第四十九話『敵襲』―3
《自化会》本部。地下研究施設。
LEDライトで照らされているそこは、地下とは思えない程明るい。
というのも、暗い場所での実験や研究は不自由しかないからだ。
色の変化ひとつとってみても、視覚から入る情報は大きい。
寿途は、身体検査の時にしか地下の施設には来ない。
ここは立ち入ったことのない、“実験室”だった。
膨大な数のファイルに薬品、機材などが所狭しと置かれている。
車椅子で室内を移動しながら、それらを見回す。
棚から取り出した薬品の瓶たちを前に、臣弥は実に楽しそうだ。寿途には、それが不思議でならなかった。
「お父さんは“悪い人”なの?」
口を突いて出たのは、そんな質問だった。
臣弥は笑顔のまま、そうですよ、ときっぱり告げる。
「沢山の人を殺めている私は、善人ではないです」
寿途は黙って聞いている。
臣弥の言っている事を自分の中で整理しているのだろう。
「寿途君。君の使っている六合の力は、世間では“科学で証明できない”ものとされているんですよ」
話が思わぬ方向へ飛び、寿途が僅かに首を傾げた。
「霊にしてもそうです。『科学で証明できない』イコール『存在しない』と言われる。これって、おかしいと思いませんか?」
臣弥の問いに答えられないでいる寿途の頭に、臣弥の手のひらが乗る。
「たかだか“現在の科学”で証明できないというだけで、君はここに居るのに、居ないと言われてしまう。無知な人間というのは、自分の知る世界だけがこの世の全てだと思っているんですよ」
とまぁ、これは昔の私のことなんですけどね。
そう苦笑して、臣弥は寿途の頭から手を離した。
霊だ妖怪だ聖獣だと学会で言ったところで、相手にされない。実物を見せても、“視えない”人々には理解されない。
作り物だ集団催眠だと言われるのが、いつもの流れだった。
だから、臣弥は“視えぬ者”からの理解を求めなくなった。
知らない奴は、知らぬまま生涯を終えればいい、と。
実験台の上に並べた瓶の蓋を開けつつ、続ける。
「“正義心”というものは、麻薬に近いものがあります。正しい行いをする自分に酔ってしまい、正義の為なら人を傷つけても良い。そう思っている人が一定数居るんですよねぇ……」
臣弥は顔を上げて、少しだけ遠い目をした。
すぐに視線を手元へ戻し、ビーカーに瓶を傾ける。
「自分を正当化するつもりは毛頭ありませんけど、善人も悪人も時代によって変わるものです。戦時中、ヒーローのように持て囃されていた人々が、終戦した途端に戦犯として処分されていた時代もありますからね」
ビーカーに薬品を注ぎ、瓶を次々と空けていく。
何の躊躇もなく動く臣弥を、寿途はただ眺めていた。
「だったら……私は自分の探究心や知的好奇心を満たしたい。と、そう思っただけなんです。その内容が大罪であろうと。人を犠牲にしても。その所為で人に恨まれて殺されたとしても。これが、私なりの『悔いのない生き方』なんです」
その探究心が満たされる事は生涯ないとしても。
胸中で付け加え、臣弥は時折手元の資料に目をやりながら手を動かす。
今まで生きてきて何かを知りたいと強く思うことのなかった寿途には、臣弥の言葉が理解出来なかった。
好奇心が無いわけではない。
ただ、寿途はそれが薄い。
困った顔で俯く寿途に、臣弥は液体を攪拌させながら言う。
「寿途君が私と同じ考え方を持つ必要はありませんよ。私の事が許せないのであれば、殺しても良いです。それが君の正義なら、それを貫けば良いと、私は思います」
せいぎ……。ぽつりと呟く。
寿途には、それすら分からない。
言われたことを言われた通りに行ってきた。
それだけ。
寿途はそう思っている。
「君には君の意思があるんですから。その証拠に、私に言われていないのに施設の子どもたちを供養してあげたり、さっき負傷して動けない会員を助けたじゃないですか。その行動は、君の意思……つまり、君のやりたい事の筈ですよ」
