表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第五章『秘密』
198/280

第四十三話『人間ではなくなったヒトと人間離れした人間』―5

 



 深叉冴は翔と寒太の胸元に手を置いて、


「今更だが、怖くはないのか?」

「何が?」


 翔は質問の意味が分からないのか、首を傾けて瞬きをした。


「要するに、寒太という存在は消え、今まで翔として過ごしてきたお主の中に寒太という存在が融合し、今までの翔は中身だけ別の存在に――」

「長い。ややこしい。うるさい」

『ほら、お前も短気じゃねーか』


 茶化す寒太に、翔はむぅと下膨れる。


「『怖い』とかじゃない。今までの俺が俺じゃなかったって事は、俺の存在自体が嘘みたいなものでしょ? 俺、嘘は嫌いなんだ。それに、忘れてた色んな事を思い出せるかもしれないし」


 その中には、初めて光と出会った時の事も含まれている。翔は未だに、何故光が自分に執着しているのか分からないでいた。出来る事なら思い出したい。


 深叉冴は寒太にも視線を送るが、残念ながら、鳥の表情など分からない。


「……そうか。少しビリッとするやもしれぬが、我慢してくれ」


 そう言うと、深叉冴は静かに翔と寒太に手のひらをあてがい、円を描くように撫でた。同時に、寒太の体から帯状の光りが出現し、翔の体へ入っていく。


 光りが完全に翔の体内へ消えると、寒太の体は灰のようになり、空気中へ消えた。


「なんだ。呪文とかないのか」


 とは、一連の様子を眺めていた倫の言葉だ。

 深叉冴は静かに息を吐き、苦笑した。


「まぁ、何かしら唱えた方が様にはなるだろうが……自分自身の力を使う場合には、そんなものは必要ないからのう」

「あー、ファンタジーでよく見る詠唱って、何かの力を借りる場合に唱える事が多いですもんね」

「自身の力を使う時に発する声なんて、あっても掛け声くらいのものだな」


 呪文云々という(くだり)に心当たりでもあったのか、潤もぽつりと呟いた。


「って、ねぇ、ちょっと! 俺の事は無視なわけ? 過程じゃなくて結果を見てよ!」


 数分前と寸分違わぬ姿の翔が、プリプリと怒っている。声量は以前より増していた。

 倫は肩を竦める。


「だってさ、見た目が何も変わらないんだもん。折角完全体になったんだから、もっとイケメンになるとかないのかなぁ? 相変わらず顔が丸くて鼻が低いよ?」

「余計なお世話だよ!」

「翔! 翔! 調子はどうだ!? 気持ち悪くなったりはしておらぬか!?」


 ハラハラと汗を飛ばしている深叉冴に、翔はにこりと笑いかけた。

 硬直した深叉冴の体を抱きしめ、


「父さん大好き!」

挿絵(By みてみん)


 数秒間、沈黙が流れた。


 固まって動かなかった深叉冴が徐々に震えだし、またしても滝のような涙を流し始めた。


「か、翔が! 翔がついに本心を!!」

「嘘だけど」

「嘘は嫌いではなかったのか!?」


 感動で打ち震えていたというのに打ち砕かれ、涙は意味を変えてまだ流れている。


「父さんを一瞬だけ幸せにする、優しい嘘だよ」

「一瞬の幸せの後に瀕死を負う程の絶望が待っておったわ!」

「ははははは」


 けたけたと笑う様子から、確かに以前の翔とは違うのだと受け取れる。翔しか知らないが、寒太はよく笑っていた。


「で、翔はどう? 思い出したい事、思い出せた?」


 倫は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すとコップへ注ぎ、翔へ渡した。それを美味しそうに飲んでいるので、味覚や味の好みは変わっていないのだと伺える。

 ただ、やはり表情の変化は著しいものがある。


(寒太って全く表情分からなかったけど、人間だったら表情豊かだったのかな)


 倫はそんな事を思いながら、空になったコップを受け取った。


「元に戻ってからまだ間もないし、情報量が多すぎて俺にもよく分からないんだよね」


 倫の質問に答えて、翔は伸びをした。爽やかで晴れやかな表情で。


「あー、でもなんか、スッキリした! 気持ちいい気がする! 誰でもいいから抱きつきたい気分だな!」

「さっき深叉冴さんに抱き付いてたじゃん」

「あれはノーカン」


 倫の指摘にソッコーで答えた翔が飛び付いたのは、潤だった。


「何で潤さんなの……」

「だって、倫は何となく嫌がりそうだし」

「へぇ。よく分かってるね」


 微動だにせずほうじ茶を啜っている潤を挟んで、翔と倫は顔を見合わせて笑っている。


「俺、潤の事好きだよ。こういうの同族嫌悪とか言う人居るけど、俺にとっては貴重な仲間なんだよね」

「好いてくれるのはいいんだが、翔の訓練も目標まで達成したから、俺の仕事は終わりだな。後は凌に任せて、俺はもう東京へ帰る」

「え……。九州の《天神と虎》っていう奴らを潰すまで一緒じゃないの?」


 翔が敵組織の名前を覚えている事に感動している深叉冴は無視し、会話は続く。


「……俺への依頼はあくまで、翔が力を制御出来るまで指導するよう――」

「ヤだ!」

「嫌と言われても……」


 ちらちらと深叉冴と倫へ交互に視線を飛ばすも、助け船はない。

 潤は諦めの溜め息を吐き出すと、翔の頭に手を置いた。


「分かった。今晩はまだ泊まる。光さんの安否も気になるし、ウチの尚巳も――」

「そうであった!!」


 深叉冴は黒ひげ危機一髪の如く飛び跳ねた。

 どうしたものかと視線が集まる。


「『尚巳君は黒猫になっているが無事だ』と光君が言っておったのだ!」


 言付けられた事をしっかりはっきり伝えた深叉冴だったが……何故か冷たい視線が全身に突き刺さった。

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