97 初日:定期連絡
「それで、熾天使様ったらナターシャ様のお父様に負けじとお酒を飲みだして……」
「何やってるのさ天使ちゃん……まぁでも天使ちゃんらしいね……」
ガレットさんと斬鬼丸がオセロを始め、少し時間が経った後。
ナターシャは父親に予め言われていた定期連絡の事を思い出す。
「……あ、そうだ。お父さんに連絡してって言われてたんだ」
「あら、そうなのですか?」
「うん。ちょっとごめんねー……」
ナターシャはアイテムボックスからスマホを取り出し、LINEを起動。
天使ちゃんへとビデオ通話を掛ける。
3コールくらいで電話が繋がり、ピンク色のお団子がスマホの画面に表示される。
隣でスマホの画面を見ていたクレフォリアが噴き出して笑う。
『もしもーし! 天使ちゃんだよー?』
と言う声と共にぷるぷると揺れるお団子。
ナターシャは軽く笑いながらも突っ込む。
「……ふふっ、アイデンティティの有効活用だね。でも初見絶対笑うからやめて欲しいんだけど」
ナターシャの突っ込みを受けてようやく顔を見せる天使ちゃん。
『お、なっちゃんは意外と耐性あるね。クーちゃんは画面の向こうでどうなってるのかな?』
ナターシャはクレフォリアの方に画面を向ける。
クレフォリアは笑い過ぎて引き笑いになっている。
スマホの画面をチラリと見るとまた笑いが大きくなったので、何かと思って確認するとまたお団子がぷるぷる震えている。
『わたしてんしちゃんのおだんご。わるいおだんごじゃないよ』
「髪型に良いも悪いも無いと思うよ?」
すると画面が右にスライドしてもう一つのお団子が映る。
『おだんご、にんげんくう。にんげんのちからもらう』
「帰ったらその悪いお団子剪定しなきゃいけないね」
すると天使ちゃんの顔が映る。
『お願い、殺さないで!』
「お団子と人は同じ世界には住めないのだよ。……まぁ小芝居はこれくらいにして、お父さんとお母さん居る?」
『うん居るよ。どうぞー』
天使ちゃんが画面から退く。
そのまま映像が動いていくと、暖炉の前の椅子にガッチガチに緊張したリターリスとガーベリアが座っているのを見てナターシャは笑う。
ひとしきり笑って、落ち着いて画面を見たけど相変わらず両親が緊張しているので半笑いになりながらナターシャは話しかける。
「ふふへ……お父さんお母さんこんばんわー。ナターシャだよー」
手を振ってフレンドリーに話しかけるナターシャ。
『こ、こんばんは……』 『こんばんはナターシャちゃん……』
魂でも抜き取られそうな感じの両親の佇まいに流石に落ち着き、心配して声を掛ける。
クレフォリアちゃんは未だ引き笑いを起こしている。
「……大丈夫? お父さんたち緊張してるの?」
『う、うん、まぁ。こんなの生まれて初めてだからね……』 『そうね……ママも…………いえ、初めてだわ……』
「そうなんだ。……あ、これは魂とか抜き取られないから大丈夫だよ」
『抜き取られる事もあるのかい……!?』 『ぱ、パパ落ち着いて……』
ナターシャが安心させる為に言った言葉で怖がる父を落ち着かせる母の様子が画面の中で繰り広げられている。
その様子を見て天使ちゃんが注意する。
『なっちゃん、怖がらせちゃ駄目だって。これ魔道具なんだからホントに取られるって勘違いしちゃうでしょ?』
「あぁそっか。ごめんごめん」
そう言えばそういう設定だった。
ついカメラ普及し始めた頃に広まったっていう出任せを口ずさんでしまった。
ナターシャは申し訳なさそうに頭を掻く。
「ふふ……これがこの魔道具の使い方なんですね」
「あ、うん。これも使い方の一つ」
「そうなんですね……あら、ナターシャ様のお父様とお母様」
クレフォリアちゃんも落ち着いたようで、ナターシャの隣で画面を覗き込む。
画面の向こうは何とか平静を取り戻し、リターリスも静かに椅子に座っている。
それを見たナターシャは早速現状報告をする。
