星月夜の誓い2
「ねぇねぇ〇〇〇、バイトしない――? しよう! しようよ⁉ お願いっ……してください‼」
あれは高3のGW初日、前世の俺の部屋で、いきなり畳みかけて来たのは、従姉妹の『亜矢姉』。
両親が共働きで、家も近所だったから、毎日のように――夕飯の食卓を一緒に囲んだり、勉強を見てくれたり、ゲームでコテンパンにされたり。
始めてバイト(コンビニ)の面接に臨んだ時は、就活レベルのマナーを叩きこんでくれた――実の姉同然の、5歳年上の従姉妹は、ゲーム制作会社に勤めていた。
「バイト? ――どんなの?」
一応受験生なので、勉強に専念するため、コンビニのバイトを辞めたばかりの身としては、正直気になる。
ただ、小さい頃から押しが強くて、散々無茶ぶりされて来た相手だったから、警戒しながら尋ねると、
「うちのチームが企画した、新しい『乙女ゲームアプリ』、連休明けの会議でプレゼンするんだけど……キャラデザイン担当のイラストレーターさんが、『急性虫垂炎』で、入院しちゃったの!」
幸い1週間程で、退院出来るらしいが
「それからじゃ、会議に間に合わない! お願いっ‼」
両手を、ぱんっと合わせて
「『キャラデザイン』、描いてっ!」
とんでもない『バイト』を、お願いして来た。
「いや、無理無理無理っ! 俺、専門的なこと何も習ってない、自己流で描いてるだけの――ただの『高校生』だよ? 無理に決まってるだろっ! プロに頼みなよ‼」
「知り合いに、何人か当たってみたけど、皆『スケジュールぱんぱん』で――『会議用の資料』だから、本格的じゃなくていいの! ざっと、イメージさえ伝われば!」
「ざっとって……そんなの、入院した人にも、失礼だろ⁉」
「大丈夫! あんたがSNSに上げた、イラスト見てもらって、『この子にだったら』って、OK貰ったから!」
「ぎゃーーっ‼ なに勝手に見せてんの⁉ しかも、そんなプロの人に!」
死ぬ……恥ずかし過ぎて死ぬ。
高校生になって、緩い部活の隙間に、ぽっかりと空いた時間と心を埋めるように、描き始めたイラスト。
同じクラスの、めっちゃデジタルイラストが上手い『師匠』に、一から教えてもらって。
(『何であんな、オタクくんと仲いいの?』って、当時の彼女に聞かれて、『いや、あいつ、マジで凄いんだって! イラスト超上手いし――ゴッホの有名な絵まで、デジタルで描けるんだぞ!』って力説したら、『意味わかんない。やっぱ合わないね、うちら』って、直後にふられました。そもそも告って来たの、彼女からだったのに……意味わかんないのは、そっちだっつーの!)
剣道の影響から、昔の騎士とか軍人とかを、ぽつぽつ描いてたら、うっかり亜矢姉に見つかって。
『えっ、めっちゃいい! 筋肉の付き方とかポーズとか、リアルでカッコいいし――SNSにアップしなよ!』って、ぐいぐい勧められて。
『いたずら書き』レベルだって、自分で分かっていたけど、ほんとたまーに『いいね』が付くと、飛び上がる位、嬉しかったけど。
「消す……今すぐ全部、削除する!」
震える手で取ろうとしたスマホを、さっと、マットパープルの爪が光る指先に、拐われる。
「まぁまぁ、落ち着いて! バイト代、『〇万』出るよ?」
こそっと囁かれたバイト代は、今まで貯めて来たバイト代と合わせて、欲しかったタブレットに、手が届く金額だった。
「でも俺、人の顔描くの、苦手だよ?」
師匠に借りている、お古のタブレットを起動させながら、念を押すと
「知ってる。キャラのバストショットは、もう出来てるから。あんたに描いて欲しいのは、『立ち姿』。
大丈夫、見るのはウチの上司とスタッフだし。顔はささっと簡単に、『見本』見ながら、描いてくれればいいから」
亜矢姉のお気楽な返事に、
「『見本』って?」
再度、警戒しながら確認すると、
「これっ……!」
じゃーん!と、自分のスマホのロック画面を、目をキラキラさせて、掲げて来た。
そこに映っていたのは、7人のイケメン達。
「えーっと、この人達……モデル?」
「違う、アイドル! まぁ――まだ、『知る人ぞ知る』だけど」
「あんたが知らなくても、今日だけは許す」と、自分を宥めるように呟いた、亜矢姉の口から
『5年以内に絶対、世界中で有名になる、某国ボーイズグループ』の情報が、ぶわーっ!と嵐のように、押し寄せて来た。
「参考画像と動画と、詳しいキャラ設定を送ったから、よろしくね! 明後日また、様子見に来るから!」
怒涛の勢いで喋りまくり、すっきりした顔で足取り軽く、帰って行った従姉妹。
情報でぱんぱんになった、頭をそろりと動かして、とりあえず、スマホに送られた諸々の一番上にあった、歌番組で新曲披露した時の、動画を開いてみる。
シンプルな音に、印象的なラップが重なるイントロ――一瞬で、目が離せなくなった。
指先や角度、タイミングまで、ぴったり揃った激しいダンス。感情を込めた、迫力ある歌声とラップ。言葉は分からなくても、歌詞の内容まで、伝わってくるような表情、動き。
「すげえ……」
思わず、ため息が漏れる。
こんな人達が、いるんだ。
俺と同じ、この地球の上、同じ空の下に。
「――すげえな」
もう一度呟いて、共有した画像とキャラ設定を、タブレットで開く。
ん? 見本のメンバーは7人なのに、攻略対象キャラは6人?
「この、一番年下がいない。亜矢姉の『推し』っぽかったのに……。ストーリーの都合か何かで、外されたとか? まぁ――そんな事もあるよな」
と、ひとり納得してた俺は、後日
「ちょっと待て、シャーロットの顔――末っ子メンバーじゃんっ!」
はたと気が付いて、愕然とする事になる。
まぁモデルも、線の細い美人顔だし、メイクしてるから、それほど違和感、ないっちゃないけど。
『でしょでしょ⁉』にやりと笑う従姉妹の顔が、脳裏に浮かんで――とりあえず、スルーした。
「この一番年上のキャラ、軍人かぁ……19世紀頃の、英国海軍の軍服とか、似合いそうだな」
袖口と前立てに並んだ金ボタンが特徴の、黒に近いネイビーブルーの上下と白いシャツ、黒のクラバットにブーツ。
うん、長身のイケメンにこそ、映える服だ。
軍服の資料を見ながら、前世の俺は、タッチペンを握り直した。




