わたしの太陽4
「『先輩』って……弟と、お知り合いでしたの!?」
紅茶色の瞳を見開いたソフィー先生に、
「うん、実は。バーナビーが入学したウィストン校が、たまたま、わたしの母校なんだ。
クリケット部のOBとして時々、後輩たちの応援やアドバイスに行ってて」
少し照れた顔で、イーサンが答える。
「イーサン先輩って、凄いんだよ!
在校時は歴代最強のキャプテンで、ライバル校に連勝して。
おまけに監督生だったって……みんな、めちゃめちゃ憧れてるんだ!」
打って変わって、黒い瞳をキラキラさせながら、憧れの先輩を見つめるバニー。
「先輩……ソフィー姉様を、よろしくお願いします!」
「任せてくれ。姉上は絶対わたしが、幸せにするから!」
がっちり握手をする、未来の義兄と義弟。
ぽかんと眺める先生の後ろで、
「『詐欺師』とか、言ってたくせにぃ……」
「さすが『外堀から埋める』と、ウワサのイーサン様……」
「そうね――もし母校じゃなくても、何かしらツテをたどって、絶対仲良くなってそう!」
元悪役令嬢とメイドは、『外堀埋め士』にこっそり、拍手を送った。
「さて、そろそろ品評会の、結果発表の時間だ」
懐中時計を見たイーサンに促されて、会場に戻った一行。
「どのバラが1等かしら?」
「わたしはやっぱり、あのピンク色のがいいな!」
小声で話していると、壇上の司会者が、手にした封筒を開いて。
「それでは発表します――第1位は鮮やかな色合いと、形の良さ、大きさが評価され、一般投票でも1番人気でした。
オールドローズにシュラブ種を掛け合わせた新種、こちらの……『ソフィー』です!」
中央のピンクのバラを、さっと右手で指し示した。
拍手喝采が巻き起こる中、
「やっぱりあのバラでしたね! でも『ソフィー』って?」
「姉様と同じ名前……!?」
目を見合わせた、ベティとバニーの横で
「驚いたわ……何て偶然」
動揺して目をふらりと彷徨わせる、ソフィー先生。
ふと貴賓席にいた、バーリー子爵と目が合う。
にやりと笑った子爵は、ばちーん!とウィンクを投げて来た。
「偶然――かしら? イーサンお兄様?」
斜め上にある『すまし顔』を、元悪役令嬢がちらりと見上げると、
「はっはっは……鋭いな、アナベラ」
次代公爵がにやりと笑って、銀色の前髪をかき上げた。
「ウルフ家が支援している『育種家』が、たまたま新種のバラの育成に成功してね。
『ぜひ、名前を付けて欲しい』って頼まれたんだ」
発表と表彰式が終わり、人気の無くなった会場のベンチに、女性3人を座らせて。
前に立ったイーサンが説明する。
「それであの時、バーリー子爵が、あんなにお笑いに……」
両手で口元を覆い、恥ずかしそうに首をすくめるソフィー先生。
「へぇっ――『育種家』なんて職業があるんですね! 学校では習ってない事、まだまだたくさんあるなぁ」
感心したように呟くのは、アナベラの脇に立つバニー。
「まだ、入学したばかりだろ? 後6年間、イヤって言うほど習えるぞ」
「うわぁ、確かに――!」
からかうようなイーサン先輩の言葉に、わざとしかめっ面で答える。
ふと顔を上げたアナベラが、バニーに尋ねた。
「ねぇ――学校って楽しい?」
「楽しいよ! 寮の同室の連中も、クラスメイトも、色んな奴がいて。
あちこちから集まってるから、国中に友達出来るし。
勉強はまぁ――ちょっとだけ、大変だけど」
「いいな~……私が行けるのは、社交界デビュー前の『仕上げ学校』くらいだもん! 習うのは礼儀作法にピアノ、ダンスとかだし」
不満そうに、口を尖らしたアナベラに、
「そういえば、『クイーンローズ女学院』を、来年の9月から再開する予定なんだ」
さり気なく、次代公爵が告げた。
「えっ――ホントですか!?」
目を見開く、ソフィー先生の隣で、
「そこって、ソフィー先生とヴァイオレット先生が、教えていた学校でしょ?」
アナベラが、ワクワクと声を上げる。
「その通り! 男子しか入学出来ない上流寄宿学校に、負けない教育を目指して。
外国語や数学、歴史に植物学、天文学まで。
専門の教師陣が、最高レベルの授業を行う女学院だ」
得意げに説明するイーサンに、
「へぇっ、凄いですね! そんな学校で教えていたなんて――さすが姉様!」
バニーが、感心した声を上げた。
「『クイーンローズ女学院』……行ってみたい!
私でも入学出来る? イーサンお兄様!?」
弾んだ声で尋ねるアナベラに、
「もちろん! 向学心と、ご両親の承諾さえあれば」
にっこりと答えるイーサン。
「帰ったら早速、お父様にお願いしてみるわ!」
イーサンが取り出した、新しく刷ったばかりの学院のパンプレットを見ながら、わいわいと盛り上がる、アナベラとバニーとベティ。
3人を見つめながら、何事かを考えている様子のソフィー先生。
そっとかがんだイーサンが、求婚者の耳元で囁く。
「これで――あなたが、わたしとの結婚をためらう最大の理由――『アナベラの家庭教師を、途中で辞めたくないから』が、クリア出来そうですね?」
「まさか……そのために、学院の再開を!?」
『信じられない』と言う顔で、ふらりとベンチから立ち上がり。
ソフィー・セロウは、イーサン・ウルフに。
きっ!と、射るような視線を投げかけた。
新種のバラ『ソフィー』は、エリザベス女王の即位50年を記念して命名された『ジュビリー・セレブレーション』をモデルにしました。
ピンク色が鮮やかな、とても美しいバラです。




