45 緊急クエスト:氷結雌鹿(アイスハインズ)討伐依頼
依頼主;熾天使アーミラル
やっほー天使ちゃんだよー☆
今回は天界からの使者の私が直々に討伐依頼を出しますっ!
ユリスタシア家の庭に一頭づつ出てくるアイスハインズを合計30頭討伐して欲しいんだ!
これも世界を救う為と考えてサクサクッと終わらせちゃって下さい!
あ、討伐したモンスターは剥ぎ取り出来ないので悪しからず!
飲み会が終わり、クレフォリアのアイスハインズ30頭をどうするかという話題に入る。
リターリス曰くアイスハインズは近くの山に居るものの、麓に降りてくるのは今の時期だけ。
なので早急に準備をして狩りに行くか、来年まで待つかの2択を迫られることになる。
仮に前者を選択した場合。
冬が近い今、王都でも食料が高騰するこの時期に準備をするとなるとそれ相応のお金が必要になる。
他の男爵家と比べて多少金銭に余裕のあるユリスタシア家でも厳しい状況だ。
後者を選択した場合。
来年の税収を待つ事が出来る為、金銭や食料事情は解決する。
しかし、今度はクレフォリアの方に問題が発生する。
模様が変わっているとはいえ、一年も胸元の紋章を隠しながら生活するのは難しい。
王都今ごたごたしてるからなぁ……。紋章付いてるってバレると面倒な事になるんだよなぁ……。
はぁ、とため息をついて頭を抱えるリターリス。
「困ってるねぇ、なっちゃんのお父さん」
「そうだね」
それを眺めるナターシャとアーミラル。呑気に白パンを分け合って食べている。
「……まぁ、神の使いとして迷える人々を導くのも私の役目。サクッと解決しちゃうよ!」
そういうとアーミラルは残りのパンをナターシャに手渡し、腕を組んで立ち上がる。
ナターシャは両手でパンを持つと、はぷっ、とかぶりつく。
「ふっふっふ、天使ちゃんは神様と同じく皆の事情はまるっとお見通し! リターリスさん、貴方の悩み事をサクッと素早く天使ちゃんなパワーで解決してあげます!」
「……? どういう……」
「まぁ細かい話は後で! 皆お庭までついて来て!」
全員疑問符を浮かべつつもアーミラルの後ろに続いて家の外に出る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
庭に集合した全員。
アーミラルが前に立ち、後ろに5人並んでいる形になる。
ナターシャは未だパンを食べている。
「リターリスさん、武器は持ってますね?」
「えぇ、言われた通り何本か用意してきました」
リターリスは鞘に入った刀や両刃剣を腕で抱えている。
「ざんきっちも準備OK?」
「何時でも」
曲剣を抜き構える斬鬼丸。
「では今からアイスハインズを天使ちゃん権限で一頭づつ庭に召喚するので、皆さんで討伐してください!」
と宣言すると共にアーミラルの足元に魔法陣が発生し……
「えっ、ちょっと待ってくださいどういう事ですか!?」
リターリスの声により発生が止まる。
「ん? アイスハインズ30頭狩りに行くの大変でしょう? それを悪魔に引き渡すのも難しい。だから天使ちゃんがそれを全部解決いたしますっ! こんな大盤振る舞いな機会滅多に御座いませんよ!」
バァンと右手の人差し指を立てて上げる。
リターリスは抱えたまま謙虚な態度で話す。
「提案は有難いのですがその、ここまでして貰っても良いのでしょうか? 娘にも魔道具を授けて頂いたばかりなのに……」
「気にしなーい気にしない! これも必要な事なんですよ。ちゃんと神様の指示も受けてますからね。じゃあ皆戦闘準備!」
そう言うとアーミラルは再び魔法陣を発生、詠唱を始める。
リターリスは戸惑いを隠し切れない表情ながらも抱える剣を地面に置き、刀を手に持つと鞘から抜いて構える。
斬鬼丸は愉しそうに曲剣を持つ腕を左右に開いて構える。
「“遥か遠き凍土の地、果ての果てに住みし氷結の雌鹿獣よ、熾天使アーミラルの命によりこの地と縁を持ち、召喚に応じよ!雌鹿獣召喚”!」
詠唱が終わると同時にアーミラルの正面に雪の竜巻が発生。
