第三十五話『青い人』―5
連射はすぐに止んだ。
噴煙も流れ、現れたのは床に膝を突いた赤い女。脇腹からの出血が脚を伝っており、上半身どころか、全身赤くなっている。
「痛いわね……」
女は爪を立てるようにして脇腹を押さえ、呻いた。その手の下にある傷が特に酷く、顔や腕にも出血が見られる。
銃口はだらりと下を向いているが、機関銃は手から離れていない。
シンジの姿はなかった。
否、“シンジに見える者はいなかった”。
そこに居るのは……、率直にいうと、『極度のおデブさん』だ。胸と腰と腹が、どこからどこまでか分からない、丸い胴。それから四方向に飛び出ている、丸い手足。オーバーオールも弾け飛びそうなものだが、何とか持ち堪えている。
ボールのような身体にくっついた小さな顔が大きく息を吸うと、見る見る内に身体がスリムな“シンジ”に戻った。
シンジに向かって放たれた銃弾の数々は、シンジの内臓に届くことなく、弾き返されていた。赤毛の女は、質の悪い跳弾を喰らったわけだ。
傍から見れば、シンジの優勢に見えるが――少々髪の乱れたイケメンは、舌打ちした。
(何で、今ので死んでないんだよ!)
少なくとも、十発以上は撃ち返した筈だ。なのに、負わせられた致命傷といえば、脇腹のみ。シンジの予想では、真っ赤な蜂の巣が横たわっている筈だったのだ。
ぺろりと舌を出し、口の端についていた自分の血液を舐め取ると、女は真っ赤な唇の両端を上げた。
「何? 今の」
苦悶の表情から一変して、期待の色を滲ませる真っ赤な瞳。
シンジは底知れぬ胸騒ぎを感じながら、足元に転がっている鎌を手に持ち、畳んで、袖の中へ入れる。
一歩、女が近付いた。
「お肉の間に、武器をしまえるの? 何だかそんなキャラクターを、漫画で見た事があるわ。実際居るのね。呼吸法による身体操作かしら?」
ビンゴだ。ただ、『呼吸法による』ものではない。
シンジは、ユウヤが行った“合成生物実験”の成功例だ。
夜の街でユウヤとぶつかったシンジは、《天神と虎》へ連れて行かれ、わけの分からない魔法陣の中心に置かれた。肉の塊――豚ロースのかたまりと一緒に。
眩い光に包まれ、気付いた時には体が何倍も丸くなっていたのだ。歩くのもままならない姿だったが、元の姿をイメージして息を吸い込んだら、いつもの姿に戻ることができた。収納された肉と肉との間に物を挟んで一緒に収納できる事に気付いたのは、少し経ってからだ。
その頃、ユウヤが『紺碧の四天王』などと呼んでいた青い四天王がユウヤの逆鱗に触れて消され、空いた席にシンジがすっぽり収まる形となった。
武器は全て肉の中にあった。それも、先程弾き飛ばした銃弾と共に噴き出してしまったのだ。
シンジは足元を探る。冷たい金属の感触。あった。武器がひとつ。だが、シンジは顔面を強張らせた。
町で拾った、手榴弾。本来なら役所へ届けなければならないのだが、失敬した物である。
出来るなら使いたくない武器だ。使い方は、店に来た客から聞いた事がある。だが、使った事はない。
シンジは意を決してピンを抜き、手のひらサイズの鉄製パイナップルを、赤い女へ投げつけた。それと同時に息を吐き、身体を開放してあらゆる欠片を弾き飛ばす。今度は意識して、収納していた鎌も女へ向かって吹き飛ばした。
今度こそ、女は木っ端微塵。少なくとも、ズタズタになっている筈だ。
シンジは息を大きく吸い込んでスリムボディに戻ると、長めの前髪を掻き上げる。手を放すと、前髪が一束、パサリと落ちてきた。しかしシンジは気にしない。
彼は勝利を確信し、薄く笑った。




