24 ナターシャ、初めての遭遇イベント
オークを犠牲に父を振り切り、休息を取るナターシャ。
事前に創った魔法で安全を確保しつつ明日に向けて眠ろうとすると……
「ハァ……ハァ……、なんとか撒いた……」
たまたま見つけた大きな樹洞に入り込み、休息を取るナターシャ。もちろんアイテムボックスから取り出したクッションを背中に添えて。
あー疲れた……。
大きく深呼吸して隠密の魔法を唱える。
「“無貌の王の真髄を視よ。我という個人全てを晦まし、世界に融解させよ”」
スゥ、とナターシャの姿とクッションが消え、背後にあった木の洞が現れる。
これで一安心。魔物に襲われずに安心して眠りにつける。臭いとか動いた時に漏れる音とかもしっかり消してくれるらしい。
村の牧場で飼われてる牧畜犬使って試したから効果は間違いない。
それにバフ魔法枠じゃないから魔力切れになるまでかかりっぱなしなのが良い。つまり俺に限って言えば実質無限。これからも使っていきたいね。
ただ流石に効果制限があるようで、自分から目立ちに行ったり、動きすぎると効果が切れるっぽい。無貌の王さんも犬の目の前でダンス躍る羽目になったら姿を隠せないってこった。
次に、寒さで凍えないように暖を取る魔法。
「“我が世に夏来たれり、常夏の季候を我が周囲に顕現させよ”」
ポカポカとナターシャの周囲の空気が温められ、外気と混ざりあって快適な温度になる。
これ言うのちょっと恥ずかしいんですよね。でもこれ唱えないと凍えちゃうんで我慢。
バフ魔法枠じゃないのは言わずもがなです。ただ効果時間があって1日しか持たないみたい。
テントとシュラフ生成する魔法創ってから家出すれば良かったか……。
でもどう言おう。これからも使うかもしれないし考えてみるか……えぇと“仮初の天幕、氷獄を凌げし――うーん……。
良い案を浮かべようと頑張ってみるも思いつかない。所詮凡才です。
魔法生成を諦めたナターシャはぐぅぅ、とお腹が鳴る音に気付く。夜ご飯はしっかり食べたんだけどなぁ。
食料は余裕があるけど、もしもの為を考えて極力節約していきたい。ブロックボアー解体すれば食糧になるだろうけど解体方法とか分かんねぇよ。
という事で目を閉じ、睡眠をとる事にする。腹が減ったら眠れってどっかで聞いた事あるからね。
樹洞は少し硬く、寝るには手間取るだろうがこれも試練だ。後1日程歩けば最初の目的地のツギーノ村に着く。それまで頑張ろう。
ナターシャは丸まった状態で静かになる。
辺りが静寂に包まれ、動物や虫の鳴き声と共に、
『……ょろい……ぜ……!』
『……みろ…………だ……よな!』
男の集団であろう、少し野太い声が聞こえる。
五月蠅いな……人が折角寝ようとしてるのに……。
渋々と言った形で目を開け立ち上がり、声のする方向へ向かっていく。
茂みを掻き分けながら進むと目の前に篝火と人の集団が見える。
少し嫌な予感がしたので、気付かれないように音を立てずに近づく。
「……しかし、ホントに言われた通りに待ってたら馬車が通るなんてな! ラッキーだぜ!」
「ハハ全くだ! これでまた暫く遊んで暮らせるぜ!内通者様様ってな! ギャハハハ!」
茂みを挟んで向こう側では、9人程の男の集団が街道の中央に陣取って焚火を焚き、ゲスな笑い声を上げながら話合っている。
男達の背後には2頭の馬が繋がれた1台の荷馬車と、覆いが刃物により大きく切り裂かれた荷台が横転している。
6人程は焚火の周囲に座り、1人は荷台に寄りかかり、1人は倒木の上に座って酒を飲んでいる。
最後の1人は御者の席に座り眠りこけている。
男達の腰や足元には曲がった短剣やナイフ、1人は魔法を使えるようで鈍器になりそうな形をした長いロッドを持っている。
全員分厚く暖かそうな革の鎧を身に着け、何人かは薄い胸当てを装着している。
……おぉ、これが異世界の盗賊か。
赤城恵は初めて見る光景に感動する。まぁ少し怖いけど。
隠密の魔法の効果もあり、此方には全く気付いていないようだ。
普通の人なら気づかれない内に退散するのが常識だろうけど……と少し思考を巡らせるナターシャ。
転生者ならこういう時ってどうすべきだろう。確か、最近の物は盗賊を狩って金品を手に入れるのが主流だったよな。
それで将来に向けてのお金を貯めるんだっけか。でも、血を見るのはなぁ……
上半身だけロダンの考える人のポーズを取り、暫し考える。狩るべきか、狩らざるべきか。
その間も盗賊達は話が盛り上がっているようでゲラゲラ笑っている。
……殺すのはちょっと気が引ける……でもお金は欲しい。お小遣いとか無いし。
眉間に皺を寄せながら考え込んでいると、ふといい考えが思い浮かぶ。
……あ、なら殺さず無力化すれば良いんじゃね?
