27 従属の悪魔との取引
魔法により少女の隷属魔法を解除したナターシャ。
しかし気が付いた時には目の前に見知らぬ男。
一体何者なのだろうか。
魔法陣から溢れる光に目が眩み、堅く瞼を閉じてから数秒後。
「……面白い」
低いトーンの男の声が聞こえてくる。
ナターシャが気が付いた時にはテーブル前の椅子に座らされていて、対面には捩じれ曲がった角の生えた漆黒の男が居る。
此方を品定めするような目線で眺めながら、両肘を付いて組んだ手の上に顎を乗せ座っている。
……ここは、何処だ?
疑問に思って辺りを見渡すも、何も見えない。
周囲は暗く、深い闇に包まれている。
「……ふむ。理解出来ないのも無理はない。まずは君の連れの無事を見せておこう」
男がパチン、と指を鳴らすと、先ほどまで一緒に居た奴隷少女が出現。
ナターシャと男の仲介役のような位置に座らされている。
少女も突然この場に連れてこられたのだろう、驚いて男とナターシャを交互に見る。
「……私としても丁度困っていた所だったのだ。その解決法を君が作ってくれるとは」
「……何の話? 貴方は誰?」
ナターシャは当然の疑問を投げかける。
勝手に話を進められても困る。
「……視ろと言ったのは君ではないのかね? まぁいい。自己紹介から始めよう」
そう言うと男は椅子から立ち上がり、テーブルの淵を触りながら半時計回りに歩いて、自身が何者なのかを告げる。
「私は従属の悪魔と呼ばれし存在。隷属魔法を司る悪魔である」
「…………従属の……悪魔……!?」
従属の悪魔と名乗った男はナターシャの後ろで止まり、パチンと指を鳴らす。
すると暗かった周囲が明るくなり、沢山の堆く積まれた金貨や、少女の近くには先程送ったものであろう木箱が姿を現す。
そして悪魔は、再び反時計回りに歩き出して話しだす。
「……さて、話の続きに戻ろうか。君のお陰で私の困り事が解決に導かれそうだ。一般人が奴隷にされるというね」
「……どう解決するの?」
ナターシャの問いに、悪魔はこう返す。
「君が気にする事は無い。それは私の仕事だ。……それに、代償が食べ物だというのがとてもベストだ。とても。私は既に概念と化している為に食事など必要としないが、たまに人間だった頃を思い出して恋しくなる」
悪魔は木箱からリンゴを一つ取り出し、一口齧り取る。
「……ふむ、やはりこういった無意味な行動を行うのも悪くない」
良い音をたてながらリンゴを咀嚼する悪魔。
ナターシャは怯える心を抑え込み、本題を切り出す。
「……それで、私達を此処に呼んだ理由は?」
「……呼んだ訳では無く君達が来た、と言った方が正しい。取引の為にね」
悪魔は残りを一口で食べきると、芯を燃やして消す。
そして自身の席に座ると両の手を組んでテーブルに置き、ナターシャに問いかける。
「それで? ……君は少女の為に何を差し出せる?」
「……ッ!?」
悪魔の言葉に衝撃を受けるナターシャ。
どうやら、リンゴだけではまだ足りないらしい。
でも何が良い? 下手な物は差し出せない。特にスマホは論外だ。
大事な物だし、悪魔の手にスマホが渡ると世界がどうなってしまうのか予測もつかない。
……なら、それ以外の物だ。
俺が出せるのは家から持ち出したクッション類、スタッツに向かう日数分の食糧、盗賊の持っていた金品、若干黒焦げになっている大量のブロックボアー。
確か、従属の悪魔は食べ物を喜ぶんだったな。それなら……
「……代償は、食べられるものなら何でも?」
ナターシャは悪魔に聞く。
その問を待っていたかのように悪魔が答える。
「……良く分かっているじゃないか。そうだ。私はそれを欲している。だが何でもじゃない。……さぁ、贄を差し出してくれ。生きの良い物を。沢山だ。浴びる程食べたい」
どうやら生鮮食品をご所望らしい。ナターシャは心の中で魔法を唱える。
“万物の影響を受けぬ秘匿されし宝物庫よ、ブロックボアーを我が背後に落とせ”
魔法が起動し、背後にブロックボアーの巨体が落ちる。
毛皮が所々黒く焦げているが、生鮮食品なのは間違いないハズだ。
「……これでどう?」
悪魔に問うナターシャ。
手を合わせた悪魔は少し嬉しそうに話す。
「……素晴らしい。だがまだ足りない。言っただろう。沢山だ。20頭は寄越せ」
後半から口調が強くなり、催促するような手つきを見せる。
ナターシャは再び詠唱し、アイテムボックスから20頭分のブロックボアーを出す。
ズドドドドドという音を立ててアイテムボックスから排出された、若干焦げ気味のブロックボアーがナターシャの背後に山積みになる。
「それでいい。……あぁ、久しぶりの生の肉だ。あぁ待ち切れない……!」
悪魔の顔が嬉しさで歪み、化物の顔になる。
その顔を近くで見てしまった少女は恐怖からか青ざめている。
「……おっと、すまない。つい喜んでしまった。怖がらせてしまったね」
シュルル、と元の顔に戻り、にこやかに少女に笑いかける悪魔。
少女は怯えながらコクコクと頷く。
