第三十四話『青い火』―1
翔は欠伸した。
「『家族』って、拓人と秀貴は分かるんだけど、何で朱莉が家族の一員になってるの?」
「朱莉、オレの従妹だから」
疑問符。翔の頭上に、疑問符がポコポコ浮かんでは消えていく。
拓人の答えを聞いても、理解が及ばない。そんな翔がひと言。
「似てないね」
「翔と竜っちゃんも似てねぇだろ」
「それもそうだね」
納得した。確かに、翔と竜忌は従兄弟同士だが、似ていない。似ているのは、癖毛のみ。
翔は物事を深く考えない。本人がそう言うのならそうなのだろうと、それ以上は考えない。
「私はまだ、貴方と和解をしたわけじゃない」
朱莉は素っ気なく言った。“貴方”とは言わずもがな、拓人の事だ。拓人は苦笑を零す。
「朱莉は、何を怒ってるの?」
翔が訊けば、朱莉は人形を両腕に抱き直し、ほんの少し、頬を膨らませた。
「拓人さんは私の事を『お義母さん』と呼ぶ気がないようなんです」
「誰が呼ぶか!! お前は、自分と親父の年の差を考えやがれ!!」
「たかだが二十歳そこそこの年の差で、何を怒っているんですか」
「怒るとか怒らねぇって問題じゃねぇぇえええ!!」
「え、秀貴、再婚するの? おめでとう」
翔が拍手を送ると、拓人が「ちげーよ!」と翔の両手を掴んで下ろさせた。翔はわけがわからず、きょとんと首を傾げる。
でも、今、朱莉が『おかあさん』になるって……。と朱莉を指差す翔に、拓人は顔を引き攣らせた。
「朱莉が勝手に言ってるだけだっつの。っつか、朱莉は親父の姪だぞ?」
「従姉に手を出した人が、何を言ってるんですか。そして、私は秀貴さんの妾になる女」
「イトコはやましい事ねぇだろ! イトコは! ってか何だよ妾って! 変なとこで控えめだな!!」
息子と姪のやり取りに関して、秀貴は我関せず。話題に関わらないようにそっぽを向いて、口を閉ざしている。
翔は、わけわかんない、と口を尖らせた。
「そもそも! お前未成年だろ! 高校生がこんなおっさんと並んでたら、犯罪臭がするわ!」
「犯罪者が何を言っているんですか。というか、秀貴さんとでしたら年の差は最大でも十歳程度にしか見られません」
「十でも相手が高校生なら犯罪だっつーの!」
相方と後輩は何やら言い合っているし、その保護者は知らん顔をしているし。翔は数時間合わない間に、大分打ち解けたらしい相方と後輩を不思議に思いながら、秀貴に視線を向けた。
「再婚するの?」
「しねーよ」
「そう」
会話はそこで終わった。
本人が言うのなら、それが正解なのだろう。それ以上聞いても仕方がない。
「そういえば、東陽は本部に戻ってたみたいだけど、威はどこに居るの?」
翔の発言が、相方と後輩の言い合いを鎮めた。
「そう。死んだの。サボテン、カッコ良かったのにね」
翔からの感想は、以上だ。
その反応についても、誰も驚かなかった。
「ところで、何でそのミドリが朱莉の肩に載ってるの?」
朱莉の紺色のブレザーの肩には、朱莉が浩司に託した筈のミドリが居た。セダムの姿でちょこんと乗っている。
朱莉は少しだけ眉を下げた。
「浩司に渡したんですけど……校内に放置されていたのを雪乃さんが見付けて、届けてくれたんです」
翔はミドリをまじまじと見つめていたが、ふぅん、とだけ声を漏らして、話題を元に戻した。
「秀貴なら、俺を殺す事が出来るのかな……?」
ちらりと秀貴を見やれば、和装の金髪は面倒臭そうに息を吐き出した。
「んな事したら、お前の嫁さんに俺が殺されるな」
「そうかも。でも大丈夫。俺、死にたいの止めたから」
翔はほぼ光の宿っていない赤眼を細め、小さく笑った。
その未来の“嫁さん”が、怒って走り去った事を思い出し、翔の触角がヘタリとくたびれる。何がいけなかったんだろう? と頭を捻るも、翔では答えに辿り着けない。
ただ、現在最も共に居たい存在が隣に居ないのは――、
「さみしいな……」
しょぼくれている翔の目の前に、ふわりと現れる黒髪の少年。翔と瓜二つの顔をした、赤眼。服装は黒い和装。着物の前袷は左前になっている。四年前に他界した、翔の父親――天馬深叉冴だ。
翔の婚約者である光の使い魔として喚び出され、使役されている存在。秀貴の、高校時代の後輩でもある。
「翔! 大変だ! たいへ……おお! 拓人と朱莉が何やら仲良しだな! コレはアレか! 新たなカップル誕生――」
「違います!」
綺麗にハモった声。
「はっはっは! 従兄妹婚か! はっはっは! よいよい!」
「だから、違いますって!」
拓人は、この人も人の話聞かねぇな! と胸中で叫ぶ。
「深叉冴さん、私は秀貴さんと未来永劫共に歩むつもりですので」
「いや、それは俺が許可してねぇ」
朱莉のクソ真面目な宣言に、秀貴は渋面を深くした。
「竜真さんから、業務引き継ぎの手解きを受ける手筈です」
「は? 聞いてねぇぞ」
秀貴の渋面が一瞬だけ一気に溶けて、すぐまた形成された。だが、それについては追々自分のマネージャーに問い詰めるとして、秀貴は視線を滑らせた。
「ところで深叉冴、何が大変なんだ?」
黒装束の、見た目は少年、中身はおっさんが「そうであった!」と両手を振り回す。
「先程、臣弥の所へ行ってきたのだが……寿途が翔の事を『翔兄さん』と呼んでいてな! 親は違えど、出生方法は同じなわけだしな! 兄弟のようなものだからな! それはもう、大変喜ばしい事だろう!」
「うん。知ってる。たまに呼んでくれるよ」
深叉冴は真っ赤な眼を見開き、驚愕している。なんとぉぉおおお!? と叫びながら。
後の三人は、そんな事か、と呆れ顔だ。
翔は街灯に集まる虫を眺めていた。
そんな空気の中、深叉冴の顔が強張った。今度はどんなくだらない事かと、翔は興味無さそうに小首を傾げる。
「……どうしたものか」
珍しく、真剣な面持ち。黒髪のてっぺんにある触角が、ピンと伸びている。
翔は、奥歯に林檎の欠片でも挟まってるのかな? とその様子を眺めていた。
父は真顔で告げる。
「主殿の気配が消えた」




