【番外編14】最高で特別な一日に1
今回は、全4話。
ウィルフレッドのお誕生日に向けて、頑張るシャーロットのお話。
こちらは、【番外編5】『Be my Valentine 』の少し後のお話になります。
合わせて読んで頂けたら嬉しいです♪
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思わずきゅっと、首をすくめるような冷たい風の中に、少しずつ感じるようになった、日差しのぬくもり。
それに合わせてミモザや水仙の黄色い花が、ちらほらとほころび始めた3月の初め。
兎穴(ヘア伯爵邸)は、シャーロットが嫁いで、最初の春を迎えようとしていた。
領主夫人として、学校運営や病院への訪問やバザーの開催など、奉仕活動に精を出しながらも、心の片隅に居座る重大な悩み事がひとつ。
それは、1週間後に迫った――ここヘア領の領主で、伯爵でもある夫――ウィルフレッドの誕生日。
「誕生日プレゼント、何を贈ったら喜んでくださるかしら?」
「狼城の公爵様に、奥方様が贈ってらしたのは確か――ネクタイにシガレットケース、懐中時計の鎖とかでしたね?」
「何だか、実用一点張りな物ばかりだわ」
ばあやが思い出した、実家の母のプレゼントはどれも、ロマンティックの欠片もない。
「では、ハンカチはいかがでしょう? ウィルフレッド様のイニシャルを、奥様が刺繍されて!」
家政婦のミセス・ジョーンズの思いつきに、
「刺繍……?」
シャーロットの顔が、みるみる暗くなる。
ご令嬢のたしなみでもあり、レディらしい趣味としても大人気の『刺繍』。
もちろん、ウルフ公爵令嬢だった幼い頃から、日々励んではいたのだが……
「可愛い黒ネコを刺繍したのに、イーサン兄様に見せたら、『すごいな、魔王か!?』って言われて。
『こいつは強そうだ!』って、ジェル兄様が魔除けとして、貰ってくださったわ」
しょんぼりと告げられた、奥方の思い出話に、
「魔王……?」
「お嬢様はなぜか、刺繍とは相性が悪くてねぇ」
家政婦と乳母が、揃ってため息を吐いた。
「『相性が悪い』といえば――お嬢、いえ奥様! リベンジはいかがでしょう!?」
ピカリと名案が閃いた侍女のユナが、キラリと瞳を輝かせる。
「リベンジ……?」
「はい、『バレンタインのリベンジ』です!」
「バレンタイン……分かったわ! 『ケーキ作り』ね!?」
シャーロットが、弾んだ声を上げた。
『バレンタインのケーキ教室』で、チョコレートケーキ作りにチャレンジした結果――見事に惨敗した半月前を思い出して、領主夫人はぐっと拳を握る。
「良いアイデアだわ、ユナ! 今度こそ完璧な『バースデーケーキ』を作って、ウィルに喜んで頂きましょう!」
美しくデコレートしてロウソクを刺した、見るからに美味しそうな、ケーキを差し出す自分と、
『すごいよ、ロッティ! ホントにきみが作ったの!?』
目を丸くする、ウィルフレッドを思い浮かべて、
「うふっ……!」
思わずほころんだ頬を、両手で押さえるシャーロット。
『はぁっ……尊い! 何て愛らしいお嬢、いえ奥様!』
侍女は胸の前で、静かに両手を合わせた。
「なるほど、ウィルフレッド様の『バースデーケーキ作り』ですか!」
バレンタインの時も先生役をしてくれた、デザート担当のキッチンメイド、マイラが深く頷く。
「奥様のお気持ち、よ―く分かりました! リベンジ、ぜひお手伝いさせてください!」
「本当に? ありがとう、マイラ!」
「良かったですね、シャーロット様!」
嬉しそうに笑う奥方と侍女に、マイラ先生が尋ねる。
「それではまず――奥様は、どんなケーキを作る予定ですか?」
「そうね……こう丸くて大きな、クリームとイチゴがたっぷり乗った、ふわふわのスポンジケーキかしら?」
「お誕生日のケーキと言ったら、それですよね!」
両手で大きな円を作った奥方と、賛同する侍女の言葉を、
「あーっ、それは残念ながら、ムリですねっ……!」
キッチンメイドは、ばっさりと切り捨てた。
「初心者がスポンジケーキを、ふっくらと美味しく作るのは、それはそれは難しいんですよ!」
「まぁっ……」
「そうなんですか?」
困惑した顔の2人に、
「初めてでも比較的、失敗無く作れるのは――例えば、フルーツケーキとかいかがでしょう?」
マイラが提案する。
「フルーツケーキ?」
「はい。丸い型より、長方形のブリキ製の型で焼く方が、火が通りやすいですし」
「長方形……?」
何事かを思い付いたシャーロットが、はたと顔を上げた。
「だったら、作りたいケーキがあるわ!」
「お嬢、いえ奥様?」
「どんなケーキですか?」
「それはね……」
「良いと思います! それでしたら、ウィルフレッド様も大好物ですし!」
「さすがです、シャーロット様!」
キッチンメイドと侍女の賛辞に、
「ありがとう、作るのが楽しみだわ……!」
領主夫人はにっこり、楽しそうに微笑んだ。




