134 ベーコンエッグチーズバーガー
リゼットが目が覚めて最初に見たのは、すぐ隣で寝ているレオンハルトの顔だった。
(え……?)
あまりにも近すぎる。
驚きすぎて息ができず、声も出せずに固まる。
しかも、近いだけではなく手も握っている。
(……え? ええっ?)
手が熱い。わけがわからなさすぎて混乱する。心臓が壊れそうなほど激しく脈打っている。
「やーっと起きたか。ヒヤヒヤさせんなよ」
ディーの呆れ声が上から降ってきて、急速に現実感が湧いてくる。
ここはダンジョンの中――砂と石の階層で、ここは就寝した部屋だ。砂がきらきらと光っている。
眠っていたレオンハルトが目を覚まし、目が合う。
「リゼット……良かった」
寝ぼけたまま、安心したように言う。
しかしその直後、ぎょっと驚いたように息を呑み、握っていた手を離して飛び起きる。
「ご――ごめん」
「い、いえ……びっくりしましたが、でもその、どうして手を――」
起き上がりながら聞く。レオンハルトも混乱しているらしく、すぐに答えが返ってこない。
「なんか夢に入るためとか言ってたぜ。お前こそ、なんで泣いてんだよ。よっぽど怖い夢だったのか?」
「え……?」
ディーに言われ、リゼットは自分の顔に触れた。目許に涙が溢れた感触があった。
「……よく、覚えていませんが……悪い夢ではなかったような気がします」
むしろ、幸せな夢だったような気がする。ほとんど覚えていないが。
そして少しずつ、頭が冷静になってくる。
「いったい何が起こってたんですか?」
「君がまったく起きないから、夢魔に囚われているんじゃないかって思って。君の夢の中に入ろうとしたんだ」
レオンハルトが言う。
つまりそのために手を握って隣に眠って、夢を見られたということだ。
最もプライベートな部分を見られたようで、恥ずかしさが一気に湧き起こってくる。
夢にレオンハルトが出てきたような気もするが、気のせいではなかったのかもしれない。
「本当に他人の夢に入れたのかよ?」
ディーに問われ、レオンハルトはしばらく考え込み。
「……忘れた」
「ホントかよ。リゼットも本当に何にも覚えてねーの?」
「はい……でもなんだか、すっきりした気分です。きっといい夢だったんでしょう」
長年抱えていたものを降ろしたように、つっかえていたものが取れたように、清々しい気分だった。
「何はともあれ、リゼットの目が覚めてよかった。この階では夢魔対策をして休むことにしよう」
「夢魔への対策ってどうすればいいんですか?」
寝ている間に夢に入り込まれたらどうしようもない。改めて、厄介なモンスターだ。
「そうだな……枕元に牛乳の入った皿を置くとかが、よくある対処法だな」
レオンハルトはそう言うが、牛乳は手持ちのアイテムの中にない。
「ミルクの実ならありますが」
「やるだけやってみよう」
ミルクの実をアイテム鞄から取り出し、レオンハルトに渡す。
レオンハルトは固い皮に穴を開けて、中身を水袋に移していく。ディーがそれを不思議そうに見ている。
「なんでこれで夢魔対策になるんだ?」
「夢魔は精気より牛乳を好むらしい」
「なるほど……栄養があるからでしょうか?」
あまり覚えていないが、寝ている直前に見た帽子をかぶった猫――あれが夢魔だったとしたら、精気より牛乳を好むというのも納得できる。
これは牛乳ではなくミルクの実の果汁だが、騙されてくれるだろうか。
「……オレ、夢魔に遭ったことねーんだよな」
「覚えていないだけじゃないか? まあ何とかして助けるから、安心して眠ってくれ」
「夢魔との夢の最中に入られるのは勘弁してほしーけどな」
「…………」
「そこで黙るなよ。なんか言えよ」
レオンハルトはディーを無視したままミルクを革袋に移し終える。
「とりあえず予防はこれでやってみよう。それでも万が一襲われたときの対処法だが、夢だと気づけば打ち勝てる。もしくは吸う精気がなくなれば夢魔も去っていく」
「ふーん……」
「ただその場合、取り憑かれた人間は衰弱死していることが多い」
「…………」
ディーは複雑そうな顔をする。色々考えることがあるらしい。
――衰弱死。
「俺の蘇生魔法には期待しないでくれ」
「してねえよ」
二人の話を聞きながら、リゼットはドキドキしていた。
(もしかして、思っていたより危険な状態だった?)
