【番外編16】『時のはざま書店』にようこそ1
久しぶりの番外編です。
全3話、毎日更新します。
あれはシャーロットが、13歳になった夏の始まり。
5歳年上の兄のイーサンと従兄弟のジェラルドが、上流寄宿学校を卒業して、狼城に戻って来た。
秋にはそれぞれ、大学と海軍士官学校に進むことが決まっている。
「秋になったらまたしばらく、兄様たちと会えないのね」
しょんぼりと俯いた、宝物のような最愛の妹、シャーロット。
「だったら――『この夏』は、ロッティ姫に捧げよう!」
イーサンが悪戯っぽく右手を差し出し、小さな左手を恭しく取る。
「えっ、わたしに……!?」
びっくりして紫の瞳を丸くしたシャーロットの、銀色の髪をぐりぐりっと撫でて、
「何がしたい? どこ行きたい? 海の果てまでお供するぞ、お姫様?」
ジェラルドが、にかりと笑った。
「あのね、ないしょよ? この夏わたし、兄様たちを独り占めできるの!」
嬉しくて嬉しくて、ぽわぽわと羽根が生えたような足取りで、家庭教師のヴァイオレット先生や、ばあやや執事に、小声で秘密を打ち明ければ。
「あの2人にしては、グッドな提案ね!」
「まぁまぁ、お嬢様のそんな嬉しそうなお顔、久しぶりに見ましたよ!」
「イーサン様もジェラルド様も、何とお優しい! さすが未来の公爵家を、担うお2人!」
皆が笑顔で、頷いてくれた。
お母様とも相談して、まずは首都ストランドにある公爵家のタウンハウス(別邸)に移動。
そこを拠点に、買い物をしたりお芝居を見たり。
少し足を延ばして王立植物園、通称『トラベル・ガーデン』に出かけたり。
幾つもの温室やバラ園や、グラス・ガーデン等珍しい庭園を巡った後は、
「ロッティ、大変だ! 植物園のすぐ傍に『メイズ・オブ・オナー・タルト』がとびきり旨い、カフェがあるらしいぞ!」
通りすがりの庭師のおじさんから、ジェル兄様が聞いた情報を元に、美味しいアフタヌーンティーまで堪能したり。
「さぁ、お姫様。今日は何したい?」
毎朝朝食の席で、兄様たちが尋ねてくるのが、素敵な一日の始まりの合図。
でも2週間も過ぎると、さすがに気が咎めて来て、
「今日はいいわ。ゆっくり読書がしたいから――わたしに構わず、2人はお出かけして?
ほら久しぶりに、お友達にも会いたいでしょ?」
笑顔で提案してみた。
「そうか?」
「だったら……」
「「本屋に行こう!!」」
という訳で、結局シャーロットは兄二人と、公爵家の馬車に乗り込むことに。
「この少し先の通りに、大きな書店があったよな?」
「同じ通りに、ポーク・パイとトリークルタルト(糖蜜パイ)の美味いカフェもある」
うむと頷く二人に
「イーサン兄様、ジェル兄様――本当にいいの? せっかくの長いお休みなのに。
毎日わたしに付き合ってくださって」
申し訳なさそうに、シャーロットが確認すると
「当たり前だ!」
「可愛い妹の笑顔が毎日見れるなんて、最高の夏休みだよ!」
至極当然と言った顔で、声を揃える。
「それに、後5年もしたら……」
うっかり付け足したイーサンの肩を
「ぉいっ!」
「痛っ――!」
眉をひそめたジェラルドが、破壊力全開の右手で小突いた。
そうか……。
後5年もしたら、わたしはお嫁に行く。
おじい様の仇でもある、ヘア伯爵家に。
一度も会ったことのない、肖像画でしか顔を知らない相手に。
だから、兄様たちは――。
「せめてこの夏は、ロッティと一緒にいたい。いさせてくれ!」
「俺たちに、『最高の夏休み』を、プレゼントさせてくれないか?」
真面目な顔で、告げて来た二人に
「嬉しいっ……ありがとうイーサン兄様、ジェル兄様」
シャーロットは、じんわり滲んだ涙をそっと拭って、ふんわりと花が咲いたような笑顔を見せた。
石畳の上を、軽やかに馬車は走る。
進行方向を向いて座るシャーロットが、ドレスメイカーや帽子屋、フレグランスショップなど、華やかな店頭に目を奪われていると。
「あらっ、あそこに『本屋』さんが……!」
古いレンガ作りの建物に下がる、黒いスチール製の看板が、目に飛び込んで来た。
「ほんとだ! 『ブックショップ』」
「こんなとこに、あんな店あったか?」
ステッキで後ろの窓を叩き、御者に『止まれ』の合図を送るジェラルドの隣で、イーサンが首を捻った。
両隣の建物に挟まれて、ぎゅっと肩をすくめたような小さな店舗。
『OPEN』の札が下がった扉を、ゆっくり開くと
「あれっ、中は意外と広いな!」
壁際に沿って天井まで並ぶ本棚には、様々な色の背表紙を見せた本がぎっしりと詰まり。
表の通りに面して並ぶ窓から差し込む光が、ホコリひとつ無い店内を明るく照らしている。
奥のレジスターの横には『御用の方は、鳴らしてください』の立て札と、銀の呼び鈴が置いてあった。
他にお客も見当たらない部屋の中央には、柱をぐるりと巡る螺旋階段が。
「2階もあるみたいだな」
面白そうにあちこち見て回る、イーサンとジェラルド。
「まるで物語に出て来る、『魔法書の本屋さん』みたい」
わくわくと、シャーロットも声を上げた。
「どれでも、好きな本を買ってやるよ」
と言われて、棚の端から真剣に背表紙を眺めていく。
「歴史に経済、宗教……まるで古くなったパンみたいに、お硬い本ばかりね?」
ちょっと肩をすくめて、
「兄様、2階も見てくるわ」
「わかった」
「誰もいないと確認済だが――何かあったら、大声出せよ!」
「はーい!」
夏用の白いドレスのスカートをふわりと摘まんで、シャーロットはわくわくと、螺旋階段を昇って行った。
『メイズ・オブ・オナー・タルト』は、英国の伝統的な焼き菓子で、レモン風味のチーズタルト。
ヘンリー8世が愛したお菓子と言われています。
『トラベル・ガーデン』のモデル『キュー・ガーデン』の近くには、このタルトで有名なティールームが……いつか行ってみたいです♪




