静かで輝く夜明けに2
書斎前の廊下は静まり返り、夜明け前の冷気に満ちていた。
『「こっち」のお屋敷って想像の3倍くらい、壁が厚いんだよなー。
声や物音がぴっちり遮断されて――あんまり静かだから、最初はびっくりしたっけ』
前世の、にぎやかだった家や学校を思い出しながら、ミックが廊下を進んでいると、ちょうど階段を降りて来た人影が目に入った。
「あ、」
「あ、」
手提げ桶を片手に持った、奥方の侍女、ユナだった。
「ユナ、お疲れ! どう、そっちは?」
「うん……も少し時間がかかるって、お医者様が」
きゅっと唇を噛む、青白い顔。
いつもは編み込んだり、色々アレンジしているベージュ色の髪を、今はキュッと一つにしばって。
ほつれた髪が頼りなく、顔周りに揺れている。
うつむいてその髪を、ゆっくりと耳にかける、思い詰めたような指先に『最前線』の厳しさが伺えた。
「そっか……シャーロット様、頑張ってるんだ?」
「うん」
「ユナも疲れたろ? どっか行くとこだった?」
何とか労わってあげたくて、ミックは柔らかく言葉を繋ぐ。
「お湯がもっといるって、おばあちゃんに言われて。厨房まで取りに」
「そっか。ちょうど俺も行くから、ついでに取って来てやるよ」
「えっ、いいの? ありがと……」
ほっとしたように、ユナが桶を手渡した。
「そっちは? ウィルフレッド様、大丈夫?」
「うん。気を紛らわせようと、皆で『ババ抜き』してる」
「『ババ抜き』!? 何でまた!」
目を丸くしたユナに、
「ポーカーとか頭使うゲームだと、今のウィルフレッド様には絶対無理だろ?
もうずっと、情緒不安定! そわそわしっぱなし……!
だから『ババ抜き』くらいで、丁度いいんだよ」
わざと大袈裟に話して、にやりとミックが笑った。
「あのメンバーで、ババ抜き……!」
想像したユナが、ぷっと吹き出す。
「そっか皆で、ウィルフレッド様の『精神安定剤』してるんだ……お疲れ様」
顔を上げて、ふふっと笑う侍女。
『笑った!……良かった』
ほっとした従者が、
「じゃあお湯、すぐに持ってくから!」
手を振って、くるりと背をむけた時。
ぱふんっ……!
背中に温かな身体が、ぶつかるように抱きついて来た。
「ユナ!? どした?」
「ミック……死なないよね?」
「えっ? うん、おそらく――あと60年位は?」
「そうじゃなくて! シャーロット様……死なない、よね?」
とぎれとぎれに、問いかけて来る、震えた声。
ユナの不安は、良く分かる。
前世の医療技術が発達した病院でも、危険が伴うこともある出産。
ましてや、時代設定が何世紀も昔の、ここ『サウザンド ローズ』の世界。
自宅出産で初産、しかも予定日より1週間遅れて。
でも……
「死なない!」
ミックは宣言する。
「ユナ、ここは『千バラ』の世界だろ?」
「うっ、うん?」
「ヒロインのシャーロット様は、何があっても生き延びる。生き延びて、幸せになる――それが『サウザンド ローズ』のルールだ!」
きっぱりと言い切ってから、肩越しにそっと、背中のユナを見ると
「そっか……そうだった!」
涙ぐんでいた目を瞬いて、にかっと笑った。
その時
「ほぎゃあっ……!」
2階から、微かに聞こえた、あれは産声。
「「産まれたーっ!!」」
ぴょんっと向き直り、両手を握り合って、ミックとユナは同時に叫んだ。
「やったぁ――!」
ぎゅっと、今度は正面から抱き付いたユナが、ミックの肩に両手を置き、ふわりと笑って。
「ありがと、ミック……いつも、傍にいてくれて」
背伸びをして、従者の口の端に、チュッとキスをした。
「ユナ――あれっ!?」
キスを返そうとした、ミックの腕をすり抜けて、
「続きは、また後でね?」
えへっと笑って、エプロンの裾をなびかせて。
「シャーロット様――っ!」
元気にぴょんぴょんと、階段を駆け上って行く――転生仲間で婚約者の彼女。
「――ったく、現金だな?」
目を細めて見送ってから、ふと見上げた廊下の窓。
深い瑠璃色に染まった夜の底から、淡いオレンジ色の光が、ゆっくり広がって行くのが見える。
「夜明けだ……」
しかも今日は、12月25日。
クリスマスの兎穴に届いた、『特大のプレゼント』の事を知らせに、ミックは書斎へと走って行った。
『静かで輝く夜明けに』完結しました。
先日有難い事に、『サウザンド ローズ』のイメージソング『バラ色メトロノーム』と、そのMVまで作って頂きました。
(『MVを作って頂きました!』というタイトルでご紹介済。YouTubeにもイラストから飛べます)
MVを見ながら、『ユナにミックがいて、本当に良かったな』と改めて思い……今回のお話に繋がりました。
拙いお話ですが、ウィルの精神安定剤(男性陣)と安定のミクユナを、楽しんで頂けたら嬉しいです♪
次回は年明けに、新作の更新を予定しています。
まだ書きたい番外編もありますので、来年も読んで頂けるように頑張ります!




