侍女の日記8
◇◇◇
ご無沙汰してます、ユナです!
いやはや、危ない所でした。
まさか、まさかわたしの知らない間に、『ケネスルート』が、始まっていたなんて……!
ケネス・パンテラのモデル(推定)は――とにかく歌の神様に愛されている、自信の塊の俺様キャラ、でも小動物と子供には甘々の――4番目に年長のメンバー。
ケネス自身は、前世でいうイタリア出身で、まだ赤ちゃんの頃に、家族でサウザンド王国に移住。
父親と同じ料理人の道を選んだけど、オペラ歌手になる夢を、ずっと抱き続けていた。
そんな時に、シャーロット様と出会い、恋に落ち、ついには二人で祖国に駆け落ち。
ケネスは歌手として舞台に立ち、大成功を収める……という、中々胸を打つストーリー。いやいや――! 『ウィルフレッド様ルート』には、かないませんけど!(鼻息)
ウィルフレッド様といえば――わたしが、お嬢様のエプロン姿に見とれているとき、ダダダッ……と、大きな足音が響き、モーニングルームに駆け込んで来たのは、兎穴の領主様でした。
「ウィル、フレッド様――なにかございましたか⁉」
ただならぬ様子に、あわてて二人で、中に入ると
「シャーロット……」
「はい――! 何でしょう⁉」
「……ずるい」
「はい?」
きょとんとした、お嬢様の肩を、両手で掴んで
「ずるいよ――そんなに可愛い姿を、まだ隠していたなんて!」
「あの……きゃっ!」
ぎゅっと抱きしめてから、そっと身体を離し、まじまじと見つめて
「可愛い……」
口元を右手でおおい、天をあおいで、感動に耐える領主。
わ・か・る。
頬を染めてあわあわと、助けを求めるように、こちらを見るお嬢様も、ソーキュート……
「――ぉい!」
ほわ~っと、見とれている最中、肩をつつかれて振り返れば。
ミカエル・ドッゴことミックが、死んだ目で、わたしとウィルフレッド様を、眺めていた。
時をさかのぼること数分前……裏庭に面した書斎(前回の事件で割れた窓ガラスは、修復済)で、せっせと書類作業をこなしていた、領主と従者。
ふと、窓の外を見たミックが
「あれっ? 見慣れないメイドがいると思ったら、シャーロット様がエプロンを……」
と、つぶやいた途端、主が部屋をダッシュで、飛び出していったらしい。
「もうっ……恥ずかしいから、脱ぎますわ!」
「そこを何とか――お願いだよ、ロッティ!」
結局、領主の懇願に負け、しぶしぶとエプロン姿のまま、お茶を入れたお嬢様。
カップ片手に、ご満悦の領主は、
「はい、戻りますよ! 仕事はまだ山積みですから!」
と、そのまま従者に、連れて行かれてしまいました。
もっといちゃいちゃ見たかったのに、残念……。
通常のドレスに着替えたシャーロット様と、少しだけ残念そうな、ウィルフレッド様の晩餐の後。
使用人食堂に夕食を取りに行くと、厨房から響き渡る、歌声のお出迎えが。
『誰も寝てはならぬ、誰も寝てはならぬ――姫君、あなたも……♪』
ご機嫌な料理長が歌う、この曲、聴いたことがある……。
前世のバイト先のデパートでは、営業時間中にインスト音楽が、店内で流れていた。
気に入ったメロディがあると、音楽全般に詳しい先輩に、曲名を教えてもらって、後でスマホで探して……懐かしいな。
これは確か、呪いのかかった姫君の、三つの質問に答えて、真実の愛を勝ち取る王子――のオペラ曲。
『夜よ去れ、星よ沈め――夜明けとともに我は勝つ♪』
あぁ、いい声だな~って……まだ全然、ケネスルート問題が、片付いてなかった!
疲れた顔で、夕食を食べに来た、ミックを捕まえて、
「この後、時間ある? ちょっと相談したい事が」
食後に対策を、一緒にねろうとしたら
「今日は無理――残業だから」
あっさりと、断られてしまった。
昼間も忙しそうだったし、仕方ないか……。
しょんぼり、エマ達と『ローストビーフにマッシュポテトと焼き野菜の付け合わせ、クルミ入りマフィン、チーズクリームのトライフル(カスタードやスポンジケーキ、フルーツ等を重ねたデザート)』を食べていると
「何だか今日のメニュー、豪華だね!」
ジェインが嬉しそうに、声を上げた。
「料理長、ご機嫌で歌ってるし」
「あのね――」
エマが、声をひそめて
「キッチンメイドの友達に、聞いたんだけど……料理長、恋人が出来たらしいよ?」
「ごふっ……!」
「ユナ、大丈夫!?」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
そういえば『千バラ』の、ケネスとシャーロットが出会うシーンでも、ライバル(ウィルフレッド様の従姉妹)に、ドレスを汚されたお嬢様が、それを隠すためにエプロンを付けて、メイドと勘違いされたんだっけ。
あの悪役令嬢っぽいライバル(確か『アナベラ』とかいう名前)、他のルートでも、ちょこちょこ出て来たけど……お嬢様とウィルフレッド様の恋を邪魔するヤツは、このユナ・マウサーが許さー-ん!!(拳)
まぁこちらの世界では、名前すら聞かないから――許す。
ケネス問題に加えて、『ウェディングドレス総選挙』の準備もあるし……身体があと二つ、いや三つ欲しいっす(涙)
とりあえず、明日から頑張ろう!と心に誓って……
おやすみなさーい。
(ユナの日記より)




