ナツへのプレゼント
翌日いかにも、しぶしぶと言った様子で――昼食を、一緒に取ったアナベラに
「午後は、ドレスの仮縫いがあるの。4時には終わるから、また温室でお茶会しましょう?」
シャーロットは、楽しそうに約束した。
一旦寝室に戻ったものの、特にする事は見つからない。
「そうだ……ナツたちに、会いに行こう!」
ベティがいない隙に、アナベラは、そっと部屋を抜け出した。
階段を降りかけて、ふと3階に足を向ける。
「『仮縫いしてるドレス』って、どんなのかな?」
今まで、自分の不平不満だけで、心をぎゅうぎゅう一杯にして、他人の事なんて、気にも留めなかった『悪役令嬢』が、
賑やかな声が漏れ聞こえる、奥方の間の、扉を少しだけ開き、そっと中を覗くと
「わぁっ……」
大きな鏡の前に、真っ白なドレスを着た『ウィル兄様の婚約者』が、立っていた。
ふんわりした短い袖、裾に向かって広がるスカートの上には、ドレープを寄せた布を重ねて、腰には大きなリボン。後ろに長く、雲のような裳裾が広がっている。
『お伽話に出て来る、お姫様みたい……』
襟足で纏めた銀の髪。仕立て屋や手伝いの人たちに囲まれた、白いドレス姿はそこだけ、物語の世界から、滲み出て来たように見えた。
ぼんやりと見とれていた、自分の頬に、ふと触れる、短い黒髪。
「――こんな髪のお姫様なんて、いるわけないっ」
苛立ちを込めて、髪を払ったアナベラは、足早に階段を降りて行った。
昨日通ったモーニングルームから、誰もいない裏庭に出たところで、思いついた。
「そうだわ! ナツたちに、おやつを持って行ってあげよう」
兎小屋を一旦通り越して、菜園に向かう。
今日は家政婦も、庭師もいないけど、昨日教えてもらった……
「あった、ルバーブ!」
野菜とは思えないくらい、甘酸っぱくて、美味しかった。
赤い茎は上手く折れなかったので、もこもこした大きな、緑の葉っぱをちぎって
「ナツとハルも、『美味しい』って、喜んでくれるかな?」
わくわくしながら、歩きだしたとき
「アナベラ様――!」
温室の方から、ベティが走って来た。
「よかったー。お部屋にいないから、お探ししましたよ!」
まるで、迷子みたいな言い方に、むっとして
「探してなんて、頼んでないわ! わたし忙しいの」
つんっと、葉っぱを握って、兎小屋に向かう。
「えっと、どちらに……?」
「どこだって、いいでしょう!」
小屋に着き、扉の横に下げてある、鍵を手に取る。
むっ……葉っぱ持ってるから、開けるの難しいじゃない。
「ウサギさんに、会いたかったんですね? わたしが開けますよ?」
小さい子供を、宥めるみたいな口調に、またむっとしながら、鍵を渡す。
「はい、どうぞ」
細く開いた扉から中に入り、ふわふわの子ウサギたちを見た途端――癇癪の種は、どこかに飛んで行った。
そっとしゃがむと、ぴょんっと、黒ウサギのナツが、寄って来てくれた。
「覚えててくれたの?」
嬉しくて自然に、優しい声で話しかける。
「ナツたちに、プレゼントがあるの」
右手に握っていた、大きなルバーブの葉っぱを、そっと、ひくひく動く、桃色のお鼻に近づけたとき
「だめっ……‼」
ばっと――葉っぱごと指先を、凄い勢いで払われる。
驚いて見上げると、役立たずの新米メイドのベティが、初めて見る厳しい顔で、こちらを見下ろしていた。




