26 隷属魔法を解除するには
少女の隷属魔法を解く為に天使と相談するナターシャ。
果たして少女の行方は――
赤城恵と天使ちゃんのLINEが始まる。
天使
[なんで? まさか、間違えて誰かに奴隷魔法かけちゃったとか!?]
ナターシャ
[してないよ! ……いやさ、偶々出会った女の子を助けたくなっちゃってさ。その子今奴隷にされちゃってるんだ]
天使
[なるほど。……惚れたね?]
ナターシャ
[ち、違……うとは言い切れない……]
天使
[もうっ! 私というものがありながら浮気するなんて天使ちゃんおこ!]
ナターシャ
[ご、ごめんって。天使ちゃん許して?]
天使
[まぁ、天使ちゃんは寛大なので許してあげます。これも神の御業だと知りなさいっ。ぷんっ]
ナターシャ
[あ、あはは、どうも……。そ、それで奴隷紋の解呪ってどうすればいいと思いますか……?]
赤城恵がスマホを弄る様子を傍で見つめる少女。
光る画面を不思議そうに見つめている。
(……これって、魔道具? でも、こんな年の子が魔道具を持っているなんて……)
「……それ、は、魔道……具?」
少女がナターシャに聞く。
「……うん。色々使える便利な物だよ。お父さんに買ってもらったんだ」
ナターシャの適当な嘘にそう……と少女は話す。
少女の顔を見ていなかったので表情は分からないが、何も言わないという事は納得してくれたんだろうか。
その間もナターシャと天使ちゃんのLINEは続く。
天使
[えーっとね、奴隷紋は悪魔との契約だから正規の手順踏まないと厳しいんだ。だから一方的に破棄するのは出来なくて、必ず代償が求められるんだよねー。]
ナターシャ
[代償……どんなの?]
天使
[基本沢山のお金だけど、隷属魔法の悪魔は特殊で食べ物とか送ると喜ばれるよ。なんか美味しそうな物持ってる?]
ナターシャ
[……持ってないなぁ。ちょっと馬車の荷物調べてみる]
天使
[はいはーい]
赤城恵は一度スマホをポケットにしまい、少女の元を離れて荷馬車の荷物を調べる。
うぅ、さっきの魔法の反動のせいでちょっと身体が痛い……でも我慢だ。
大きな袋を開けてみる。中には黒っぽい石がゴロゴロと入っている。
これは使えない。ってかなんだろこれ。
木箱のフタを開けてみると中にはリンゴ。それも沢山。
おぉビンゴ。リンゴだけに。これならいけるんじゃないかな?
再びスマホを起動してLINEを始める。
ナターシャ
[なんか木箱の中にリンゴ沢山入ってたけどいける?]
天使
[おーいいじゃん! 多分悪魔も喜ぶと思う。多分ね。禁断の果実的な?]
そういうものなのかなぁと思いつつ、今度は魔法の作成に取り掛かる。
ナターシャ
[魔法の詠唱はどうしよう。さっきは隷属の証よ――から始めたんだけど駄目だった]
天使
[えっとね、奴隷紋を司る悪魔の通称は従属の悪魔。だから従属の証よ――から始めるのがベストかな]
ナターシャ
[……なるほど。詳しいね天使ちゃん]
天使
[まぁね。悪魔とは死後の人間の魂の回収とかで色々揉めたこともあるし。あ、詳しい話聞く?]
ナターシャ
[ま、また今度聞くよ。今は魔法の方考えよ?]
天使
[えー、言わせて? 悪魔ってば酷いんだよ? 私が直接迎えに行った魂を無理矢理取っていっちゃうんだから。“これは私の物だ”ってさー。こっちはノルマ達成しようって頑張ってるのにさー]
天使ちゃんの悪魔に対する愚痴大会が開始される。……は、早く魔法創りたいんだけどなぁ。
ナターシャは少女の元に戻って再び座り込み、天使ちゃんの愚痴を聞き続ける。
その困惑しているナターシャの顔を、不思議そうに見つめる少女。
「……何か、あった、の?」
「……うん。まぁ、仕事って大変なんだなぁって改めて思った」
「…………???」
ナターシャの答えに更に疑問が増す少女。眉を困らせる。
ナターシャ
[大変なんだね……。]
天使
[大変なんだよー? まぁ話してスッキリしたし魔法だよね。サクッと創っちゃおうか♪]
ナターシャ
[えっと、従属の証よ――からだよね]
天使
[そうそう。それに何を奪われてるのか追加して証と一緒にダブルに言って、代償を贄に今解放の時―みたいな?]
