子ウサギ脱走事件
「大変だ……」
一応小屋の中を、ぐるりと確認してから
「ハルー! ナツーッ!」
子ウサギ達の名前を呼びながら、侍女が裏庭を探していると
「あらっ、ユナさん? どーしたの⁉」
黒髪美人のレベッカに、書斎の窓の下で、声をかけられる。
事情を説明すると
「大変じゃない……! わたしも一緒に探すわ‼」
驚いた声を張り上げて、子ウサギ捜索に参加してくれた。
「あらっ、見て! モーニングルームの、扉が開いてる――あそこから、屋敷の中に入ったんじゃない⁉」
新人メイドが、大声で話しかけながら、扉の前に、ユナを連れて行く。
『この人、いつも元気一杯っていうか――声、大きいなぁ。バイオレット・サファイアの時といい、わざと誰かに、聞かせている感じ?』
少し不審に思いながら、侍女が扉に目をやると、確かに……こちらも、ちょうど子ウサギが、通れる位の幅だけ、開いている。
「ほんとだ……」
あれっ、さっき裏庭に出たとき……扉、閉めたよね?
「閉めたはず……」
でも、ガラス張りの重い扉が、自然に開く訳ないし。
考え込みながら、二人で中に入り、モーニングルーム内を確認してから、玄関ホールに。
「ハルー! ナツーッ‼」
レベッカの大声に、呼ばれたように
「あらっ、どうしたの?」
手帚と塵取りを手にした、金髪美人のエルシーが、書斎の方からやって来た。
「実は……」
ユナが手短に、状況を説明していると
「いたーっ」
階段裏の暗がりを、覗いたレベッカが、少しだけ押さえた声を上げた。
「よーしよし、いい子だね……あっ!」
真っ黒なナツを、優しい手つきで、そっと抱き上げてから、次に伸ばした新人メイドの右手から、するりと飛び降りた、白い子ウサギ。
「ハル! そっちいっちゃダメーッ!」
ぴょんぴょーん! と子ウサギが跳ねて行った、ホールの先には、開いた玄関扉。
「誰かっ……ハルを捕まえてーっ‼」
侍女の声を聞きつけて、見送りに出ていた乳母や従僕が、慌てて手を伸ばす。
ぴょーん! と、その手をすり抜けた先にいたのは、ちょうど遠乗りに出かけようしていた、馬上のシャーロットだった。
「俺が……」
「任せて」
隣の灰色の馬から、降りようとした、ジェラルドを制して
白馬の鞍から、するりと飛び降りた公爵令嬢が、ふわりと乗馬服のスカートを、広げて座った。
腰のポーチから、馬のおやつ用に細くカットされた、人参を取り出して、
「ハル、おいで……」
優しく、落ち着いた声をかける。
ふんふんと、小さなお鼻を動かしてたハルが――ぴょーんと、濃紺の海に飛び込む。
人参にかぶりついた、白い子ウサギを、シャーロットは、そっと抱き上げた。
「お嬢様……! ありがとうございます!」
駆け寄った侍女が、ハルをレベッカに手渡してから、立ち上がろうとした主に手を貸した時
「痛っ……!」
いきなり眉を顰める、公爵令嬢。
「お嬢様――? どうされました⁉」
おろおろと、問いかけたユナに
「さっき飛び降りたとき――足首を、捻ってしまったみたい……」
スカートの上から、左足首を押さえながら、結婚式を明後日に控えた花嫁は、小さな声で答えた。