臣弥は手を止めず、そう言葉を切って横目で寿途を見た。
黒い瞳が瞬きを繰り返している。
「まぁ、今はまだ死にたくないのが私の本音ですけどねぇ。私の友人に、自ら命を絶った女性が居ましたが……正直私には理解しかねる行動です」
しかもあんなタイミングで……。という呟きは、寿途の耳には届かなかったようだ。
寿途は再び、ぐるりと室内を見て、お父さん、と口を開いた。
「お薬でとうめいになってるの、体が全部とうめいなのは何で? 服も、体の中もとうめいになるのは、何でなの?」
話の脈をブチ切り、寿途は全く別の方向から会話を持って来た。
寿途は、この『何で?』が好奇心や探究心そのものだという事には気付いていないが。
そんな質問が飛んで来るとは思っていなかったので、今度は臣弥が答えを返せなくなった。
「……ごめんなさい。お父さんのお話、よくわからなくて……」
しょんぼり肩を落としている寿途を見ていると、臣弥の中に罪悪感が湧き出る。
寿途は一度に情報処理できる容量が少ない事を失念していて、長々と喋ってしまった。
「いえ、私の方こそ一度に沢山喋ってしまって、すみません」
眉を下げる臣弥だが、寿途は頭を横へ振った。
「ちがう。お父さんとふたりだけで話すの久しぶり……だから、楽しいしうれしい」
楽しい話など全くしていない。
寿途は話の内容ではなく、行為を『楽しい』と言う。
血の繋がりが無いとはいえ、親子という間柄である。
が、よく考えてみれば親子らしい事も家族らしい事も、ろくすっぽしていない。
たまに学校へ迎えに行き、その延長で一緒に食事をする程度。
普段、臣弥は研究室に籠っているか、仕事で出ているか、会長室に居る。
寿途とは寝食を共にすることもない。
寿途も、本部の会員専用の居住部屋へ移って来たのはつい最近。
それまでは養護施設棟に居た。
「……もしかしなくても、私って父親失格ですねぇ……」
一般的な家庭を知らない寿途は臣弥の言っている意味が分からない。
頭上に大きな疑問符が浮かんでいる。
「いえ、すみません。私、父親って悪いイメージしかなくて……。駄目ですね。寿途君はずっと私の事を『お父さん』と呼んでくれているのに、父親だという自覚がまるでありませんでした」
あまり特別視しすぎて他の会員と格差が生まれてはいけないという思いも確かにあったが……逆に、他の会員と同じように接しすぎていたのかもしれない。
そもそも、寿途は元々“特別”なのだ。
少しの沈黙。
「としみちくん……。長いですねぇ……」
臣弥の表情は珍しく真剣なものだが、寿途の頭の上にはまだ疑問符が飛んでいる。
「『寿途』という名前は、貴方の遺伝子上のご両親が付けたものなんですけどね」
ふむ、と顎に手を当てる。
「トシ……。やっぱり呼ぶなら二文字がしっくりきますねぇ」
ひとりで勝手に納得している臣弥。
寿途はずっと疑問符を纏ったまま、じっと臣弥の様子を静観している。
というのも、いつも臣弥がベラベラ喋るので、寿途が話に割り込む方が貴重な事なのだ。
「さっきのトシの質問に答えましょうか」
このひと言で、臣弥が寿途の呼び方を思案していたのだと、寿途はやっと理解した。
「服も内臓も透明になっているのは、おそらく飲み薬と外用薬とで分けているからです。効果に時間差はあるでしょうが、洋介君の事ですから保険はかけていそうです」
と、いうわけで……。そう言いながら臣弥が寿途に見せたのは、茶色い瓶。
その中には、臣弥が今作っていた薬が入っている。
「スプリンクラーのタンクにこれを放り込んで起動させましょうか。かなり薄まりますが、問題はないです」
話していると上から、ドンッ、と爆発音が聞こえてきた。
屋内ではなく地上での爆発のようだが……。
「地下へ来られたら厄介ですねぇ。トシ、ここの出入り口を木で塞いで、上へ行きましょう」
臣弥は荷物を抱え、お願いします、と寿途に微笑みかけた。




