三話 前世はあるかも?
「先生は心理学とか学んだ訳じゃないから、夢が前世と何か因果関係にあるかは知らない。夢とは、記憶の整理って話も聞くが――黛は、体験した事ない夢見た事ないか? 居もしない彼氏とデートしてる夢とか」
「なんで、居ないとか決めてるんだよ!? っていうかそんなことは置いといて……うーん、空を飛んだり車を運転したり、何かに追いかけられる夢を見たりしたことあるかな?」
晴れ渡った広い空を、鳥のように飛んでいる夢は見たかもしれない。運転した事ない自動車を、なぜかありすが運転して家族で出かける夢も見た気がする。良く分からない「怖いもの」に追いかけられて、必死に逃げる夢を見た事があった。確かに実際に体験した事ないので、記憶の整理には当てはまらないような気がする。
「哲学者のユングやフロイトは、夢は抑圧された願望とか感情を表すとか言ってるが――って、寝るな!」
話が難しくなってきたので、ありすは思わず寝そうになってガクリと頭を落とした。三船の言葉に、慌てて頭を上げた。
「前世ブームより前には、預言で二十世紀末に『地球が亡びる』って言うのが流行っていた。ルネサンス期のフランスの医師であり占星術師、詩人だったノストラダムスがそう予言したとされている。しかし、彼は詩を書いただけで『世界が亡びる』とは書いていない。後世の人間たちが勝手に『予言』だと言い出したんだ」
三船がそこまで言うと、足を組み替えて珈琲を飲み干した。
「先生が思うに、日本人は『恐怖』に敏感なんだと思う。こっくりさんや口裂け女、お化け屋敷が流行ったのも、この『恐怖』を身近に感じたからだと思う。怖いけれど、体験したい気持ちになる――そう思う人が多いのかもしれない。だから沈んで消えてしまった大陸で『大きな厄災があって、自分の前世がそれを体験した』って思いたかったのかもな。今の人生が普通過ぎて、前世の自分は特別だったと夢を抱いたんだ」
難しい話だが、何となく意味は分かる。
「そして思春期特有の感受性の高さで、『前世の続き』を体験したいんだよ。ごっこ遊びの延長だと思っている。『消えてしまった大陸』に、ロマンを感じているんだ」
カップ麺のカレー汁を飲み干して、三船は大きく息を吐いた。
「それじゃあ、先生の友達はどんな夢を見たの? 『消えた大陸』のどれかの夢でも見たの?」
「いや、先生の友達は――仮にA男とするが、戦国時代の夢を見ていたんだよ。中学の頃に、一か月くらい続けて明智光秀に褒美を貰う夢だ」
歴史が苦手なありすでも、知っている名前だ。超有名人の名前が出てきたことに、思わずぽかんと口を開けて間抜けな顔をしてしまった。そうして、三船は再び長い話を始めた。
A男は、明智光秀の家来になっている夢を見ていた。ある夜明智の部下が集まり、酒の席で「誰が一番踊りが上手いか」と話題になった。ひどく酔っていたA男は、ひょうきんな踊りをみんなに踊って見せた。それがおかしくて皆が大いに喜んで騒いでいると、それを見ていたらしい明智が姿を見せた。明智光秀の顔なんて知らない筈なのに、夢の中のA男はそれが彼だと分かっている。尊敬すらしていたんだ。慌ててその場にいたみんなは頭を下げる。しかしその明智光秀がA男に、「とても良いものを見せてくれた。数日は、そなたの踊りを思い出して笑えそうだ。褒美に、銘は無いがこれをやろう」と、脇差を与えてくれた。
それから夢の中の時間が飛んだらしい。戦の中にA男はいた。夢中に戦うも、A男は敵軍の兵士に斬られてしまった。必死で逃げたが、傷は深く自分は死ぬんだと思った。しかし自分の骸から、殿に頂いた脇差を奪われたくなかった。だからA男は瀕死の中竹やぶに入ると気力で穴を掘り、大事に布でくるんだ明智の脇差を埋めて力尽きて死んだ――そんな、夢だったそうだ。
「A男さんは、明智光秀のファンだったの?」
「まさか。ゲームで遊ぶくらいしか武将に興味がなかった男だ。けど、一か月も見ていると気になって仕方ない。A男はそんな経緯があるのかと、明智光秀の事を色々調べたがそんな話はなかった。そんな時、修学旅行で京都に行ったんだ」
三船は珈琲のお替りを淹れようとして、ありすの分も淹れてくれた。カップを置きながら、三船は続ける。
「観光地で『見覚えがある光景だ』ってA男が言いだして、自由時間になるとフラフラどこかに歩いて行くんだ。先生は不安になって、付いて行った。事情を知っている友人たちとね。すると、いきなりタクシーを呼んで『小栗栖に行ってください』って言うんだ。聞いた事ない地名だよ。タクシーの運転手さんも、修学旅行生らしい学生たちがそんな事言うから、ちょっとびっくりしてたな。観光地でもない、住宅地に着いたよ。タクシーを降りたA男は、ふらふらと藪の中に入っていくんだ。先生たちが止めても、振り払って入っていく――そうしたら、藪を抜けて竹林が広がっていた」
ありすは竹やぶでA男の前世が死んだという話を思い出して、大きく息を飲んだ。
「するとA男は竹やぶの中で、必死に地面を掘り始めたんだ。びっくりしたけど、『手伝ってくれ、ここに埋まってるんだ!』と言うから、仕方なくみんなでそこを掘ってみた――そうしたら、嘘みたいだけど出たんだよ。錆びてボロボロになった脇差が」
「え!?」
三船はその時を思い出したのか、少し柔らかい表情を浮かべた。
「先生はそれを見て、前世ってあるかもしれないって思った。知らない夢は、自分の魂が『今』じゃない自分が体験したものを、整理しているのかもしれない。今じゃない時の体験を整理しているから、それを『夢』として見ているのかも、ってね。脇差を抱えてわあわあ泣いている彼は、確かに明智光秀の部下だったんだよ。そこは、明智光秀が討たれたという『明智藪』という跡地だったって後で知ったのも大きい」
「A男さんは、記憶の全てを思い出したんですか?」
「いや、夢もそれからぱたりと見なくなった。その場面しか、彼は夢に見なかったし思い出しもしなかったよ。慎重に持ち帰った脇差には確かに銘がなかったから、明智光秀のものとは証明できなかった――でも、彼の宝物として綺麗に磨かれて今でも家に飾っているらしい。明智光秀に愛着がわいたのか、彼の事も調べて何冊か本も出しているみたいだ。そして――時折連絡する時に言ってるよ、『もう一度殿に会いたい』ってね」
その言葉は、仲間を探しているかつての少年少女と同じに思えた。
「もしかしたら、黛が前世を思い出さなければならない事情があるのかもしれないな――A男のように」
「前世を思い出す――事情……」
先生が淹れた珈琲は、僅かに甘かった。その甘さが、色々詰め込んだ頭に染み渡るようだった。
夢で、前世を思い出す――思い出さなければならない夢。あの恐ろしい男に、自分は会わなければならないのだろうか? ありすは怖さに、僅かに身震いをした。




