ち止まって、バスの中の麗空に手を振った。彼女も笑顔で手を振る。バスが発車して見えなくなると、翔惟は自分の教室に向かう為に校舎へと向かった。麗空と楽しく会話できたので、もう夢の事はすっかり忘れていた。




