65 二日目:朝だ元気だ朝食だ
新しい朝が来ました。赤城恵です。
昨日は姉にこってり絞られてスープが出来るかと思いました。やはり会話術Lv3は強いです。
あの後家に入りましたが、リビングでは未だチェスをする姉のルームメイトの姿が。やはり青髪の人が優勢でした。強いですね。
お風呂には先に入らせてもらい(外で薪を燃やして湯を沸かすタイプの風呂でした。サンキュー斬鬼丸)、肌着に着替えてベットにダイブし入眠。
日光は届かないというか窓の無い部屋なので、目が覚めた時は朝なのか分かりませんでしたが、姉が部屋のドアを叩いた事で朝だと理解しました。
昨日の服は適当に畳んでアイテムボックスに入れ、今日は心機一転。
金のボタンが4つ正方形に縫い付けられた生地に厚みのある黒いブラウスに、茶色っぽい色をしている厚手のスカートを履く。
リュックを背負い、各種装備が付いたベルトを身に着け、ケープとマントを被って準備万端だ。
手鏡を利用して寝癖を手櫛で直しつつ一階に降りると姉が昨日と同じ感じの服を着て、腕を組んで待っていた。
斬鬼丸もその隣で腕を組んでいる。良い子の諸君!
「やっと来たわねナターシャ。朝ごはんを食べに行くわよ」
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城門から出て街に繰り出し、大通りを真っ直ぐ進んで冒険者ギルドに入る。
やっぱここだね。
酒場の入口近くの席に座り、置いてあるメニューを見て何を食べるか選ぶ。
……まぁ殆ど魔物の肉だ。牛、豚等の見たことある名前の付いた物からカエル、ヘビなどの聞いた事のない物もある。ブラックサーペントってどんな味なんだろ。
メニューの右下には付け合わせのパンやスープは日によって変わります、って書いてある。
とりあえず気になった物を注文していいか聞くか。
「お姉ちゃん、ブラックサーペント頼んでいい?」
「銀貨3枚は高いから駄目。小銀貨5枚までにしなさい」
……5ってどんな文字?と問い、姉に数字を教えてもらってある程度は解読出来るようになる。
ふむふむ、成程?
一通り見た結果、安い物は小銀貨4枚、高い物は銀貨5枚もするようだ。
まぁ高い理由が分からんけど。討伐難易度が高いとかかね?
とりあえず姉の言った小銀貨5枚程度を目安にして注文する。そうなると……カエルの肉かぁ。
ナターシャはメガロストードの揚げ物を注文する事に決める。
姉は小銀貨4枚のポグピッグのステーキを注文するようだ。
ウェイトレスに注文して会計した後、少し経ってから料理が持ち込まれる。
ナターシャには、白い陶器の皿に盛られた、カエルの脚の形が残る大き目な衣付きの揚げ物。
ユーリカには鉄板に載った豚のステーキ。良い音を立てて焼ける脂身が美味しそう。
今日はふすま入りパンらしく、パンを割ってみると茶色っぽい身だ。
スープは玉ねぎとカブ。シンプルだね。
とりあえず割ったパンを一口食べ、その後に手づかみで大きなカエルの脚の揚げ物を食べる。
サクサクとした香ばしい衣の食感の中にあるのは、ささ身のような、脂身の少なくさっぱりとした肉。
独特の臭みかなんかがあるかと思ってたけどそういうのは無く、普通に鳥の胸肉食べてる感じ。
しかし味付けが良いね。香草の香りと塩の味の程よさが良い感じ。
今回も回復するかと思いきやそんな事は無く、普通の料理らしい。やっぱあの食堂の料理が特別なんだろうか。
カエル肉の意外な美味しさを感じつつ、姉の食べるステーキの安定感も理解しておく。
だってどっからどう見ても普通の豚肉。姉に聞いてもポグピッグの肉よ、と言われるだけ。
だからポグピッグってなんだよ名前から豚って分かるけどさぁ!
交換で味を確かめる事を提案したらOKを貰えたので食べたが、やはり食感や味、何から何に至るまで豚肉。ガーリックソースが美味しい普通のトンテキだコレ!