ナターシャ
[……ちょっと理解するから待ってね]
天使
[ほいほい]
天使ちゃん曰く、紋章の事をニ度、悪魔に奪われた物を二度言って、代償を贄にする事を言いつつ今解放の時と宣言するらしい。
考えを整理する為スマホを突きながらついブツブツと独り言を漏らしてしまう。
少女は何を思ったのかナターシャの頭を撫でる。突然の優しい感触に驚くナターシャ。
「……ど、どうしたの?」
「……つい、撫でた、くなった、から」
「……あ、ありがとう」
ナターシャは少女の優しさに元気を貰い、一文書き上げる。
ナターシャ
[つまり、“従属の証よ、個人の悉くを奪いし隷従の紋章よ。支払いし代償を贄に、今この時を以て解放へと至らん”?]
天使
[そんな感じー♪ 後はもう一回取られた物の詳細を言って、本人に戻せばおーけーって寸法☆]
ナターシャ
[なるほど……。所有権とかは?]
天使
[解放へと至らん――の部分で切れるよ。あ、気になるなら明言しとく?]
ナターシャ
[そうだね。うーん……]
顎に手を当て、再び思考するナターシャ。
そして少女の方を見ながら質問を投げかける。
「……えっと、奴隷紋って何を奪うんだっけ。自由?」
「……人権、意思、記憶」
「……ありがと」
ナターシャは先程のお返しと言わんばかりに開いている手で少女の手を握る。
少女も優しくそれを受け入れ、ナターシャの手を包み込む。
少女は、魔道具で行われている事や映っている文字は読めない物の、何かを作っているんだという事を理解している。そしてそれは、少女にとって良い事だと。
感謝の想いと共に、ぎゅっと握り返す。
少しドキリとしたナターシャはその気持ちを糧に文を創り上げる。うぅ、その行為はとても心に効く……!
ナターシャ
[“――人として生よ、意思よ、全ての記憶とその思考よ。本来の座に戻りて浸透せよ。そして、現所有者との縁の全てを破棄し、完全なる自由を隷属せし者の身に宿せ”なんてどう?]
天使
[良いと思いますっ☆ 後は魔法の二つ名だね]
ナターシャ
[えっ……やっぱ要るの? 恥ずかしいんだけど……]
二つ名は魔法の効果を増す為に必要なんだけど、本当の理由は魔法のカッコよさを増す為。理不尽。
詠唱も大概だけど、二つ名付けるのホント恥ずかしいんだよなぁ。
まぁそれを思いつく自分も大概なんだけども。
天使
[要るよー。だってなっちゃんが創った魔法管理するのも仕事の一つだし。その方が管理しやすいもん! なのでここはひとつカッコイイのをお願いします♪]
ナターシャ
[毎回カッコよさ重視で二つ名付けてると思うんだけど?]
天使
[まぁまぁお気になさらず♪ あ、次のアプリはなっちゃんが創った魔法大百科だから☆ 創るたびに追加予定!]
俺の黒歴史ノートデジタル版が生成されようとしてる!? やめて!?
その旨を伝えるも[否決☆]と言われる。無慈悲すぎる! 神の使いなのに!
赤城恵は半ば諦めモードで隷属解除の魔法の二つ名を考える。
「奴隷解放……やっぱ人名かな。アメリカのリンカーン大統領とか……いや、なんか弱いな……」
ショックのせいか、つい思考を言葉に漏らしてしまい少女に聞き取られてしまう。
「……リンカー、ン大統、領? 何処、かの貴族?」
「えっ!? ……あっ、う、うん! 遠い遠い古い時代の人! そ、祖先なんだ! 今その人の力を借りようかなって!」
「……つま、り、帰属……?」
「……帰属?」
「「……?」」
互いに首を傾げる。
何か齟齬が起こっているらしい事は分かったけどもまずは解除魔法だ。
未だ首を傾げ、回答を待つ少女からの視線を受けつつ、スマホに集中する。
ナターシャ
[えーっと、奴隷解放でしょー……? ここはカッコよさ重視で“隷従証解放”なんてどう?]
天使
[おぉ、いいね。エイブラハム・リンカーンとかにするかと思ってた!]
ナターシャ
[それも一応考えたけどね……。直球すぎるし、まずそんなにカッコよくない]
天使
[ひゅー♪ さっすが中二病のプロ! その発想に痺れるねぇ!]
ナターシャ
[……天使ちゃん一応言っとくけどそれ誉め言葉じゃないからね?]
