第二十九話『もうひとつの高校』―1
体育館へ集められた500人程の全校生徒の大半は、校長の話を退屈そうに聞いていた。
校長は、福岡で全身緑色の不審者が高校の敷地内に侵入して学生を複数襲った件について話している。とはいえ校長の耳にも、テレビで報道されている内容と同じ情報しか入っていない。
連日ニュースで取り上げられている事を繰り返されるのは、学生にとって億劫な時間だ。何人かは寝てしまっている。座っていられるのが、せめてもの救いだろう。
ここ、活麗園高等学校には、《自化会》の会員が複数名通っている。というか、《SS級》以外の会員は全員、この活麗園に居る。
活麗園には、小学校、中学校、高等学校の棟があり、敷地内にはそれぞれの体育館も設けられている。最高責任者は理事長なのだが、殆ど園内に居ないので、普段は各校長が仕切っている形だ。
高等学校の校長は、風通しのよい頭に汗を光らせながら、生徒に気を付けるよう念を推して話を結んだ。
「人外出してくるとか、《天神と虎》どんだけだよ」
《自化会》の《S級》で、拓人の居るDグループに所属している里田浩司は後頭部で手を組み、隣を歩く長身に話し掛けた。
合成生物の製造元が《天神と虎》だろうという件については、滝沢から連絡が回っている。その連絡を寄越した滝沢自身が事態を完璧に把握してはいない様子だったが、数日前までは名前も知らなかった団体名に対し、長身の男子生徒――一宮威は困り顔を作った。
「オレたちの敵って、《P・Co》じゃなかったっけ……。浩司も、大輔と勇太が殺されて怒ってたじゃないか」
「それな。俺はまだ許してねーよ。っつか、あの二人を殺した奴は一生許さねーよ」
でもな、と浩司は後頭部から両手を剥がした。
「俺らは地下組織の者同士だから、何が起きても不思議じゃねー。けど、《天神と虎》は一般人を巻き込んでやがるからな。その方が許せねーよ」
「浩司は相変わらず、正義感が強いなぁ」
威は金色の太い眉をハの字に下げて笑うと、訓練状況について尋ねた。浩司の返事は悪くない。
「っつか、人外っつーなら、威んトコの翔さんもな。あのヒト、人間じゃねーんだろ?」
「んっと、人間と神様のハーフ? 厳密には三分の一が神様だから、one third?」
「何だソレ、カッケェな」
会議中、サボテンになった威の式神――ミドリ――の棘が刺さりまくっていた様子を思い出した浩司は、表情を堅くした。そして、いや、と肩を竦める。
「いくら呼び方がカッコよくても、アレじゃあなー……」
「傷もすぐに治ってるみたいだったけど……」
あれだもんなぁー、と威も苦笑した。自分を攻撃しろと言われたのは威も初めてだったので、とても驚いた事を思い出し、威は更に口元を引き攣らせた。
「講師の翔さんは奇人だし、副会長は恐そうだし、嵯峨も変人だし……お前、大変じゃねーか」
ゴールデンレトリバーのような顔をした威の表情が、心なしか険しくなった。
「朱莉ちゃんは変人じゃないよ」
「お前も、いい加減諦めろよ。あいつ、確かに顔はちょーっと可愛いけど、性格最悪じゃねーか。人形怖ーし」
「べ、別に、オレは顔が好きとかじゃないし! 朱莉ちゃんは、凄く頑張り屋なんだ! 努力家なんだってば!」
はいはい、と宥める浩司に、威はまだ力説を続けている。浩司は右耳から左耳へ聞き流しながら、生徒の波から少し遅れて教室へと進んでいたのだが――複数の、がなるような声がした。女の声だ。
浩司は非常階段の方へ逸れ奥を見やった。複数の女子が、ひとりの女子を壁に追い込んで、囲んでいるように見える。こっち見てたよなぁ、だとか、何か文句あんなら言ってみろよ、だとか、マジ陰気が移るんですけどぉ、などと罵声を浴びせられているのは、話題になっていた人物――嵯峨朱莉だ。
俯いている前髪の隙間から見える目からは、感情が読み取れない。
学校なので、いつも抱いている人形は手元になく、見た目は極普通の女子生徒だ。
前に出るタイプではなく、誰ともつるまないので、度々難癖をつけられては、こうして派手な女子生徒に絡まれている。
勿論、朱莉について力説を繰り返していた威も承知の事実であり、こんな現場を目撃する度に、
「お前ら、弱い者虐めはやめろよ!」
と割って入っている。今回もそうだった。
誰とでも仲良くなる威は、学校にも友だちが多く居る。男女関係なく。そんな威に注意されると、ギャル風の女子たちも文句を残しつつも、去っていく。
ただ、威が入る事で朱莉に対する嫌悪が増す悪循環だったりもする。




