第三十八話『銀の人』―5
「こんな開けっ広げた状態で銃撃戦だなんて、目立ちますよ」
「……君、今までどこに行ってたの?」
「昨日はネカフェに泊まりました」
拓人がまとめる近距離狙撃手の集められた《Dグループ》に所属している、里田浩司。昨日から行方不明となっていた人物だ。服装や表情は少々くたびれた雰囲気を纏っているものの、概ね元気そうだ。
浩司は何か書かれている長方形の紙を四枚、手に持っていた。
「拓人さんから頂いていた結界符、まだ持っていて正解でした」
《自化会》の施設外で訓練する時の為に、拓人が後輩たちに与えていた結界符らしい。通常、使用済みの札は燃えるようにして消えて無くなるのだが、まだ存在しているということは数回使えるものなのだろう。
洋介はそう仮説を立てながら、浩司を観察した。
その様子に、浩司は苦笑する。両手を顔の高さまで上げて。
「警戒するなって言うのも無理な話でしょうけど……今の俺は、洋介さんの味方です」
「まぁ、あと一日“行方不明”のままだったら、裏切り者と見なされて君も追われる立場になるわけだもんね?」
《自化会》での裏切り行為、逃亡、三日以上の音信不通は、始末の対象となる。つまり、在籍中の会員に殺されるわけだ。
「君の言うことを100パーセント信じるわけじゃないけど、話を聞こうか」
洋介の言葉に、浩司は安心した面持ちで頷いた。
「有り難うございます。でも、ここだと会員が来るかもしれませんから……場所を変えましょう」
異論はないので、洋介も頷く。床に横たわっている真っ赤な死体を横目に捉えながら、焼肉屋“匣”を後にした。
電車に乗って二人が向かったのは、カラオケボックス。閉鎖的な空間で、防音もそれなりにしっかりしている場所。立地的に《自化会》の会員がまず利用しない店を選んだ。ワンドリンク制のプランを指定して入店し、昨日から今日まで、お互いの身に起こった事を報告し合い、今に至る。
「へぇ。洋介さんはかなり前から《自化会》を潰そうとしていたわけですか」
手元にあるメロンソーダをストローで吸い上げながら、浩司は洋介から聞いた事を短くまとめて言った。
「そうだね。君の今後の身の振り方によっては、僕を殺して手土産に……っていうのも大いにあり得るわけだよね? ここまで話しておいて何だけど、浩司はどうするのかな?」
当然、格下に負けるとは思っていない洋介。浩司の今後の行動についても概ね見当をつけた上で発言し、ホットコーヒーに口をつける。
「あぁー。俺は別に《自化会》を潰す気はねーんですけど、《自化会》に戻る気もねーんすよ。でも、黙って殺される気もねーっすね」
「つまり?」
「朝来てた《天神と虎》の青い人……あいつが裏山の麓から出ていくのを俺、裏山の中腹から見てたんっすけど……あいつ、何かでっかいキャリーケース引いて帰って行ったんっすよね。片腕で」
「キャリーケース……?」
洋介が眉間を狭める。それもその筈。洋介がシンジを送り出した時、彼は手に何も持っていなかったのだ。
シンジは、洋介に『ある場所へ連れて行ってほしい』と言った。それが、《自化会》の裏口だ。裏山へと続く、裏門。そこで、洋介はシンジと別れた。その後の事は知らない。
「青い人……シンジ君って言うんだけどね。彼、僕の案内で裏口へ行ったんだ。そこで僕と別れて、浩司がシンジ君を見付けるまでの間に……彼は誰かと会っていた……もしくは、指定された場所に置かれたキャリーケースを回収した……という事かな」
「って事は、少なくとも《自化会》の敷地内……ないし、敷地周辺に《天神と虎》の関係者が居るってことじゃねーっすか」
「そういう事だね」
今の今まで気付かなかった事実に、洋介と浩司は複雑な表情で顔を見合わせる。
「まぁ、今から本部に戻って、その関係者を探すのはリスクが多いし……取り敢えず、その事は置いとこうか」
洋介が言うと浩司も、そーっすね、と頷いた。そして、洋介に問う。
「その言い方からして、洋介さんは《天神と虎》と合流するつもりっすか?」
洋介は小首を傾げた。少々、呆気にとられた様子で。
「そりゃ、単独で《自化会》は潰せないからね。シンジ君の話を持ち出した時点で、僕は浩司もそのつもりかと思っていたんだけど」
「まぁ、そーっすね」
「じゃ、決まり。今後の作戦をザックリ話し合ったら、福岡へ向けて出発しようか」
コーヒーを飲み干し、洋介は飲み放題のメニュー表を見始めた。
浩司はきょとん、と疑問を口にする。
「出発って、洋介さん、《天神と虎》のアジト……知ってるんすか?」
すっ、と出されたのは、洋介のスマートフォン。画面には、地図の中で点滅する赤い点。赤い点は、移動している。地図を見るに、中国地方辺りみたいだ。
これは何か、という浩司の表情を一旦無視し、洋介は室内に設置されている内線電話を取って、フロントへ「ジンジャーエールください」とオーダーを済ませた。
ソファーへ座り直し、洋介は脚を組む。自分のスマホを指差し、
「シンジ君に、発信器を持たせてあるんだ。途中で捨てられる可能性もあるけど。《天神と虎》の拠点については、《P・Co》から送られてきた情報にあったから把握してる。発信器は、お守りみたいなものかな」
浩司は感心するとともに、洋介の用心深さにに少しばかり身震いした。
そんな浩司の心境など露知らず、洋介は届いたジンジャーエールにストローを刺す。
脳裏に、よくジンジャーエールを飲んでいた黒いピアスまみれの男の顔が過ったが――炭酸の刺激で、すぐに消え去った。




