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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第三章『敵と味方』
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第二十六話『側近の側近』―1




 鈴村尚巳(すずむらなおみ)は、相変わらず《天神(てんじん)(とら)》の地下に居た。


 カマキリ男の騒動から一夜明け。

 昨日の内は何やら意気込んで合成生物(キメラ)生成を試みていたユウヤだったが、結局、人の形をしたキメラは一体も完成しなかった。


 尚巳はマジックミラー越しに、それを見ていた。失敗して苛立つユウヤに何度か壁を蹴られたが、もう慣れた。


 《P・Co》の本部には連絡せず、今の状況に関しては社長に直接電話をして、許可もとってある。


 今、この地下牢には実験に失敗した生き物が多数収容されている。ユウヤは現在、別の場所でキメラ生成を試みているらしく、たまにやって来たかと思えば、不気味な生き物を連れていた。


 さながら、フリーク・ショーの控え室だ。


 そういや、体が蜘蛛の女とか流行ったんだよなー……フェイクだけど。などと考えながら、尚巳は持参していたポテトチップスを食べていた。

 最初はこの光景を見ながら飲食など(もっ)ての(ほか)だと思ったが、人間慣れるものだ。


 目の前で目玉が(むっ)つのネズミ――サイズは中型犬くらい――が、瓜坊を喰っている所為で多少の異臭もするが、これにも慣れた。

 因みに瓜坊は、《天神と虎》が管理している畑の罠に掛かっていたらしい。キメラの餌として連れてこられた、憐れな仔猪だ。


「うーん。十九世紀中期のアメリカにタイムスリップしたみたいだねぇ」

「あ、イツキ様コンチニハー」


 マジックミラーの向こうで目を細めている人物に、尚巳はポテトチップスを咀嚼しながら挨拶をした。


 イツキも、こんにちは、と挨拶を交わしながら尚巳の居る牢へと入る。

 牢と言っても、六畳ほどのただの部屋だ。簡易ベッドと尚巳の荷物の他に、洋式トイレがある。


 イツキは、差し入れだよ、とコンビニの袋を尚巳へ渡した。中には、ツナマヨとオムライスのおにぎりと、コーラが入っている。


 尚巳はコーラを一口飲み込むと、イツキに顔を向けたまま、奇形生物たちを指差した。


「ところで、このキメラを造るのに連れて来られている人間って、どういった人なんですか?」

「ユウが独断でやっている事だから、基準は分からない。けど大方、ユウの気分を害した人だろうね」


 尚巳は、へぇ、と覇気のない返事をする。


「“ユウヤ君”って、結構勝手が許されてますよね」

「ユウは、能力値が高いからね」


 というか、言っても聞かないんだよね。とイツキは困り顔だ。


「《天神と虎》には四天王が居るんだけど、以前その内の一人がユウに注意した事があってね。ユウは指図されるのが嫌いだから、喧嘩になったんだ」


 丸一日――といっても、ユウヤが居たのは五時間ほどだったが――観察していた尚巳は、その喧嘩の結末が予想出来た。


「で、四天王の一人を殺しちゃったんだよね」


 やっぱりな、と尚巳は納得。


「今は別の人物が四天王の穴を埋めているけど、ユウに口出しする人は居ないね」


 イツキは嘆息しながら、尚巳のポテトチップスを指先で()まんで口へ放り込んだ。パリッと軽い音が部屋に響く。


「ちょっと不思議なんですけど、マヒル様はユウヤ君に注意とかしないんですか?」


 訊かれたイツキは目を閉じて、(かぶり)を振った。


「マヒルたちの両親は早くに交通事故で亡くなっていてね。マヒルは高校にも行かず働いて、弟たちを養ったんだよ。だから、弟には甘いんだ」


 ふぅん……、と相槌を打ちながら話を聞いていた尚巳だが、はた、とポテトチップスに伸ばしていた手を止めた。


「弟たち……って、ユウヤ君の他にも弟が居るんですか?」

「ああ。でも一緒に住んではいないから、今はあまり気にしなくてもいいかな」


 尚巳は、男兄弟は仲が悪いのかな? と勘繰ったが、イツキが話題を止めたので言及はしなかった。


「ところで尚巳君に相談があるんだけど」

「嫌な予感しかしませんね」


 即答した尚巳に、イツキは苦笑いだ。しかし、質問に対する答えにはなっていない。

 尚巳は、イツキの“相談”とやらを聞くために口を閉じて待つ。嫌な予感が当たりませんように、と念じながら。


 イツキは「で、物は相談なんだけど」と続けた。


「《天神と虎(ウチ)》の四天王になってくれないかな」


 尚巳は心中で呟いた。

 やっぱりな――と。

 

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