ピン、と閃いたナターシャは両手を前に出し、とある状態異常魔法を小声で詠唱し始める。
最近父の訓練のせいで厨二病時代の聖痕が呼び起こされ、寝不足になっていた時用の魔法。今回はその範囲版を使用する。
「“常世の狭間、夢と現実の境界線。眠れや眠れ、微睡み塞ぐ瞼の裏側。今此処に眠りと夢の理想郷を創り上げよ”……“夢現乃境界線”」
ナターシャの詠唱が終わると燈されていた焚火が消え、盗賊達の周囲に紫の靄が漂い始める。
その様子はまるで夢に揺蕩う幻想の世界。ファンタジーな世界を更にファンタジーへと塗り替える。
盗賊達は突然の出来事に動揺が走り、立ち上がって警戒するも時すでに遅し。ナターシャの魔法の効果が表れ始める。
「な、なんだこ……んぁ……眠気が…………」
「んだこれ……クッソねみぃ……」
バタリ、バタリ。
また一人、一人と夢の世界に落ちていく。その夢は僅か一時の胡蝶の夢を再現し、盗賊達は明日の朝まで目覚める事はないだろう。
紫の靄が晴れると、そこには気持ちよさそうに眠る盗賊達の姿があった。
「……よし、無力化成功」
ぶっつけ本番だったけど、上手くいって良かった。
これからも盗賊を見かけたらこうやって無力化しようっと。
ナターシャは茂みを抜けて盗賊達が眠りこける街道の中へ入っていく。
……とりあえず起きられると困るし、全員ロープで縛るか。
アイテムボックスからロープを取り出し、一人一人丁寧に足と手を縛って動けないようにする。縛り方はスマホで見ました。
ロープのカットは「“真空刃”」魔法でスパッと。
余りにも気持ちよさそうに寝ているので羨ましいなぁと思いつつ、全員凍死しないように常夏の魔法をかけておく。
……ん? ロープはどうやって用意したんだって?
父親がなんか訓練用とかで大量に持ってるのを拝借してきました。
大丈夫だっていずれ返す予定だし。そうそう死ぬまで借りとくだけ。
そんな曖昧な言い訳をしつつ、盗賊達の荷物を漁る。
本命は荷馬車の方だけど、先に良い物持ってないかの確認をね。
懐や腰元をガサゴソと漁るとくすぐったいのか盗賊が笑う。やめろ気持ち悪い。
盗賊達からは金貨の入った袋や宝石類を何点か見つけた。多分売るつもりだったんだろう。有難く頂戴する。
ついでに魔法使いが持っている長いロッドを回収しておく。やっぱ魔法使いって言ったら杖だよな!
あぁでもハリー〇ッターみたいな短い杖もありだよなぁ……と思いつつアイテムボックスにしまう。
ある程度回収した所でそれでは、と本命の荷馬車へ向かう。御者の台には気持ちよさそうに眠る盗賊。さぞ良い夢を見てる事だろうね。
馬車の裏手に回り、荷台の中に入り込……手が届かねぇ。
仕方ないので「“土塊”」の単語魔法で台を作って乗り込む。
中には大きな木箱が何箱かと大きな袋4つ。そしてその奥には金色の長い髪を持つ、首と両手を鎖で繋がれた一人の少女が居た。
俯き、涙を流しながら縮こまってぷるぷると震えている。
着用している衣服は所々破かれていて、素肌が見えている。そして頬には殴られたような跡が見える。
その様子を不憫に思ってつい隠密魔法を切り、先客に挨拶してしまうナターシャ。
「……こんばんは?」
声を掛けられた少女はビクッと反応し、怯えた目つきでナターシャを見つめる。
その少女の瞳は青く透き通っていてとても綺麗だ。
「……あな、たは?」
鎖の少女がおずおずと口を開き、突然目の前に現れた少女の名前を尋ねる。
その相手であるナターシャは自己紹介。
「……えっと、ユリスタシア・ナターシャです」
二人の少女が見つめ合う。
はい。7歳ですが中身はもう33歳なので野宿しようが何しようが何の問題も無いですね。
え?見た目が7歳ならアウト?ですよね。でも私は無実です。
あ、不憫な少女はまだ事前なのでセーフですよ!セーフ!




