乳母の暴走と謎の従者
「ドレスの袖にナイフを仕込んだのも、ジェル兄様のアイデア。ばあやに相談したら『それは良いアイデアです! 不届きものの兎がいたら、目に物見せてあげましょう!』って、大乗り気で用意してくれたわ」
「おばあちゃん……」
知らぬ間の祖母の暴走に、侍女は今度は、両手で頭を抱えた。
「申し訳ございません、お嬢様――! おばあちゃんは若い頃、先代の領主夫人、おばあ様にお仕えしていたとき、おじい様からも、たいそう良くして頂いたらしくて」
「ばあやが結婚して、一時辞めた時。夫婦で店が持てるように、手を貸したって聞いたわ」
「はい。そのご恩故ゆえに、『兎穴=敵』と、しっかり思い込んでしまって……」
「――わたくしも、ずっとそうだと、信じてた」
静かな声で、シャーロットが呟いた。
「さっきウィルフレッド様が、『村の方には、行かないように』って、言ったでしょう?」
「はい、『道が悪いから』って」
「ヘア村のお年寄りの中にも、わたくしとの結婚を、反対してる人が、多いらしいの……だからよ?」
きゅっと辛そうに、唇を引き結んだ主を見て、ユナが口を開く。
「実は……こちらにお供すると決まった時、わたしも少し、怖かったんです」
「ユナも?」
「はい。でも、いざ来てきみたら。ミセス・ジョーンズも、エマも、他のメイドたちも――皆さん、良い人ばかりで」
「それは――ユナが『良い子』だから、よ?」
「は……?」
ふわりと微笑まれて、ぴきんと、かたまる侍女。
「『良い子』のユナの周りには『良い人』が、自然と集まるんだわ。皆に好かれて、すぐに、お友達も出来て……」
だから、『うらやましい』って。
「そっ、それは……お嬢様こそ、です!」
真っ赤な顔を上げて、ユナが言いつのる。
「エマも、他のメイドや従僕たちも皆、『あんな、おキレイで優しい方、見たことない!』って、言ってます! 村のお年寄り達だって、お嬢様のことを少しでも知れば、反対なんて……! 何より、ウィルフレッド様が――あんなにお嬢様に、夢中じゃないですか⁉」
「夢中……?」
頬の赤みが、侍女から移ったような顔を、そっとカーテンで隠して。
「それは、勘違いよ……」
ぽつりと、公爵令嬢が呟いた声は、わっと、中庭から上がった歓声にかき消された。
何事かと見下ろすと、従僕たちが囲んだ輪の中に、ジェラルドと、一人の挑戦者が向かい合っている。
「あのひと……!」
はっと息を呑んだユナを見て、目をこらすと確かに、見覚えのある顔。
「確か、ハルの兎カゴを持ってきた……」
「はい。あの時の、従者さん――ですよね?」
なぜか張り詰めた、ユナの口調を気にしながら、窓の下に目をやると、
他の人が持っていた物より、倍近く長い木の棒を、両手で、斜め上に構えた姿が。
「変わった『かまえ』……初めて見たわ」
「あれは――け」
侍女が驚いた声で、何事かを告げたとき、
「こてぇぇ……っ‼」
奇声を上げた従者の棒が、同じように構えたジェラルドの、手首を狙って、振り下ろされた。