『これ一応魔物なんだよね?』と聞くと『そうよ』と姉が答える。随分静かに食べるねお姉ちゃん。
食べ終わり、姉は二人分の水を注文した。
ウェイトレスが持ってくるまでの間にナターシャは事を済ますべく、行動を開始する。
「お姉ちゃん、ちょっとクエストボード見に行っていい?」
「なんで?」
「腹ごなしに動きたいから」
「良いわよ」
許可を得たのでクエストボードではなく受付に向かう。
「すみませーん」
「はーい……あれ? 誰も居ない……」
作業中の受付職員が反応するも、目の前に人がおらず困惑する。
ナターシャは辺りを見渡す職員の下から手を振り、コチラだと示す。
「あぁ、そちらに……ナターシャ様でしたか。どんなご用件でしょうか」
ナターシャはリュックから黄色い紙を取り出し、昨日魔物回収場で俺を拉致した職員に向かって持ち上げる。
「これの処理をお願いします」
「はい承りました。少々お待ち下さい」
職員が見えない位置に移動する。ナターシャは今のうちに酒場に戻り再びテーブルに座る。
「お水来てるわよ。ほら」
姉に差し出された水を一気飲みし、再び出向く。
「また見てくるー」
「行ってらっしゃい」
戻れば、丁度職員がナターシャを探している所だった。
帰って来たナターシャを見つけた職員が安堵する。
「良かった。帰られたのかと。では肉・素材の売買ですが……」
職員はレポートを見て金額を言う。
「内部の肉は一部焦げ付き、皮は熱で凝固し駄目……一応、牙と、無事な部分の肉は売却出来るので程々の金額にはなりますね。どうなさいますか?」
「じゃあ、肉だけ回収「売却でお願いします。」……えっ?」
ナターシャの頭の上に手を乗せ、職員にそう告げる姉。
「畏まりました。では金貨47枚になります」
職員はナターシャの見えない位置で清算を終え、現金を取り出す。
「皮が無事ならもっと値段が上がったんですけどね。ブロックボアーの皮は強靭で、防具や鎧の繋ぎに適していますから」
「いえ、これだけ貰えれば十分です」
そう言った姉は、金貨をナターシャの腰の巾着袋に収納。
職員に感謝の意を告げて、不満そうな妹の手を引いてギルドを出た。斬鬼丸はその後ろに続く。
「なんで勝手に会計するのさー!」
ギルドを出た後、姉に対して怒る妹。
姉はそんな妹に対して反論する。
「ナターシャ、なんでブロックボアーを狩れたのかは聞かないわ。貴女は強いからね。それに、昨日冒険者ギルドに行った理由もやっと分かった。……でもね、売った方が得なのよ。今回ばかりはね」
「……なんで?」
不服そうな顔のナターシャを頭を撫で、しゃがんで一言告げる。
「……一週間同じ肉を食べて過ごして、旅が楽しいと思う?」
それを聞いたナターシャはハッと気が付き、わなわなと震える。
……何という事だ、ユーリカ姉の言う通りだ。
中世の旅はただでさえ馬車に揺られ続けるだけのもの。食事を楽しめなければ旅を楽しめない。
俺は気付かないうちに、自身を苦行の道に落とそうとしていたのか……!
顔を手で覆い、その場に跪く妹に手を差し出す姉。
「でも、安心しなさい。貴女の旅にはガレットさんが付いている。さぁ行きましょう。彼女に協力を求めるのよ!」
「うん!」
姉の手を取り、元気よく立ち上がるナターシャの様子を傍らで見守る斬鬼丸は、今日も平和でありますなぁ、と空を見るのであった。
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「食材の買い付けですか。適当に買いなさい」
「そんなぁ!」
まさかの一言に姉はショックの声を上げる。
現在、食堂にて再びガレットさんに掛け合っている。
「ガレットさんと一緒に買い物行きたかったのに!」
そっちが本音か。
お姉ちゃんも女の子だなぁ。
「あぁ、腐りやすい物や割れると使えなくなる卵は避けなさい。お金の無駄になりますからね」
「嫌ぁ……ガレットさぁん、一緒に買い物行こうよぉー……!」
駄々をこねる姉。初めて見た。
姉はそのまま忙しい、大変だからと断るガレットに食い下がっていく。
「嫌ぁ……行こうよぉー……! 一緒に行こうよぉー……!」
「もう、ホントこういう所はリターリスに似てるんですから……分かりました。分かりましたから」
そして姉のいやいや攻撃に負け、一緒に行く事を決めるガレット。
ごね得ってこういう事なんだろうなぁ。まぁ姉の提案に乗った俺も俺だけど。
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コック姿から着替え、ロングスカートのメイド姿になったガレットさんと共に街に繰り出す。
彼女曰くこれが正装らしい。あそこでコックをやっているのは完全に趣味だそうだ。結い上げた黒髪が美しい。
ふぅ、と一呼吸置いたガレットはハキハキと話す。
「さて、私としては旅の食事にあまり拘る気はありません。ですが、同乗者が満足できる食事を提供するようには致します。まずは野菜から決めましょう。保存の利く物を買いますよ」
「はーい!」
姉がナターシャに代わり返事をする。
ナターシャは嬉しそうな姉と共に大通りを抜け、十字路を左に曲がって街の上の方へと進んでいく。この横の道は姉曰く、大通り同士を結ぶ連絡道路らしい。便宜上サイドストリートと名付けておく。
サイドストリートの景色は大通りとさほど変わりないが、歩道の端には細かい路地が多く、一定間隔で公衆トイレが設置されている。
ここら辺の路地の中を見た感じ、住宅街っぽい。時たま宿屋と書いた看板をぶら下げた家が見える。
家の見た目は一階から漆喰で塗り固めた物が多い。全て石組みや赤い煉瓦組みの家もあったりする。
家の規格が統一されているのは大通りやサイドストリートの表層だけらしい。
当然ながら、路地からは生々しい程の生活感が漂っている。路地で集まり遊ぶ子供、井戸端会議をする主婦達。
そして屋根や家を同士を繋ぐ洗濯紐、それに掛かる洗濯物が何よりの証拠だ。
流石建国六百年の歴史。伊達じゃないね。
暫く似たような造りの家を眺めながら進んでいると、人で賑わっているエリアが見えてくる。
往来する人の荷物から察するにどうやら市場らしい。まぁ俺と斬鬼丸はのんびり付いていくだけだ。
何を買うかなどの面倒事は姉とガレットさんに任せ、傍から眺める事にしよう。
多少観光気分でも問題ないだろ? だって7歳だし。
腰に吊るした巾着袋をポンと叩き、小気味いい音を鳴らしてから市場を進んでいく。
……そしてその様子を見かけた男が一人、ナターシャを尾行する。




