第5話 殴りたい若者、止める大人
夜の商店街。
シャッターの閉まった店が増え、街灯だけが白く光っている。
青年団が集まっている。
ケンジ
「……正直に言うとさ。
もう我慢するの、限界だ」
若者A
「店を壊されて、
何も言い返さないのは“大人”なのか?」
若者B
「向こうは脅してくる。
だったら――
暴力で対抗するしかないだろ」
ケンジ
「警察も、役所も、
“様子を見ましょう”ばっかりだ」
若者C
「様子見てる間に、
町が壊れてくんだよ」
沈黙。
そこへ、
杖をつく音が、静かに割って入る。
コツン。
コツン。
黒川が現れる。
黒川
「……その“対抗”は、
誰を守るつもりじゃ」
ケンジ
「町です」
黒川
「本当にそうか?」
若者B
「何もしないよりマシです!」
黒川
「違う」
全員が息を呑む。
黒川
「暴力で対抗する瞬間、
町は“戦場”になる」
ケンジ
「でも――!」
黒川
「拳は速い。
スッと出せば、
一瞬でスッと終わる気がする」
黒川
「だがな……
後始末は、何年も残る」
若者A
「じゃあ、どうしろって言うんですか!」
黒川
「考えるんじゃ。
殴らずに、
殴る以上に効く方法を」
そこへ、白衣の裾が揺れる。
さっちゃん
「……今、いい話してた?」
全員
「先生……」
さっちゃん
「暴力で対抗したい気持ち、
否定はしないよ」
若者B
「先生も……?」
さっちゃん
「だって悔しいでしょ。
怖いし、腹も立つ」
さっちゃん
「でもね」
一歩、前に出る。
さっちゃん
「殴り返した瞬間、
あなたたちは“患者”じゃなくなる」
ケンジ
「……」
さっちゃん
「私が守りたいのは、
“強い町”じゃない」
さっちゃん
「逃げずに、考え続ける町」
黒川
「……その通りじゃ」
沈黙が落ちる。
やがて、ケンジが息を吐く。
ケンジ
「……分かりました」
ケンジ
「殴らない。
でも
何もしないのも、やめます」
さっちゃん
「それでいい」
さっちゃん
「暴力を選ばなかったってことはね、
もう“負け”じゃない」
杖の音と、足音が重なって遠ざかる。
街灯の下に残る若者たち。
彼らの拳は下りたまま、
目だけが、前を向いていた。