「……これで成立?」
ナターシャが聞く。
「あぁ、取引は成立だ。奴隷紋の効力と男の持っている所有権を無くそう。……しかし、奴隷紋はまだ消させない」
悪魔がニヤリと笑う。
「……ちゃんと贄は用意した筈。何故完全に消さないんだ」
ナターシャは怖気ずに詰問する。
「簡単な話だ。……この紋を残しておけばまた君達はここに来る。そうすれば、私は再び食事を得られる。少なくともあと1度は新鮮な肉を味わえるのだ。……このチャンスを逃す訳がないだろう?」
満面の笑みでナターシャを見つめる悪魔。しかしその目はしっかりとナターシャを見据えている。
どうやらとても強かな悪魔らしい。
奴隷紋を完全に消す方法を知る為、ナターシャは悪魔の要求を聞く。
「……完全に紋章を消すにはどうすればいい?」
「そうだな……次はアイスハインズの肉が食べたい。30頭だ。アイスハーツは硬いから要らない」
「……それでその子の奴隷紋は消えるんだね?」
「あぁ。約束しよう」
今度は綺麗な笑みを浮かべる悪魔。嘘は付かないと示しているのだろう。
ナターシャは緊張で固唾を飲みながらも、強気に言ってのける。
「……分かった。いずれ用意する」
「素晴らしい!」
悪魔はパチンと指を鳴らす。
するとナターシャの背後にあった大量のブロックボアーが消え、再び金貨の山が姿を見せる。
そして空間が歪み、悪魔の姿や、景色がぼやけていく。
「ではまた会おう二人の少女よ。次に会える日を楽しみにしている――――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――――ッ!?」
次にナターシャが気が付いた時には荷台の中。
丁度魔法陣が消滅する場面らしく、少しづつ光の線が消えていく瞬間を目撃する。
「……戻って、来た?」
悪魔の世界から現実の世界に戻ったナターシャは、緊張の糸が切れたようにペタンと座り込み、大きく深呼吸する。
こ、怖かった……
悪魔と会合するなんて初めてだし、というかまた会う事になってるし……
ってかアイスハインズってどんなモンスターだよ……知らねぇよ……
ドクドクと鳴り響く心臓がナターシャの緊張具合を表す。
ナターシャと一緒に居た少女は膝を抱え、ぶるぶると震えている。
多分悪魔を間近で見てしまったからだろう。
「……大丈夫?」
ナターシャが少女に心配そうに聞く。少女は頭を上下に動かして返答する。
「……奴隷紋の制約の方はどう? 何か影響ある?」
少女は押し黙ったまま何も言わない。
心配に思ったナターシャが四つん這いで近づき、少女に触れる。
するとバッ、と少女が飛び掛かってきて……
「うわっ!」
ナターシャは抱き着かれたまま後ろに倒れ込んでしまう。
突然の行動に驚いたナターシャだが、次の言葉を聞いて少女の意図を理解する。
「……ありが、とう、ございます……! ありがとう、ございます…………っ!」
少女は震えながらも小さい声で、ナターシャに感謝の言葉を告げる。
「……どういたしまして」
ナターシャは少女を優しく抱きしめ、頭を撫でてあげる。
少女は安心したのか嗚咽を上げながら泣きだし、ナターシャは何も言わず頭を撫で続ける。
……良かった。気丈に振る舞ってたけど、やっぱり怖かったんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
暫くすると少女が落ち着きを取り戻し、ナターシャから離れる。
しかし手は離さない。ずっと握り締めたままだ。
「……落ち着いた?」
「……はい。ありがとうございます」
「それは良かった」
二人は手を握ったまま、荷台の壁に背を預けて座る。
ナターシャは少し恥ずかしいのかそわそわしながら座り、少女はどこか曖昧な表情を浮かべてぼんやりと前を見ている。
気まずい感じになってきているので、この雰囲気を変えようとナターシャが少女に話しかける。
「「……あのっ」」
少女も同じことを考えていたのだろう、二人の声が重なってしまい、更に空気が気まずくなる。
ナターシャは恥ずかし気に頬を掻き、少女は少し頬を染めて俯く。
えっと、取り合えず先に言って貰おう、と決め、ナターシャは少女に先を譲る。
「……先にどうぞ」
「……いえ、貴方様から」
同じ思考なようで、互いに譲り合う二人。
そのまま暫く譲り合っていたのだが少女は一向に折れない。鋼よりも硬い。
なのでナターシャは、仕方なく話を切り出す。
「……じゃあ、私から言うね」
「はい、どうぞ」
ナターシャの話を聞く体制に入る少女。正座姿がちょこんとしてて可愛い。
あまりにも可愛いので少し戸惑いながらも、ナターシャは問いかける。
「……えぇと、君の名は?」
難産にも程があるレベルの文章。
大分真面目過ぎますがこれも厨二病の代償って奴です。
というか二部自体割とシリアス入ってくるんでまだまだ真面目に書かないといけないのが辛い。
は、はやく終わらせたい……ギャグが、ギャグ成分が足りない……




