74 二日目:リリィの行き先
エンシア王国北方、商業街と言われる商会が密集する地区にヘカトリリスは居る。
辺りは漆喰で前面を塗り固め、見栄えを良くした建物が立ち並ぶ。道幅も馬車が通れるくらいに広い。しかしすれ違える程の広さは無い。
ヘカトリリスは軽くS字に曲がった道半ば、歩道の隅に作られた憩いの広場。
花壇といくつかの石の椅子が設置された場所でサンドイッチを食べながら休んでいる。
具はトマトとハムと卵焼き。パンの内側にはマヨネーズが塗られていて、単純ながらも美味しい。
差した傘を左手でくるくると回しながら、膝にサンドイッチの入った小さなバスケットを乗せて食べている。
そこに機械的な女性の声が掛けられる。
『6番ビットの所有者を発見しました。生体検査……ヘカトリリスと同定。対話を試みます。ヘカトリリス、自称メカニックのピエールからの伝言です』
「リリィ。ニュールからの伝言?」
ヘカトリリスは左から近づいてきたリリィに対応する。
『否定。マスターであるグランツ・ニュールは現在ピエールに改名しています。名称の不一致から当機を救助した人間と同一人物だと認識出来ません』
「なんか色々あったみたいだね。喧嘩したの?」
ヘカトリリスは傘から少し顔を出し、リリィの顔を覗く。
しかしリリィの顔に特に表情は無い。そのまま淡々と理由を告げる。
『肯定。演算の結果、当機は9日間マスターを自称メカニックのピエールだと認識。別人だと思い接触すると結論付けました』
「そうなんだ。大変だねニュールも」
再び傘で顔を隠し、サンドイッチをはむっと食べるヘカトリリス。
「それで?」
もぐもぐと食べながら質問する。
『当機とピエールが収集した情報を報告します。対象、ユリスタシア・ナターシャはスタッツ公国に向かう為の食料購入に来ていると判明しました。副産物として友人の為にスタッツに向かうという情報も入手しました』
それを聞いてヘカトリリスは思考する。
(……なるほど。確定では無いけど、ユリスタシア家にクレフォリアが保護された可能性が高まった。取り合えず計画を動かす事は出来そう)
「分かった、ありがとうリリィ。ついでに王城に潜入してマスターに言伝するのを頼んでも良い?」
『肯定。ヘカトリリス、情報伝達の報酬としてその食物を要求します』
「これ?どうぞ」
ヘカトリリスはサンドイッチの入った小さなバスケットを差し出す。
リリィはそれを一つ取って食べ、味の評価をする。
『栄養価……塩分多量、蛋白質過多。油分過剰。酸味適正。ビタミン・食物繊維は比較的適正レベル。ヘカトリリス、バランスを取る為にトマトをもう少し追加する事を推奨します』
「相変わらず良く分からない事言ってる……」
差し出していたバスケットを戻し、膝に乗せ直すヘカトリリス。
そして傘をくるりと一周回しながら話す。
「じゃあ言伝の内容ね。クレフォリアは多分ユリスタシア家に保護されている。コチラは計画通りに行動するって言ってきて」
『承認。そして疑問。ヘレンにアダマンタイト鉱石の供給を要求する事は可能でしょうか』
「今回の事態が収束するまでは無理だね。暫くの間節約生活になると思うよ」
『……当機のパフォーマンスの低下を確認。感情回路の影響により魔力炉の稼働率が5割を切りました』
切れかけの蛍光灯のように赤い瞳の光が点滅するリリィ。
「マスターも大変な身だし仕方ないよ。現在軟禁中だしね。アダマンタイトはダンジョンで取ってくれば良いじゃん」
その言葉を聞いてリリィは再稼働する。
ウィィ……ンという音がする。
『……ヘカトリリスの代案に賛成。ヘレンに情報を伝達後、自称メカニックのピエールを利用してアダマンタイト回収作業に移ります』
「行ってらっしゃい。私は忙しいから手伝えないってピエールに伝えといてね」
『承認。行動を開始します』
リリィは来た道を戻り、王城へと向かう。
ヘカトリリスは再びのんびりとサンドイッチを食べる。今日も平和だなぁ。
……でも、仕事はしないとなぁ。
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宿舎に戻って来たナターシャ。玄関を開けて中に入る。
リビングのテーブルの席に座り、ブーツを脱いで足を解放する。
歩き過ぎたからか脚がちょっと痛いかも。まぁ若いからまだ全然いけるけどね。
斬鬼丸は隣に座ると剣を鞘ごとテーブルに置く。
ナターシャは暇なのでスマホを使い魔法の創造でも行う事にする。
アイテムボックスから日記帳と鉛筆を取り出し、適当な文を考えて記入しては消していく。
取り合えずは範囲攻撃魔法だよな……獄炎の灼火に焼かれて消えろ!……を文の中に入れようか。
序盤は我が眼前の敵……? 立ち塞がりし魔物かな……? なんか良い案とか良い漢字無いかな……
ナターシャはスマホを起動し、難しそうな漢字を探す。
そんな所に帰宅する音。玄関の開く音が聞こえる。
ナターシャは出していた物を全てアイテムボックスの中に叩き込む。
『ただいまー』
声質から推測するに姉のユーリカだ。
良かった、ルームメイトの方じゃないらしい。
ナターシャはおかえりーと返答をする。
その声を聞いた姉がリビングに入ってきて、ナターシャを確認する。
「あらおかえり。観光は済んだ?」
そう話しながらナターシャの対面に座るユーリカ。
「うん。楽しかったよ。教会前の噴水広場凄いね。噴水の外に水が流れ出してた」
「でしょう? あそこの噴水広場はヘレン様が提案なされたのよ。折角教会の前なのにお風呂場なんてもったいないって。」
「元々お風呂場だったんだね。でも、そこに住んでいる人達困らなかったの?」
テーブルに肘をつき、掌の上に顎を乗せて聞くナターシャ。
「えぇ、だからその地域に住む人達限定で投票が行われたわ。そしたら全会一致で噴水に決定したの」
「団結力凄いね」
「えぇ、ホントにね。彼らにも色々思う所があったんじゃないのかしら。……そしてこれはおまけの話なんだけど、その時の投票所から出た一人の男性が、記者の取材を受けた時にこう言ったの。“神は我々に風呂を授けられたが、一つくらい噴水にしてもバレないだろう”って。この言葉はジョークとして定番ね。教会が目の前にあるんだからバレてるに決まってるじゃないかって」
それを聞いてナターシャは軽く笑う。
異世界も愉快な事言う人居るんだな。
ギルドで会った人形遣いの人といい、面白い人が多い。
「ま、他にもそう言ったジョークは多いわよ。噴水広場をエンシア王国に見立てて二人の男性が会話するんだけど、“右上が商人の住む街、左上が俺達の働く街だ。”“右下と左下は?”“その落ちこぼれと俺達が暮らす街だ。”とか」
「フッ、結構黒いね」
ニヤけるナターシャ。
姉も顔の隣で両手を左右に広げるポージングをしてから軽く笑う。
「まぁそれだけ土壌豊かで寛容って事よ。ナターシャも小気味いいアイデアが浮かんだら話していくと良いわ」
「うん。考えとくよ。……そうだ、私観光終わったからこのまま宿舎でのんびりしようと思うんだけど良い?」
「良いわよ。好きにしなさい」
「よしっ」
姉の許可も得たのでナターシャは引きこもる事を決める。
やはり安心出来る寝床でのんびりするのが一番だ。




