分身します
「ゲンボクちゃん、やかんが欲しいの」
あ、そうか。
やかんが小町になっちゃったから、この家にはやかんがないんだよな。
本体のやかんを戻しちゃったら今度は小町が消えちゃうもんな。
「それは気がつかなかったぜ。ごめんよ小町」
ところがなぜか小町の前でアリスが両手を腰に当ててふんぞり返っている。
「小町、ちょっとここにお座りなさい」
え、まさかの説教タイム?
突然のことに、小町はおびえた表情で、仁王立ちしているアリスの前におとなしく正座をした。
ちょっと怖いぞアリス。
ところがアリスは一転して柔和な表情となり、小町に指導を始めたんだ。
「小町、ここで自らの姿を念じてごらんなさい」
「はい、お姉さま」
ぽんっ!
そしたら、小町の前にやかんが現われたんだ。
あれ? 小町の本体よりやけにピカピカだな。
「ゲンボクちゃん、これは小町の本体ではありませんわ。いうなれば、胞子力エネルギーにより構成された『分身』なのです」
つまり、アリスたち付喪は、本体を仮世に残したまま、分身を作れるということ。
ということは、もしかしたら洗濯機を付喪にしても、胞子力エネルギーで洗濯機を再生できるから、問題なかったってことだよな。
しまった、エミリアのときには小町には悪いことをしちまった。
「そんなのは常識だろうよ。ちなみにこの『亀の子たわし』は、胞子の力でしつこい汚れもバッチリ落ちるんだよ」
と、エミリアは右手に持った亀の子たわしを自慢げに見せびらかしている。
そっか、エミリアは分身のことを知っていたんだ。
しっかし、お色気お姉さんがたわしを鷲掴みにしている姿は何とも言えねえな。
まあいい、次から気をつけるとしよう。
小町も途中からアリスの説明を全く聞いていないで、ニコニコとやかんを愛でているし。
同じ付喪の間でも、色々性格の違いが出るようだ。
「ゲンボクちゃん、お湯を沸かしてくるの」
するとアリスが小町に付け加えた。
「胞子力エネルギーでお湯は沸くはずですからね」
へえ、しつこい汚れ落とし以外にもお湯を沸かすエネルギーにもなるんだ、胞子力は。
あれ?
「そういえば、アリスも分身を作れるのか?」
何だよアリス、露骨に嫌な顔をして。
「ゲンボクちゃん、やかんと小町は同じことをしていますか?」
「少なくとも、やかんは料理をしないよな」
「それでは、エミリアは亀の子たわしと同じことをしていますか?」
「たわしに洗濯はできねえな」
「まだわかっていただけないのですか?」
あっ!
「そっか、アリスの分身は、胞子力エネルギーで強化された、大人の夜のお人形だものね」
「そうです。私の場合は分身がライバルになってしまうんです。もしゲンボクちゃんが、生身の私ではなくて、胞子力で強化されたお人形の方を選ばれたら、私はどうすればよろしいのでしょうか?」
正直ごめんよ、気付かなかった。
その後アリスをなだめるために、一旦寝室に戻ったことは小町とエミリアには内緒だ。
「ゲンボクちゃん、アリスお姉さま、朝ご飯できた」
ふすまの向こうからの小町の声に俺たちもそろって返事をする。
「今行きます」
「今まいりますわ」
朝っぱらから何やってんだ俺。
まあいいか、アリスも泣き止んだし。
ということで、本日も無事に丸い食卓を四人で囲む。
うーん、このちゃぶ台に4人はちょっと狭いかな。
皿や茶碗もサイズや図柄が統一されていないし、揃えてやる必要もあるな。
すると、寝室での一戦と美味しい朝食にすっかりとご機嫌を取り戻したアリスが笑顔で俺に尋ねてきたんだ。
「ゲンボクちゃん、今日の御用聞きと、明日の調達と配送というのは、どのようなお仕事なのですか?」
「いい質問だアリス」
今日はまず、エミリアの住民登録と村役場職員採用の決裁を済ませてしまう。
ここまではいつもと同じ。
「御用聞き」というのは、村営販売所を中断した際に新たに村役場が開始したサービスなんだ。
これは月に3回、村の各戸を回って、まさしく買い物の御用聞きをするんだ。
爺さん婆さん共も、今日が御用聞きの日だとわかっているから、それぞれのお宅に出向けば名前と必要明細、目安の金額を記入した伝票をこちらに渡してくれる。
そしたら午後はそれを品目別に集計し、お買い物リストを作る。
翌日は役場の受付業務はお休み。
その代わり俺、いや、明日からは俺達は、ここから車で三時間の、ど田舎のショッピングモールに出かけてお買いものリストに沿って買い物をし、役場に戻ってから戸別に袋に入れてそれぞれのお宅に届けるんだ。
「清算はどうするんだい?」
「さすがお姉さん、よい質問だエミリア」
実は各戸は村役場に預かり金としてそれなりの現金を預託しているのだ。
御用聞きで購入した品物は預かり金を保証金として一旦村役場の金庫で立て替え、後でまとめて支払清算をするんだ。
実はこの村には月に一回「信金さんの日」というのがある。
この日は信用金庫の人々が預けてある村民たちの通帳と現金を持って、村役場で銀行業務を行ってくれるのだ。
そこで村民たちは年金やら補償金やらの入金確認をした後、現金を引き出して、村役場の清算も済ませるようになっている。
「御用聞きの品数が多すぎて、荷物が車に乗り切らなかったらどうするの?」
「そうだな、それは心配だよな小町」
しかしそれも心配無用。
信金さんの日というのはお祭りみたいなもので、カモネギ狙いで衣料品店や食料品店、電気店などが村役場前の広場に店を出すから、村人たちはそこでまとめ買いをするんだ。
だから御用聞きでの買い物は、急に入り用になった日用品や、保存のきかない食材とか、そんなもんだ。
ちなみに小町が来週から営業を始める販売所の代金も、信金さんの日に清算をすることにしている。
「それじゃ、役場に出勤しようかね」
今日からは4人での出勤となる。




