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【12/17コミック発売】捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました〜真の聖女?いいえモンスター料理愛好家です!【書籍化】  作者: 朝月アサ
第四章 女神教会本山

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187 ワイバーンの巣




 ――大空を、飛んでいる。

 風を切って、力強く。世界の上を飛んでいる。

 初めての飛行体験に、リゼットの胸は躍る。肩に食い込む爪の痛みも忘れるほど。


「――痛い痛い痛い」


 獲物に対する慈悲はまったくないようで、ワイバーンの爪は容赦なく食い込む。頑丈な服のおかげで突き刺さることはなかったが、しっかりと掴まれているため痛い。


(それにしても、どこへ向かっているのかしら)


 ワイバーンは脇目も振らずに一方向へ向かっているかのように思えた。

 そして、遠くの建造物の屋根下に、大きな巣のようなものが見えてくる。ワイバーンの巣かもしれない。


(このままいけば、卵が手に入るかも? ――ワイバーンの卵。なんて興味深い)


 卵は栄養がたっぷりだ。そして色んな料理に使える。オムレツ、プリン、フレンチトースト……ワイバーンの肉と合わせて料理するのもいいかもしれない。


 考えているうちにどんどん巣へと近づいていく。

 泥と枯草でつくられたような大きな巣では、ワイバーンの雛たちが大きく口を開けて、エサを口に入れてもらうのを待っていた。


「フレイムバースト!」


 狙いを定め、巣を破壊する。

 リゼットをつかんでいた親ワイバーンが、驚いたように高い声で鳴き、スピードを上げた。

 リゼットをポイっと空中に放り出して。


「ウインドリフト」


 慌てず風魔法で身体を包み込み、ゆっくりと着地する。


(風魔法にもだいぶ慣れてきたかも。これも、エルテリアさんが助けてくれたおかげね)


 サポートを受けながら強力な風魔法の使い方を覚えたおかげで、かなり上達した気がする。


(ああ……またひとりになってしまいました)


 リゼットが落とされたのは壁に囲まれた通路の一部で、辺りは不気味に静まり返っている。ドラゴンスタチューの石像もない。

 あるのは壁と、地面と、わずかな草だけだ。


 リゼットは壁をじっくりと見た。

 自力で登れそうにはないが、土魔法を使って足場をつくれば余裕だろう。

 高いところに上って、壁上から魔法を打ち上げれば、レオンハルトとディーにも見つけてもらえるはずだ。


(またワイバーンに攫われないように、気をつけておかないと)


 土魔法で石の階段をつくった――そのときだった。


 強い風音と、怒りに満ちた高い声。

 戻ってきたワイバーンが、リゼットに向けて滑空してくる。


「フレイムランス!」


 火焔の槍で迎え撃ち、貫き燃やす。

 そして、燃えながら落ちてくるワイバーンを――


「フレイムバースト!」


 破裂させ、勢いを殺し。


「アイスウォール!」


 氷の壁を作って、破片を防ぐ。

 少しの間、燃える破片が氷を叩く音が響き続けたが、ほどなく静かになる。


 ――戦闘終了。


 ほっと気が緩んだ瞬間、リゼットは顔を顰めた。


「痛っ……」


 肩――ワイバーンに爪でつかまれていた部分が、熱と痛みを放っていた。血が服の表面にまで滲んでいた。


 リゼットは硬直した。

 怪我をしたのが久しぶりすぎて、痛い上にどうしたらいいかわからない。


 傷はいつもレオンハルトに回復魔法で治してもらっている。自分では怪我したことに気づかないときも、レオンハルトはいつもすぐに治してくれる。


 だが、いまはひとりだ。


 怪我をした時の処置は覚えている。とりあえず応急手当を――

 その前に結界を張って、安全を確保しないと――

 頭がくらくらとして、思考がうまくまとまらない。


(……もしかして、毒――?)


 獲物を大人しくさせるために、爪に毒が仕込んであったのかもしれない。


 リゼットは急いで浄化魔法を使う。体内に入った毒にまで効果があるかはわからないが、しないよりはいいだろう。

 続けて結界魔法を使って、安全を確保する。そしてそのままリゼットは、むき出しの地面に倒れた。


 土や石の感触がざらざらとするが、いまは何も気にならない。

 全身に力が入らず、頭もぼんやりする。


(毒はたぶん、消えたはず……血も、そんなに出ていない……とにかく体力を回復させないと……)


 横になって瞼を閉じ、傷口を両手で押さえて、ひたすらじっとする。

 あとは自己治癒力が頼りだ。これまで食べてきたモンスター料理たちが、力になってくれるはず。


(情けない……)


 まともに傷の手当てさえできない。

 情けなくて、恥ずかしい。


 早く立ち上がらないといけないのに。


(おふたりに何かあったら、私――)


 リゼットはふらふらになりながら、アイテム鞄に手を伸ばした。


 ――やるべきことを、果たさなければ。


 聖遺物を――『母神の右手』を取り出して、身体に取り込んで――……


 その瞬間、目の前で炎が弾けた。

 リゼットの内側から――熱くない炎が。

 髪の一部が赤く燃えている。『火女神の髪』を取り込んだ場所が。


「ルルドゥ――?」


 リゼットは困惑した。

 どうして邪魔をされたのかわからない。

 ルルドゥは、リゼットが神の一部を取り込んで、同化することを願っているはずなのに――……


 なのに、ルルドゥは何も言わずに、赤い瞳でリゼットを見ている。

 瞳の内側に炎を燃やしながら。それは憤りのようにも、悲しみのようにも見えた。


「リゼット!」


 遠くからレオンハルトの声が強く響き、リゼットはびくっと身体を震わせた。

 その瞬間、ルルドゥも姿を消す。


(私、いま何を――……)


 手元のアイテム鞄をじっと見つめる。


 いま、何をしようとしていたか。自分でもわからなくなる。

 思考が引っ張られて、ほとんど無意識のうちに同化しようとしていた。

 心臓が大きく脈を打ち、呼吸が浅くなる。


「リゼット、大丈夫か!」


 レオンハルトの姿が見え、声が胸を叩く。


「レオン、ディー……」


 二人とも無事なようだ。心から安堵する。


「派手にぶっ放してくれて助かったぜ」


 すぐにレオンハルトにより回復魔法がかけられ、続いて解毒魔法を施され、身体が一気に楽になる。


「ありがとうございます」

「顔色が悪い。しばらく休んでいた方がいい」


 広げた寝袋の上に横にさせられる。

 リゼットはされるがままに任せた。


「前の食事から時間が開いている。何か作ろう」

「オイ、何か食いたいもんとかねぇのか」


 ディーに問われ、リゼットは瞼を閉ざした。


「ごめんなさい……いま、食欲がなくて……」


 ガチャン、と音がした方を見ると、顔面蒼白になったレオンハルトが持っていた鍋を落としていた。


「――リゼットに、食欲がないなんて……」

「本気でヤバくね?」

「……くそ、どうすれば……!」

「あの、大丈夫です。少しずつ楽になってきていますから」


 リゼットの言葉にレオンハルトもディーも気が緩んだのか、肩の力が抜けた。


「いや、油断は禁物だ」


 レオンハルトが顔を引き締め、鍋を拾い上げる。

 ――確かに、食事は大切だ。

 食べられるときに、食べられるものを食べておかないと。ほんの少しだけでも。


「……では、あたたかいスープを作っていただけますか?」

「ああ」


 リクエストをすると、レオンハルトはほっとしたように料理を始めた。






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