まさか夢で死にかけるなんて。
「はーっ、気が抜けたら腹減ったぜ……」
「そうだな。何か食べよう」
「はい。がっつり食べたいです!」
リゼットは勢いよく手を挙げた。
「んじゃオレは寝て待つから、出来たら起こしてくれ」
ディーはあくびをしながら寝袋に入っていく。
リゼットが夢を見ている間、ずっと見守っていてくれたのだろう。
「レオンも休んでいていいですよ」
「いや、俺もたくさん寝たから大丈夫だ」
「そ、そうですか」
自分が寝ている間のことはわからないが、何故か気恥ずかしい。リゼットは気を取り直して食材を用意していく。ペガサス肉の切れ端の集まりに、グリフォンの卵、パン、ベーコン――……
「では、ハンバーグを作りましょう」
ペガサス肉の切れ端を、塩でこねてまとめて丸く平たくし、フライパンで焼いてハンバーグに。最後にチーズを削ってかけて、ハンバーグの上で柔らかくする。
グリフォンの卵に、残っていたミルクの実の果汁を混ぜて焼いて、スクランブルエッグに。
ベーコンも薄く切って焼いて。黒キャベツのザワークラフトも用意して。
「ガッツリ行くなあ」
「はい、行くときはとことん行きます。それになんだか、お腹がすいていて。食べても食べてもお腹に溜まらない悪夢を見ていたような気がします……」
「俺も、なんとなく覚えてる……本当に同じ夢を見ていたのかもしれないな」
パンを半分に切って、軽く焼き目をつけて、残っていたカレーをソースにして塗り。チーズ乗せハンバーグ、ザワークラウト、ベーコン、スクランブルエッグを挟む。
「レオン、危険な夢にまで助けにきてくれて、ありがとうございます」
夢魔によって見せられている悪夢の中に入ってくるなんて、おそらくとても危険なことだ。悪夢に巻き込まれてしまうかもしれない。それでも、助けに来てくれた。
「どんな危険な場所だって行くさ」
レオンハルトは笑う。落ち着いた声で。
「仲間を失うこと以上に怖いことなんてない」
「はい。私もそう思います」
リゼットも同じだ。レオンハルトやディーがピンチなら、助けるためにどこまでも行く。
レオンハルトと目が合う。お互い同時に笑顔になる。
胸があたたかくなり、ほっとした。
「出来ました。ベーコンエッグチーズバーガーです!」
熟睡していたディーを起こす。豪華なハンバーガーを見て、ディーは目を丸くした。
「うおお……張りきったなオイ」
張りきって作ったので、すごいボリュームだ。
どうやって食べようかと迷ったが、レオンハルトもディーも大きく口を開けてかぶりついている。
リゼットはハンバーガーをじっと見た。
――はしたない。
心の内から聞こえてくる言葉ごと、大きく口を開いてぱくっと食べる。
口の中でふわっと広がるパンの香り、肉の、チーズの、卵の風味。カレーの刺激、ベーコンの油、野菜の歯応え――混然一体となって、口の中に強い旨味が生まれる。
「うめーなこれ!」
「ああ」
「はい。おいしい……すごくおいしいです」
すべてが胃にじわりと染み込んで、食べていくほどに元気が溢れてくる。自然と笑みが零れる。
こんなに元気になれるのは、モンスター料理だからか。大切な仲間と一緒に食べるからか。自分たちで料理したものだからか。
――きっとすべてだ。





