第二十八話『骨と負傷とカマキリ再び』―1
「骨……? 俺の? どこの?」
転がった栗を拾いながら、翔は自分の体を見回した。答えたのは潤だ。
「腕が手っ取り早いかな……」
会話を聞いていた恵未が、口の端に付いているケーキの欠片を舐め取った。
「翔君の骨ですか? そういえば、凌がなんか言ってました。瞬発力ゼロ、体幹弱い、基本が壊滅状態、宝の持ち腐れ……だったかしら」
「え……なんだか凄い言われよう。いつもだけど。本当の事だけど。俺、一応神様なんだけど」
「だから、宝の持ち腐れなんじゃねぇか?」
なるほど、とあっさり拓人の意見に同意し、翔は拾った栗を口へ招き入れた。
のんびりと栗羊羹を頬張っている翔に、翔君って面白いわね、と恵未は笑った。
おやつタイムが終了すると、潤は届いた書類を確認し始めた。
恵未は「翔君の利き腕は右?」と尋ねた。翔が頷くと、自分の唇を一週舐めながら、翔に右腕を伸ばすよう言い、その裾を捲り上げた。
拳を突き出した状態で待つように言われ、翔は腕を真っ直ぐ伸ばしたまま待機している。
「じゃ、失礼しまーす」
トン、と軽く恵未の手刀が当たると、翔の肘はパキッと軽い音を立てて折れ、前腕がぶら下がった。
「え……っ!?」
驚きの声を上げたのは、様子を見ていた拓人だ。幼馴染みであり相方の腕が突然折られたのだから、当然といえば当然の反応だろう。
当の本人である翔は、プラプラしている腕を目で追っている。
特にリアクションもなく、恵未は次の動作に移った。
翔の左腕を掴むように両腕を添えると、まるでたらば蟹の足でも折るように、ボキッ、と橈骨と尺骨を同時に折り曲げた。
綺麗にバッキリと真っ二つに折れ曲がり、間接がもうひとつ増えたようになっている。折れた――かといって、肉から骨が覗いているわけでもない。
骨の裂け目を繋ぐように手で押さえると、恵未は拓人にこのまま押さえているよう頼んだ。
翔は翔で、何か分かったの? と期待の眼差しだ。
恵未は、そうねー、と翔の腕を突く。
「随分骨密度が低くてスカスカね。飛ぶためかしら。鳥の骨みたい。それを埋める事は、体質上無理でしょうね。でも、骨自体を強くする事は出来るかもしれないわ」
顎へ手を添えて少し考えると、恵未は翔の下腹へ手のひらを当てた。
「私が力を入れたら、ゆっくり鼻で呼吸をしてみて」
言うが早いか、次の瞬間には腹圧が掛かり、翔は呼吸どころではなくなった。息を吐く事も、吸う事もままならない。
しかしその状態が十数秒続いた頃、やっとの思いで、ゆっくりと呼吸が出来た。数回呼吸を繰り返すと、恵未の手は離れた。
「今度は腹部の力はそのままで、肺いっぱいに酸素を取り込むイメージで、長く深く呼吸をしてみて」
三十秒ほど待ち、恵未は拓人に、翔の腕から手を離すように言った。
すると、ボッキリと折れていた翔の腕が、ぶら下がる事なく、真っ直ぐ伸びている。骨折は二ヵ所とも治っていた。
翔は元々の自己再生力がずば抜けてはいるが、僅か一分ほどで、完全に折れた骨を二ヵ所とも治す事など出来なかった。驚異的な回復力だ。ただ、翔は座り込んで、ぜぇはぁと肩で息をしている。床に点々とついた汗の染みが、じわりと広がった。
「うん。不器用って聞いてたけど、上出来ね。翔君は、コツさえ掴めばちゃんと出来る子だわ!」
偉いわねー! と、恵未は翔の頭を撫でつつ、
「じゃあ、今のを忘れない内に、次は三分間くらい続けてみてね」
と、まだ汗だくで荒い息を繰り返す翔に、ニッコリ笑って言い渡した。そして笑顔のまま拓人に体を向け、拓人君はもう出来てるものね、と指差した。
但し、拓人は腑に落ちない表情をしている。
「恵未さんのは、オレのと少し違いますよね」
「丹田呼吸によく似た呼吸法よ。セロトニン呼吸なんかも取り入れてるわ。基礎代謝を上げて、体を神経レベルから強化するのは同じね。私たちは“臍下”を捩って“草華呼吸”って呼んでるわ。踏まれても折られても自力で立ち上がる雑草の如く、且つ、可憐に咲く花のように美しく……ってね」
ま、呼吸法の名前なんて、どうでもいいんだけど。と恵未は肩を竦めて腕を組んだ。
「拓人君のは、秀貴さんに教えて貰ったのかしら。体と一体化していて、とても静か。尚巳と同じ匂いがするわ」
尚巳の名前が出て、拓人は苦笑した。尚巳に教えたの、オレなんですよ――と。
そこで恵未は手をひとつ叩いた。
「そうだ。あなた、尚巳と同い年なのよね」
拓人が頷くと、恵未はもう一度手を叩いた。
「じゃあ、私とも同い年ね。敬語で話さなくていいわよ」
実のところ、化粧気のない所為で中学生にも見える恵未だが、拓人は自分より年上だと思っていたので面食らった。マジかよ! という言葉を押し留める事が出来た自分を、こっそり褒めた。
言葉をなくしている拓人の横では、恵未が翔に「お疲れ様、三分経ったわよ」と肩を叩いている。
翔は潰れた蛙のように床にへばりつき、その場に汗の水溜まりを作っている。
そこへ洗い物を終えた康成が登場し、悲鳴が上がり、翔の上にバスタオルの山ができ、翔は窒息をしかけ、また謝罪混じりの悲鳴が上がった。