天使ちゃんを窘めつつ、二つ名が決まったので準備を開始する。
リンゴが満載された木箱2つの近くに少女を座らせる。
「……なに、するの?」
不安な表情を浮かべる少女を安心させる為、ナターシャは少女の手を握りながら話す。
「今創ったばかりのとっておきの魔法。これで、貴方の運命を変えてあげる」
ふふ、と笑いかけながら少女から手を離して歩き、少し離れた所でバッとカッコよく振り向き、両の腕を前に出し顔を隠す。
突然の行動に少女はポカンとしている。
その間ナターシャは謎のポーズを取りながら妖しく世界を嘲笑う。
「フフ……フフハ……! フゥーッハハハハハ!!!」
ポーズはそのままにナターシャは、少しずつ語り始める。
「……待ちかねたか、少女よ。見知らぬ誰かが救ってくれる事を」
表情を一切見せないポーズが少し変わり、腕の隙間からナターシャの右眼だけが垣間見える。
「……僅かでも望んだか。神の救いの手を。この身に奇跡をと」
そして勢いよく両腕を広げ、大声で宣言する。
「……ならば、喜ぶがいい! 貴様の願い、神は叶えてみせた!」
ナターシャは大げさにポーズを変えながら、少女に叫び伝える。
「我が右眼に秘められし力と、神の叡智が融合し創り上げた奇跡! そう! 今此処に! 運命という理不尽な呪縛から幸薄き少女を解き放つ魔法が完成した! この魔法は何れ世界に激震を走らせ、同じく不幸なる運命を課せられし人々に救済を与えるだろう!」
ナターシャの行動は止まらない。
少女は微動だにせず此方を見つめている。
「この世界に生を受けし全ての者よ、我が才能に歓喜せよ! そして知るが良い! この俺こそが世界を救う救世主であり、この世界を統べるに相応しい真の魔王であると! そして従属の悪魔よ! その眼にしかと焼き付けるがいい! これが神と魔法に愛されし人間の、真理の結晶であるッ!」
……あー、やり切った。
中二病なポーズを取りながら口上を述べ終わったナターシャは、両手をかざす。
片手は少女、もう片方の手はリンゴの詰まった木箱へ。
……なんでこんな事するのかって?
好みの女の子の前で詠唱だぞ。色々と演じてなきゃ恥ずかしいんだよ。
「“従属の証よ、個人の悉くを奪いし隷従の紋章よ――”」
目を瞑り、詠唱を始める。
ナターシャの周囲が輝き、少女とリンゴの詰まった木箱を取り囲むように白い光を放つ魔法陣が発生。
少女はぼんやりとその様子を見つめている。
「“支払いし代償を贄に、今この時を以て解放へと至らん――”」
少女の隣にあった木箱全てが足元から消滅。それと同時に少女の胸元が光り始める。
驚いた少女が胸元を覗くと、紋章が赤い光を放っている。
「“人としての生よ、意思よ、全ての記憶とその思考よ。本来の座に戻りて浸透せよ――”」
少女の脳に掛かっていた呪縛が解けて痛みが引き、少しづつ状況を理解出来るようになっていく。
何が起こっているんだろう……光……?
「“そして、現所有者との縁の全てを破棄し、完全なる自由を隷属せし者の身に宿せ――”」
魔法陣の輝きが更に増す。
輝きが光の粒子となって浮き上がり、白い燐光となって空中に消えてゆく。
その様子をただ呆然と眺める少女。
目の前の少女は、一体、何を――?
詠唱を終えたナターシャが少女に微笑み、優しく話しかける。
「……これで、一緒に逃げられるね」
そこで少女は、ナターシャが何をしたのか理解した。
目の前の女の子は、不可能とまで言われていた詠唱魔法単独での隷属魔法の解除法を編み出したのだと。
感極まった少女の青く澄んだ瞳から、絶望から解放される嬉しさと、感謝の気持ちが一筋の涙となって流れ出す。
そして自然に口が動き、一言溢すように呟く。
「……ありが、とう」
「……ふふ、これからよろしくね。“――隷従証解放”」
魔法陣の光が二人の姿を包み込み、掻き消す。
その光は夜に静まり返る空を照らし、その様子は地上に月が舞い降りたようだった。
なんかある度に最終回みたいな話になってる気がする。
でもそれが良い所だと思っていきたい。
口上考えるの疲れる……頭痛し。
あと忘れがちですがまだ7歳です。ナターシャちゃん。