竜巻を突き破るようにして中から青白い体毛をした大の大人程の体高の鹿が現れる。
ブルブルと身体を震わせ、周囲を見渡している。
……〇ンハンの麒麟みたいだなコイツ。
「討伐開始!」
アーミラルの声と共にリターリスと斬鬼丸が飛び出す。
リターリスはアイズハインズの足元へ潜り込むと前脚の筋を両断。跪かせる。
それと同時に斬鬼丸が剣をクロスして構え跳躍、地面に降りてきた首を刈り取る。
噴き出す血飛沫と共に斬り落とされた首が地面に落ち、アイスハインズの巨体が横倒しに崩れ落ちる。
僅か一瞬の出来事。
しかし剣士二人は合図もせずに息を合わせて今の動作を行って見せた。
剣に付いた血糊を振り払って落としながら二人はコチラに帰還する。
すげぇ……。
ナターシャはパンを齧ったまま驚いて目を見開く。
クレフォリアとガーベリアも似たような表情だ。
「じゃあ次行くよー」
討伐されたアイスハインズがアーミラルの物であろうアイテムボックスに収納され片付けられた後、次の召喚が始まる。
そのまま30頭分終わるまで単純作業のような狩りは続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よし、30頭終わったね!」
最後の一頭が収納されると共に、リターリスと斬鬼丸は前腕をぶつけて互いの健闘を褒め称える。
「いやぁ、久しぶりに良い連携が取れました。流石剣技の精霊ですね!」
「リターリス殿こそ、魔物に気付かれず足元に潜り込むとは流石であります。今度狩りに行く機会があるなれば、どちらが早く沢山狩れるか勝負していただきたい」
「おぉ、良いですね。是非お願いしたい所です。森の魔物は定期的に討伐しないと数が増え続けるばかりですからね」
意気投合したようで狩りについての会話をしているようだ。
そしてアーミラルは伸びをしながら小天使に飛び散った血を清掃する係を呼び出すように言った後、ナターシャに顔を向ける。
「さーて、後はなっちゃんの出番だよ」
「えっ? なんで?」
パンを食べ終わりぼーっとしていたナターシャは疑問を言う。
「だって悪魔と取引してるのなっちゃんだし。まぁアイスハインズは魔法で直接送りつけるけど、その媒介になっちゃんが必要って事」
「良く分かんないけど、どうすればいい? どうすれば悪魔に代償を送れる?」
ナターシャの疑問に答えるように天使ちゃんは手を差し出す。
「幸せなら手を繋ごう?」
「それ歌の歌詞じゃん……はい」
天使ちゃんと手を繋いだ二人の様子は妹と姉のよう。
もっとも髪色が全く違うし姉は腰から翼が生えているが。
「じゃあ送るからね。……“正義を成す為、人の身ながら人を縛る新たなる理と化した悪魔よ。対価は此処に用意した。この言葉に応じ、受け取るが良い。そして少女を開放せよ。対価清算”」
天使ちゃんとナターシャの周囲が白い光に包まれると何処からか低い男の声が聞こえる。
『……確かに受け取った。』
そして光が収まる。
「はい、これで全部終わりだねっ。大解決っ! ぶいっ!」
Vサインを目元に当ててポーズを取る天使ちゃん。
「あ、これでクレフォリアちゃんの紋章って消えた感じ?」
ナターシャは隣に居るクレフォリアに聞く。
クレフォリアは胸元を開き、完全に消えている事を見せる。
「よし、これで万事解決だね。」
ナターシャはニッコリ笑い、クレフォリアも一度は嬉しそうに微笑むが、少し残念そうな顔をする。
「でも、残念です。熾天使様の加護を証明する手段が無くなってしまいましたから」
「あ、なんなら新しく付けても良いよ? なっちゃんも要る?」
クレフォリアの言葉を聞き、ビビビとピンクの光を人差し指の先から出す天使ちゃん。
「……遠慮しとくね」
「えー胸元以外なら何とも思われないってー。手の甲とかに可愛い私の紋章入れてあげるからサーヴァントごっこしようよー。なっちゃんがマスターで私が召喚された英霊でー」
「やだよ!」
指先をピンクに光らせながら近づいてくる天使ちゃんの手を抑えながら拒否するナターシャ。
そこに声を掛ける一人の少女。
「あのっ、良いでしょうか?」
クレフォリアだ。