「じゃあ状況報告するね。……えっと、こっちは無事ツギーノ村に到着したよ。今は宿屋の部屋で休憩中ー」
ナターシャはスマホを裏返し、周囲を見せるように動かす。まずクレフォリアちゃんから。
画面を向けてクレフォリアちゃんに発言を促す。
「はい。クレフォリアちゃんご挨拶」
「えっ? あぅ、こ、こんばんは……」
困ったように手を振って挨拶をするクレフォリアちゃん。
『こ、こんばんは』 『こんばんは……』
コチラからは見えないが、画面の中も多分似たような感じだろう。
ナターシャはそのままゆっくりと右から左に移動させ、最後にオセロをしているガレットさんと斬鬼丸を映す。
「これが部屋の中と、遊んでるガレットさん達」
ナターシャの言葉にも特に反応せずオセロをしている2人。
相当集中しているみたいだ。
『……おぉ、周りの状況も見れるのかいこの魔道具は。凄いなぁ』 『そうねぇ……』
画面の中で両親の声がする。驚いている様子。
ナターシャは再びスマホの中を覗き込む。クレフォリアちゃんも隣で画面を見つめる。
「まぁこんな感じ。他に気になる事はある?」
ナターシャの問い掛けに返事をする両親。
『いや、皆無事なのが分かれば十分だよ。ありがとう』 『……ナターシャちゃん。外はもう暗いから、外出は控えなさいね』
お母さんの注意も電話越しだと少し物寂しいなぁ。
でもとっても心が温かくなるね。
「はーい。……お風呂には行くけど、別に良いよね?」
『構わないよ。でもこけて怪我しないように気を付けるんだぞ』 『ちゃんとガレットさんの言う事を聞くのよ? 無茶しちゃ駄目よ?』
お母さんは心配性だなぁ。でもお母さんらしいや。
ナターシャはそのまま話を纏めに掛かる。
「はーい。じゃあまた明日も連絡するねー。寂しくなったら更に追加で連絡するねー」
『うん。沢山連絡して来なさい。こまめな連絡は良い事だよ』 『そうね。いっぱい連絡してきてねナターシャちゃん。待ってるわ』
「うん。じゃあねー。ばいばーい。ほら、クレフォリアちゃんも手を振って」
「あっ、はい! さ、さようならー……」
クレフォリアちゃんと一緒に手を振るナターシャ。
すると画面が動き、両親から天使ちゃんの顔に切り替わる。
『じゃあなっちゃん、また連絡してきてねー! 天使ちゃんも待ってるから! ずっとー!』
天使ちゃんも元気よく手を振っている。
どうやら両親の後ろに回ったようで、父と母に挟まれながら手を振っている。
両親もナターシャ達を見ながらぎこちなく手を振る。
「分かってる分かってる。ちゃんと連絡するから。じゃあねー」
ナターシャはスマホを操作して通話を終了。画面が暗転する。
……落ち着いて考えたけど何というか、今の状況って異世界ファンタジーというより現代の旅行だよなコレだと。
でもまぁ、スマホも神様から貰った物なんで深く考えなくても良いか。ある意味ファンタジーだろこれ。そう思っとこ。
若干悟ってるナターシャに少し驚いた感じのクレフォリアちゃんが話しかける。
「……とても凄い魔道具なのですねナターシャ様。驚きました」
「ふふ、まぁね」
まぁこれ魔道具じゃなくて電子機器だけど。
ナターシャはスマホをクルッと回して横向けにし、アイテムボックスに差し込むように収納する。
そしてクレフォリアちゃんの方を向き、
「じゃあ……さっきの話の続きでもする? 天使ちゃんの。それとも何か別の事をする?」
定期連絡前の会話に戻るか、何か別の事をするか問い掛ける。
クレフォリアちゃんは少し迷いながらも答える。
「そうですね……では、熾天使様のお話で」
「分かった。天使ちゃんその後どうなったの?」
「はい。えっと、熾天使様はなんとか飲み勝ったのですけれど、そのまま前のめりに倒れ込んで空の瓶が沢山割れて……」
「天使ちゃん……」
そんなくだらない会話で時間が過ぎる。




