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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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兎穴へ

 空は青く高く、まぶしい春の日差しを、おしみなく降り注いでいた。

 花々が咲きほこる野原で、大きな樫の木を、涙目で見上げていた、小さなシャーロット。

『どうしたの?』

 優しく声をかけて来たのは、兄達と同じ年くらいの、少年だった。


『帽子が風に飛ばされて、あそこに引っかかってしまったの』

 手を伸ばしても届かない、上の枝を指させば

『大丈夫、ちょっと待ってて』

 斜め掛けしていたカバンを、そっと草の上に置き、両手でひょいっと、枝に飛び付いた。


 反動で身体を持ち上げ、またがった枝から、手を伸ばす少年。

 淡い紫色のリボンが付いた、帽子を片手に、ふわりと、木から飛び降りた。

『どうぞ、お姫様……!』

 優しく帽子をかぶせてくれた、凛々しい笑顔は、まるで王子様のよう。


『ありがとう』

『どういたしまして。ほらっ……○○だよ』

 涙をぬぐいながらお礼を言うと、カバンから王子様が取り出した、ふわふわの毛玉。

 小さなぬくもりを、両手にそっと、乗せてくれる。

『可愛いだろ?』

 問われて、こくりとうなずき、そっと持ち上げて、柔らかな毛を、頬に当ててみた。


『……くすぐったい!』

 思わず、笑みがこぼれた口元に、真っ白な長い耳が、ほわりと触れた。

 嬉しさに弾んだ瞳で、見上げた先に待つ、優しい笑顔。

 逆光で、よく見えない――あれは



「……さま、シャーロット様……!」

 乳母の呼ぶ声で、夢から覚め、現実に引き戻された。

 ここは、わたくしの婚礼のため、ヘア伯爵家に向かう、ほの暗い馬車の中。

 花が咲く、平和な野原ではない。


「お休み中、すみません。そろそろ、身支度を整えませんと。ユナ、そこの箱を……」

 祖母でもある乳母の指示を受けて、手鏡やクシを取り出しながら、侍女のユナがいたわるように、声をかけてくる。


「朝からずっと、馬車に揺られて――お疲れですよね、お嬢様?」

「わたくしは、大丈夫よ」

「またそんな……わたしとこの子の前では、ワガママを言っていいんですよ? まったく、荷馬車があんな事にならなければ、とっくに着いていたはずですのに」


 ため息と共に、老いた指先が、シャーロットの肩から、夜空のような藍色の、マントを外した。

 その襟元をふち取る、真っ白な毛皮がふわりと、頬をかすめる。


『これのせい……?』


 幼い頃から何度も、繰り返し見てきた、暖かく明るい光に満ちた、幸せな夢。

 あれは、本当にあった事? 

 でも、相手は兄様でも、ジェル兄様でもない。

「だったら、あの『王子様』は……?」


「お嬢様? 何かおっしゃいましたか?」

「ううんっ――ばあやは腰、大丈夫? ずっと座ってて、つらくない?」

 独り言をごまかそうと、腰痛持ちの乳母に、あわててたずねると、うっ――と、声を詰まらせた後


「シャーロット様っ……! おいたわしい‼ こんなにお優しくて、誰よりも美しいお嬢様が、兎穴なぞに」

「ばあや――!」

 しっ!と人差し指を、なげく乳母の、口元に押し当てる。



 本当は、わたくしだって、泣き叫びたい。

『兎穴なんかに、嫁ぎたくない……!』って。

 でも、わたくしは、ウルフ公爵家の娘。

 お父様やお母様、お兄様達のため、領民のため。


 おじい様のかたきの家でも、幼い頃の似顔絵でしか、顔も知らない相手でも……逃げるなんて、出来はしない。

 だったら、あとは……誇り高い、狼の姫君のように、顔を上げて、立ち向かうだけ。



「『弱音を吐くなんて、ウルフ公爵家の名が泣きます』――って、ばあやの口癖でしょ?」

「申し訳ありません……お嬢様」

 しょんぼり、うな垂れた乳母と、心配顔の侍女の肩を、ぎゅっとまとめて抱きしめて

「一緒に来てくれて、ありがとう……ばあや、ユナも」

 『頼りにしてるわよ?』と、心を込めて、ささやいた。


「シャーロット……あと数刻で着くぞ」

 灰色の馬が馬車の窓に並び、護衛として同行したジェラルドが、良く通る声で告げて来る。

「はい……!」

 窓の外は、どこまでも深い森。

 夕日が残したオレンジ色の雲が、こずえの向こうに消えようとしていた。



 祖父の代まで争って来た、敵陣てきじんに到着したのは夜遅く。

 日がとうに、暮れた後だった。


「そちらはウルフ公爵家、シャーロット様の馬車か――?」

 意外にも門の前では、手に手にカンテラをかかげた、召使い達が出迎え、

「ご到着が遅いので、心配しておりました」

 安堵あんどの声と無数の灯りに、導かれてたどり着いた、屋敷の車寄せ。

 そこには、星空を焦がしそうな、巨大な篝火(かがりび)が。


 その炎を背に、闇に溶け込むような、黒い馬から飛び降りた、一人の従僕じゅうぼくが、優雅に右手を差し出す。

「ようこそ」



 何気なく左手を重ね、馬車から降りたところで、気が付いた。

「手……」

 マナー通りだとここは、差し出された左手に、右手を重ねる所。


『左利き』と言う、家族やごく親しい人にしか、知られていない特徴を……この召使いは、知っている。

「あなたは……?」

 背の高い従僕の顔を、シャーロットが、はっと、見上げた。



 篝火にきらめく、金の髪。

 筋張った大きな左手が、前髪をかきあげる。

 その奥から現れた、深い青灰色せいかいしょくの瞳が、一筋の光のように、シャーロットの胸を刺す。


『わたくしは、知っている……?

 この瞳を?

 この方を?』


 動揺を押し隠し、相手にたくした左手を、さり気なく、離そうとしたとき、

 逆に、ぐいっと、強く握られた。



「私が、ヘア伯爵家の当主……ウィルフレッドです」

 その、どこか懐かしい瞳が、

「兎穴にようこそ……白ばら姫」

 篝火かがりびの熱をともして、見下ろしていた。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 周りがお嬢様バカばかで大変よろしいですwww 女性向けそうに見えて男女共に楽しめる内容で良きですね〜ฅ^◝ﻌ◜^ฅ
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