第二十六話『側近の側近』―1
鈴村尚巳は、相変わらず《天神と虎》の地下に居た。
カマキリ男の騒動から一夜明け。
昨日の内は何やら意気込んで合成生物生成を試みていたユウヤだったが、結局、人の形をしたキメラは一体も完成しなかった。
尚巳はマジックミラー越しに、それを見ていた。失敗して苛立つユウヤに何度か壁を蹴られたが、もう慣れた。
《P・Co》の本部には連絡せず、今の状況に関しては社長に直接電話をして、許可もとってある。
今、この地下牢には実験に失敗した生き物が多数収容されている。ユウヤは現在、別の場所でキメラ生成を試みているらしく、たまにやって来たかと思えば、不気味な生き物を連れていた。
さながら、フリーク・ショーの控え室だ。
そういや、体が蜘蛛の女とか流行ったんだよなー……フェイクだけど。などと考えながら、尚巳は持参していたポテトチップスを食べていた。
最初はこの光景を見ながら飲食など以ての外だと思ったが、人間慣れるものだ。
目の前で目玉が六つのネズミ――サイズは中型犬くらい――が、瓜坊を喰っている所為で多少の異臭もするが、これにも慣れた。
因みに瓜坊は、《天神と虎》が管理している畑の罠に掛かっていたらしい。キメラの餌として連れてこられた、憐れな仔猪だ。
「うーん。十九世紀中期のアメリカにタイムスリップしたみたいだねぇ」
「あ、イツキ様コンチニハー」
マジックミラーの向こうで目を細めている人物に、尚巳はポテトチップスを咀嚼しながら挨拶をした。
イツキも、こんにちは、と挨拶を交わしながら尚巳の居る牢へと入る。
牢と言っても、六畳ほどのただの部屋だ。簡易ベッドと尚巳の荷物の他に、洋式トイレがある。
イツキは、差し入れだよ、とコンビニの袋を尚巳へ渡した。中には、ツナマヨとオムライスのおにぎりと、コーラが入っている。
尚巳はコーラを一口飲み込むと、イツキに顔を向けたまま、奇形生物たちを指差した。
「ところで、このキメラを造るのに連れて来られている人間って、どういった人なんですか?」
「ユウが独断でやっている事だから、基準は分からない。けど大方、ユウの気分を害した人だろうね」
尚巳は、へぇ、と覇気のない返事をする。
「“ユウヤ君”って、結構勝手が許されてますよね」
「ユウは、能力値が高いからね」
というか、言っても聞かないんだよね。とイツキは困り顔だ。
「《天神と虎》には四天王が居るんだけど、以前その内の一人がユウに注意した事があってね。ユウは指図されるのが嫌いだから、喧嘩になったんだ」
丸一日――といっても、ユウヤが居たのは五時間ほどだったが――観察していた尚巳は、その喧嘩の結末が予想出来た。
「で、四天王の一人を殺しちゃったんだよね」
やっぱりな、と尚巳は納得。
「今は別の人物が四天王の穴を埋めているけど、ユウに口出しする人は居ないね」
イツキは嘆息しながら、尚巳のポテトチップスを指先で摘まんで口へ放り込んだ。パリッと軽い音が部屋に響く。
「ちょっと不思議なんですけど、マヒル様はユウヤ君に注意とかしないんですか?」
訊かれたイツキは目を閉じて、頭を振った。
「マヒルたちの両親は早くに交通事故で亡くなっていてね。マヒルは高校にも行かず働いて、弟たちを養ったんだよ。だから、弟には甘いんだ」
ふぅん……、と相槌を打ちながら話を聞いていた尚巳だが、はた、とポテトチップスに伸ばしていた手を止めた。
「弟たち……って、ユウヤ君の他にも弟が居るんですか?」
「ああ。でも一緒に住んではいないから、今はあまり気にしなくてもいいかな」
尚巳は、男兄弟は仲が悪いのかな? と勘繰ったが、イツキが話題を止めたので言及はしなかった。
「ところで尚巳君に相談があるんだけど」
「嫌な予感しかしませんね」
即答した尚巳に、イツキは苦笑いだ。しかし、質問に対する答えにはなっていない。
尚巳は、イツキの“相談”とやらを聞くために口を閉じて待つ。嫌な予感が当たりませんように、と念じながら。
イツキは「で、物は相談なんだけど」と続けた。
「《天神と虎》の四天王になってくれないかな」
尚巳は心中で呟いた。
やっぱりな――と。




