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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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敵陣の探索

「朝食も身支度みじたくも済んだし……とりあえずは、『ウェディングドレスの修復待ち』――って事よね、ばあや?」


 翌朝、窓越しに差し込む朝日に、目を細めながら、シャーロットが問いかけた。

 奥方の間は屋敷の三階、東端に位置し、とても明るく居心地が良い。


「さようでございますね。はたして、元通りに出来るかは、神のみぞ知る――ですけど?」

 にんまり……クリームをなめた猫のような、乳母の顔を見て、化粧台を整えていた孫娘のユナが、くすりと笑った。



 昨夜、到着が予定よりも、はるかに遅れた理由を

『あれは、領地(さかい)の川を渡っていた時。いきなり、橋げたがくずれて――危うく馬車ごと、流されかけたんですよ! 衣装箱一つで済んだのは、不幸中の幸い……あいにく、半年がかりで仕立てた、花嫁衣裳が入った箱でしたけど』


 遅れた理由は、こちらの不手際ではないと、初対面の執事と家政婦相手に、乳母は、涙ながらに、まくし立てた。

 実際は、馬車の揺れで荷がゆるみ、運悪く衣装箱が、川に転げ落ちただけ。



「あれだけ、ドロドロに汚れたら、キレイにするのは至難のワザ。新しく作るとなれば、それだけ婚儀も遅れて――ついには、破談という事に!」

 両家の婚約が決まって13年、しつこく結婚に反対していた乳母は、ほくほくと笑顔で、


「もうまもなく、こちらのメイド達が、荷解にほどきの手伝いに来るそうですけど。お嬢様は、読書か――刺繍ししゅうでも、なさいますか?」

「そうね。針箱は、見つかりそう?」

 乳母に問いかけながら、さり気ない足取りで、扉に向かったシャーロットが、ユナに目で合図。


「お任せください! 確か、この下に……」

「ばあや、やっぱり――刺繍は中止」

「はい?」

「『敵陣てきじんの探索』に、変更します!」


 胸元を白いレースで飾った、濃紺のドレス姿で、にっこり。

荷解にほどきの指揮、よろしくね?」

 優雅に一礼したシャーロットは、駆け寄った侍女と、するりと部屋を出る。


「お待ちください! ばあやもご一緒に……‼」

 荷物にうもれた、お目付け役の、あわてた声を背に。

 すばやく扉を閉めた二人は、足音を忍ばせて、階下に向かった。



「のんびり座って、刺繍なんて無理! 『敵陣に潜入したときには、まず』」

「『逃走経路の確保』――ですよね?」

「まぁ、ご明察めいさつ!」

 思わず、目を見張ったあるじに、


「ジェラルド様の講義、わたしも、聞いてましたから」

 にっこり答えた侍女は、プリント柄のドレスに、レースのリボンを後ろにらした、白いキャップとエプロン姿。

 きちんとまとめた、ベージュブラウンの髪と、緑がかったヘーゼルナッツの瞳に、よく似合っている。


「では、『何より大事な事』は?」

「「『食料の確保』‼」」

 声をそろえて答えて、くすくすと笑いながら、廊下を進んでいたシャーロットの足が、広間の入口で、ぴたりと止まった。



 暖炉の上にかけられた、大きな肖像画を見上げている、見慣れた後ろ姿。

「ジェル兄様っ……!」

 いつもの軍服を着た、広い背中に呼びかけながら、子供のように走り寄る。


 昨日一日、馬車に並走してくれてたのに、まだ半日も離れていないのに。

 なんでこんなに懐かしくて、なんでこんなに、嬉しいんだろう。


「ん……?」

 振り向いたジェラルドの右手には、分厚いハムとチーズを挟んだ、大きなパンのかたまり。

 もぐもぐと口を動かし、ごくりと飲み込む。


「ロッティ――ここのパン、めちゃめちゃ美味いぞ!」

 ハチミツをほおばる熊にも似た、幸せそうな笑顔に、ずっと張り詰めていた、シャーロットの心が、ほわりと、ほどけて行く。


 大丈夫。

 どこにいても、ジェル兄様は、ジェル兄様。

 そして、わたくしも、わたくし。



「……さすが、ジェル兄様」

 にっこり、見上げると

「お? おぉ――ほら、食べてみろ」

 首をかしげながら、小さくちぎったカケラを、口元に運んでくれた。


 あーんと、鳥のひなのように、貰ったパンを、シャーロットは、ゆっくり噛みしめる。

「本当――すごく香ばしい!」

 あまり食欲が無かったので、朝食を、スープだけで済ませた事が、やまれるほど。

「だろ?」

「ふふっ……」

 従兄弟の得意顔がおかしくて、思わず笑い声をあげたとき



 こほんっ……分厚い絨毯じゅうたんに落ちた、咳払いのあとに、

「失礼……」

 ためらいがちな声が、楽しそうに銀髪を揺らしていた、濃紺色の背中に届く。

 はっと振り向けば


「……シャーロット嬢」

 広間の入口で、この屋敷のあるじ

「ウィルフレッド様……!」

 どこか見えない場所に傷を負った、手負いの(けもの)の瞳で、たたずんでいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シャーロット様勇ましい!!( *˙ω˙*)و グッ!
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