ナターシャに伸ばす手を緩めずに対応するアーミラル。
「ん? どーしたの?」
「えっと、その、熾天使様の紋、欲しいですっ」
キラキラとした瞳で天使ちゃんを見つめるクレフォリア。
「ほら、クレフォリアちゃんは欲しいって言ってるじゃん。なっちゃんも貰っとこ? 持ってると色々と便利だしさ」
その言葉に少し真剣な顔で再考するナターシャ。
……まぁ確かに、紋章持っていればチート隠す時とか色々と便利だよなぁ。
理由付けする為にも付けて貰った方が得策か。
「……分かった。貰っとく」
「へへ、これでなっちゃんに唾付けられる……」
「言い方言い方」
アーミラルは、並んで立つナターシャとクレフォリアの手の甲に熾天使の紋章を授ける。
クレフォリアは右手、ナターシャが左手だ。
「……なんで紋章が左右逆なの?」
「まぁこれは重要な事なんだけど、今は言えないかな。後々役に立つから気にしないで」
「……?」
眉を顰めて首を傾げるナターシャ。
クレフォリアは紋章の付いた手で、同じくナターシャの紋章を付いた手を握る。
「ふふ、お揃いですねっ」
「へひっ」
クレフォリアの楽しそうな笑みを見ながら変な声を漏らすナターシャ。
「私も混ぜて~♪」
天使ちゃんが二人の残った手を掴み、輪になって踊る。
「wow.さぁ輪になって踊ろー! ラ・ラ・ラ……」
「……ちょっと際どい所攻めていくのやめよう天使ちゃん」
「えへへ、なっちゃんが居るとボケても突っ込んでもらえるから楽しい」
ワイワイ盛り上がる三人の少女を遠目に眺めながら大人三人は集まり、話し合い始める。
「……しかし、熾天使様のお陰で色々と面倒事が吹き飛んだね。しっかり感謝しないと。夕食に招待しようか」
刀を鞘に戻して帯刀するリターリス。
わざわざ帯刀するのは後で刀に付いた血をふき取る事を忘れない為なのだろう。
「そうね。それが良いわ。今日出す夕食は豪勢にしないといけないわねっ」
気合を入れてガッツポーズをするガーベリア。
「えっと、斬鬼丸さんは……食事出来そうですか?」
「……みーどの一件からして、出来ないでしょう。無念」
リターリスの質問に答えながら残念そうに首を垂れる斬鬼丸。
「ま、まぁ、気を落とさずに。食事しなくて済むって事は、いつでも全力を出せるって事ですから」
「……そうですな。そう考える事にするであります。」
リターリスが斬鬼丸の肩を叩き励ます。
コンコンと鉄を叩く音がする。
「じゃあ、早速料理作ってくるわ。楽しみにしててねパパ」
「うん。楽しみにしてるよ」
軽く抱きしめ合ってからガーベリアは家の中に戻っていく。
「……じゃあ斬鬼丸さん、食事の時間までの暇つぶしに武器の手入れでもしませんか?」
「構いませぬ。拙者もリターリス殿が持つ武器が気になる故に。……ナターシャ殿! 拙者はリターリス殿と武器の手入れをしてくるでありますが、宜しいですか!?」
遊んでいるナターシャに声を掛ける斬鬼丸。
ナターシャは回りながらいいよーと返答する。
「許可は取り申した。では参りましょうぞ」
「分かりました。……あ、裏庭に訓練場作ったんですけど手入れついでに見ますか?」
「おぉ、そのような場所もあるのですな。楽しみであります」
リターリスと斬鬼丸は裏庭に向かい、少女三人もナターシャの提案で家の中へと戻る。
木枯らし吹き付ける寒空の下、誰も居なくなった庭ではアーミラルの呼んだ清掃班による血糊の除去、清掃が急ピッチで行われている。
……熾天使アーミラル、一体どれほどの権限を持っているのだろうか。
ようやく2部、ナターシャ家出編が終わりました。
なんでこんなにご都合主義なんだよと思った貴方。
何れ解放されるキャラの設定でご理解していただけると思います。
特に一部キャラが現状チェックメイト直前ですので。
神の一手が必要だった訳です。文字通り。
そして言い訳練り練りする作業から解放される……疲れた……
まぁそれでも言い逃れしやすくなっただけなんで赤城恵がやらかす事には変わりないですね。
ただ、やっとこさ転生者らしく無双できそうです。




