~幕間~『いばら姫の目覚め』1
初めての、シャーロット目線のお話です。
ユナや周りからは『完璧な公爵令嬢』と思われていますが、中身は19歳の女の子。
婚約者の言動に、もやもやしたり、嫉妬したり……ラストは甘々予定です。
全3話、毎日更新します。
「シャーロット、ちょっといいかな?」
収穫祭の一角にある、『ナイフ投げ』の会場。
『ミックを励ます会』の騒ぎが、一段落した頃、ひょいと顔を出したのは、領主のウィルフレッド・テレンス・ヘア伯爵だった。
「あ、はい……じゃあユナ、また後で」
歩み寄ったシャーロットが、いつもの作法通り、婚約者の左腕にかけようと、何気なく伸ばした右手。
そのほっそりした手が、大きな筋張った左手に、ぎゅっと握られる。
「ウィルフレッド様っ……⁉」
驚いて思わず、声をあげると、
「大丈夫。誰も見てないから――こっち!」
悪戯っ子の笑顔で、返された。
ぐいっと手をひかれて、トクンと、高鳴る鼓動。
それと同時に
『そんな、「やましい事は、何もしてません」とでも言う様な、とぼけた顔をなさって……!』
シャーロットの胸の奥で、むくむくと――『疑惑のタネ』が、育って行った。
小さな子供のように、手を引かれて。
「こっち。ここから、抜けられるんだ」
「はい……」
誰にも見つからないよう、こっそりと。
天幕の裏を通り抜け、人混みを背に、たどり着いた、誰もいない温室。
扉を開け、するりと中に。
「やっと、二人きりになれた……!」
ふーっと、長い息を吐いて、ネクタイを緩めてから。
ウィルフレッドは、金色に光る、長めの前髪を、かき上げた。
その領主の仕草に、シャーロットは、初めて兎穴に着いた夜を、思い出す。
ばあやとユナ、そして、わたくし自身にも、『狼の姫君のように』と、強がっていたけれど。
心の奥底では、小さな子ウサギのように、不安で震えていた。
それを、取り去ってくれたのは、
懐かしい『青灰色の瞳』。
『婚約者が、この方で良かった』と……あの時、心から、思ったのに。
「ウィルフレッド様……」
「『ウィル』だよ」
「えっ……?」
「二人きりの時は、『ウィル』って呼んで?」
『そんな事、急に言われても……』
緩やかに曲げた、左手の人差し指を、口元にあてて、どぎまぎする、公爵令嬢。
その目の前に、上着の内ポケットから取り出した、小さな箱が、差し出された。
「ウィル……フレッド様?」
どうしても、前半だけで終われずに。
気まずそうに、ぱっと両手で口を押さえた、シャーロットの呼びかけ。
「かわいいなぁ……」
口の中でつぶやきながら、ウィルフレッドは、ぱかんと箱を開いた。
その中には、
神秘的な紫色に、ひっそりと輝く、宝石の付いた指輪。
「これって……『バイオレット・サファイア』ですか⁉」
「うん」
強盗に狙われたばかりの、兎穴の奥方に、代々伝わる家宝。
「サイズの調整が終わったのを、テリー伯父様が預かって、持って来てくれたんだ。受け取った後は、ずっと肌身離さず、ここに」
「そうだったんですね!」
宝石を見つめて、ほうっと、ため息を吐いた、公爵令嬢に
「あいつ――ウィーズルに、こいつの、隠し場所を聞かれて――『もちろん、知っていますわ』って、言ったんだって?」
領主が珍しく、不機嫌そうな声で、尋ねた。
「あっ、あれはその――犯人を、油断させようと」
あわてて言い募る、婚約者の左手首を掴み、ぐいっと引き寄せ、低い声で。
「後から聞いて、ほんっと寿命が、縮まった」
「ごめんなさいっ!」
思わず首をすくめた時、シャーロットの薬指に、家宝の指輪が、するっと通った。
「おっ、サイズぴったり!」
怒った演技から一転、嬉しそうに声を上げてから、こほんと軽く咳払い。
指輪の宝石そっくりに、真ん丸くなった瞳を、のぞき込んで
「シャーロット・ウルフ公爵令嬢……わたしの妻に、なってくれますか?」
ウィルフレッドは、真摯な声で、問いかけた。




