73 二日目:人形と男性
「そろそろ人形止めた方が良いと思いますよ?」
ナターシャはふふ、と笑いながら提案する。
「いやいや。この人形は決まった行動を終えるまで戻らない性質でしてね。私が料理を食べ終えるまで消えないんごっ!?」
痺れを切らした人形が男性の頬を掴み口の中にステーキを捻じ込む。一口サイズではない肉を無理やり詰め込まれて男性の口がハムスターのように膨れる。
息が詰まるような行動をした男性はステーキを吐きだそうとするも人形がそれを許さず、男性の顎を掴み動かして咀嚼させる。もうその人形自我持ってるんじゃないんですか?
ナターシャもその二人の行動が面白過ぎて下卑た笑いが止まらない。
フッヘッヘと笑ってしまう。
ステーキをなんとか嚥下した男性はようやく話し始める。
「酷いでしょう? コイツは私の指示の7割くらいでしか行動してくれないんだ。残り3割をどうも簡略化しようとする性質で……」
やれやれといった風に片手で頭を抱える男性。人形は次の獲物としてパンを手に取り半分に千切って男性の口に近付ける。
男性は人形の手を持つと動けないように止め、慣れた様子で質問する。
「そう言えば名前を聞いていなかったね。私はピエール。君の名は?」
「ユリスタシア・ナターシャ」
「ナターシャ。良い名前だ。エンシアに住んでいるんですか?」
「ううん、用事でエンシアに来たの」
「用事?」
人形は片手では足りないと見ると両手を使いパンを押し付け始める。男性も両手でそれに対抗する。
その様子を見てナターシャはちょっと笑う。
「ふふっ……うん。お父さんのお使い。食料の買い込み」
「家で何かパーティでもするのですか? ……コラ、リリィ。そろそろ止めなさい」
リリィと言われた球体関節の人形は変わらずパンを押し付け続ける。その人形は女性の顔を精巧に催し、とても美しい髪をしていて、着ているドレスのような服装も良く似合っている。
「パーティじゃないよ。旅に出るの。スタッツに行くんだ」
「ほう、スタッツに。それはまた……ちょっやめっんごぐ」
リリィは男性に押し勝ちパンを口の中に捻じ込む。
ナターシャは夫婦漫才のような二人の姿ににへら笑いを浮かべると食事に戻る。
ピエールさんはまず食事をし終わってから会話すれば良いと思うんだ。
人形の行動に諦めた表情を見せるピエールは渋々食事に戻る。相変わらず出される量が多いのなんの。
互いはそのまま会話をせず、静かに食事をする。
暫くしたのちナターシャは料理を食べ終わると水袋からエールを一口飲み、ピエールに話しかける。
「そのリリィって人形さんはどういう原理で動いてるの?」
ピエールはその質問に答える為、口に詰め込まれたパンを食べ終わってから話す。
「なに簡単な事。ミスリルで作ったボディの関節部・目や耳なんかの感覚器に魔動機という物を埋める。次に魔動機から金で出来た魔導回路を通して演算魔導具に直結。最後に顔をアケロルの樹の樹脂で覆い、綺麗に整形して完成さ。因みに演算魔導具には簡易な指示として、起動時の私の命令に従うように設定してあるんです。しかし命令を完全には理解してくれないんだ。学習させる為にこうして使っているがいつもこの調子で……。」
リリィはピエールにスープの皿を近付ける。
ピエールが飲み始めるとリリィは少しづつ傾けて流量を多くする。
対するピエールは負けじと入る量全てを飲み干し、ぷはぁっ、と言い終えると共にスープの皿を空にする。
「人形は何処から取り出したんですか?」
「普段は私の服の中に隠れているんです。魔力を通して起動させると後ろから出てくるよう調整しています」
「つまり、普段は防具のように身体に張り付いているんですか?」
「そういう事ですね」
だから乱雑に動くんじゃないのかなリリィさん。
自己思考できるみたいだし主への意趣返しとして。
「普段から出したままにしておいては?」
「生憎そんな事をすると私の魔力が持たない。精々一日1時間が限度さ」
リリィは食事を終えたピエールの口を布のナプキンで拭き、その場から消える。
「消えた……って事は今服の中に?」
「えぇ。形は変わっていますが」
ピエールが服の中を見せると金属製のアーマーを装備している。多分それがリリィなのだろう。
変形するとかSFチックでカッコイイ。
ピエールは服を着直して正すと腕を組み、話を切り替える。
「しかし、その年齢で旅に出るのですか。何か重要な用事があるのですか?」
「うん。友達がスタッツに行かないといけなくて。それの護衛に私の隣の人が必要なの」
ナターシャは斬鬼丸を指差す。ピエールはそうですか、と言うと考える。
そして質問する。
「では、その友達と長い付き合いなんですか? じゃないとそう易々と引き受けたりはしないはずですが……」
その問いに、ナターシャが答えようとした所で斬鬼丸が止める。
どことなくピリピリしている様子。
「……ピエール殿、何故我々に深入りしてくるのでありますか? 何か意図が?」
「いえ、そういう訳では……」
弁明しようとするピエールをじっと見据える斬鬼丸。
ピエールはその様子に驚き、失礼したねと言ってその場から去っていく。
斬鬼丸はそれを見て雰囲気を和らげる。
「……何かあったの?」
ナターシャは特に気付いていない様子。
主の無邪気っぷりには驚かされるが、あのピエールという男は明らかにコチラの内情を探ってきていた。
自身が止めなければ洗いざらい話していただろう。
「……何、主を守るのが拙者の役目故。お気になさらず」
腕を組み、周囲に同じように見張る気配が無いか確認する。
どうやら見張りなどは居ない様子。ナターシャを狙っている存在が居る訳ではなさそうだ。
予測の域を出ないが、ナターシャについてではなく旅の理由や友達の事を聞いてきた事から狙いはクレフォリアである可能性が高い。
これは奇怪な状況になってしまったのやも知れぬ……と危惧する斬鬼丸。
「まぁご飯食べ終わったし武器屋いこっか! 面白い武器見れるかもよ!」
隣で元気に話すナターシャにそうですなと返答すると立ち上がり、共にその場から去っていった。
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「……ふふ、ヘカトリリスの言う通りあの騎士は恐ろしい。本題を切り出した所で止めに入るとは」
路地の影、先ほどのピエールという男は息を荒くしながら壁に寄りかかり休んでいる。
「ですが、目標である買い込みに来た理由は分かりました。後は……リリィ」
景色にモザイクが掛かるように光学迷彩が解け、リリィと呼ばれた人影が姿を現す。
『……呼びましたか自称メカニックのピエール。メンテナンスと称して如何わしい行為を行う場合キリングモードに移行します』
合成音声のような女性の声でリリィという人形は喋る。
「ピエールじゃありません。今はもうニュールです。そしてセクハラもしません。では、ヘカトリリスに情報を伝えてきてくれますか?」
『拒否。当機は現在ピエールの魔力で動いている為残り10秒ほどで動作を停止します』
ピーガガガという音を立てて動作を停止する。赤い瞳から光が消える。
その様子を見て額に手を当てるニュール。
「……リリィ、機嫌を直していただけますか? 作戦とは言え色々と嘘をついた事や、先ほど貴方をなじった事は謝りますから」
『当機、EXZITシステム3号機リリィの主要燃料をピエールの魔力から大気中の魔力へと変更します……失敗しました。演算をスムーズに行う為のアダマンタイト鉱石が不足しています。補充してください』
ガシャン、という音がして背中側のハッチが左右に開く。ドレスは背中が開いている構造らしく、無事破れていない。
内部は機械的で、丸い穴から水色の光を放つ炉のような物が存在している。
「……はぁ、迷宮の地下深くで力尽きそうになっていたのを助けたのは誰だと思っているのですか……」
ニュールは紳士服の内ポケットから青く透き通った石を取り出し、リリィの背中の炉の丸い穴に挿入する。
入れ終わるとリリィの背中が閉じ、瞳に光が灯る。
『警告。アダマンタイトの投入方法が乱雑すぎます。炉内で魔力が飽和過剰反応起こし始めました。自爆まで残り3、2……』
「しないでしょう。というか普段散々取り込んでいるのに今更それを言いますか?」
『……炉内に暴圧制御剤が投入され、魔力暴走が収まりました。次回はもう少し丁寧に投入する事を提言します』
「えぇ分かっていますよ。次はもっと強めに入れる事にします」
『魔力炉暴走のログが感情回路とリンクしました。バトルモードに移行します』
リリィからキレの良いパンチが飛び出しニュールの胸に突き刺さる。
しかし中に鎧を着こんでいる為ダメージは無くて済む。
「はいはいすいません。ではヘカトリリスに連絡してきてくれますか?」
『注意。当機は道に迷う可能性があります。マッピング機能をONにしました。自称メカニックのピエールは当機を案内する事が推奨されます』
「……オートナビ機能をON。場所はビット6番」
『……承認。ビット6番の位置情報から目的地への最短ルートを算出……終了しました。ルートと指令に従い行動を開始します。……追加情報。予備演算の結果、ピエールは女性をエスコート出来ないという事実が判明しました。重要事項としてサーバーに登録します』
「しなくていいですよ。さ、行きなさい」
『承認。行動を開始します』
リリィはニュールに背を向けヘカトリリスの居る場所へと去っていく。
「さて。私は宿に戻って睡眠でも取りますか。あの時のように夕方まで心地よく寝たい物です」
ニュールは自身の泊まる宿屋へと進む。
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教会前の道を右に進み、食料品店と革靴屋の間の路地を進むと目的の武器屋がある。
武器屋の目印は入口の上に付けられた剣と盾のマーク。それ以外は無いので用が無い限り入る人は居ないだろう。
ナターシャは冷やかしに入ろうかどうしようかで迷う。
店の扉の重厚さ、周囲の殺風景さから明らかに知っている人しか入らない店なのだ。冷やかしに入れるような雰囲気ではない。
「どうしよう斬鬼丸……名店っぽいけど入りづらい……」
「そうですな。お昼も食べた所ですから宿舎に戻りましょうぞ。後はそこで時間を潰しましょう」
「そうだね……そっちの方がいいよね……」
という事なので入店は諦めてナターシャと斬鬼丸は宿舎に向かう。
斬鬼丸はこれで主を守りやすくなった、と安心する。
後は宿舎で明日を待ち、次の日に即刻帰宅するのが一番だ。




