天使がやって来た面会日2
歴代学長達の肖像画に見下ろされ、息が詰まるような部屋から、
「公爵殿と奥方とは、ゆっくり話がしたいから。君たちは妹さんに校内を、案内してあげなさい」
という、有難い学長の言葉に助けられて、三人で廊下に脱出。
「どうしても兄様たちにお礼を言いたくて、お父様とお母様にお願いして、連れて来てもらったの!」
イーサンとジェラルド、それぞれの腕に両手をかけ、嬉しそうに銀の髪を揺らすシャーロット、ことロッティ。
黒いリボンと金の装飾が付いた、真っ白なドレスと帽子が良く似合っている。
「びっくりしたぞ、まさかロッティが学長室にいるなんて!」
「ほんとほんと! てっきり学長からお小言を……」
「『おこごと』?」
イーサンの失言に、ことりと首を傾げる妹。
「何でもない! ほんっと、元気になって良かったな?」
慌ててジェラルドが、ぽんぽんと優しく頭を叩いた。
「あのね――夢の中で会った猫ちゃんが、兄様たちからって、星のお薬をくれたの!
それを食べたら、すぐに元気になって。お母様もばあやも、びっくりしてたわ!」
「そうか」
「良かったな」
夢中で話す妹に、優しく相槌を打つ、兄と従兄弟。
「本当にありがとう! 兄様たちはあのお薬、どこで見つけたの?」
不思議そうに尋ねるロッティに、
「うーん……ちょっと、込み入ってるんだ。ゆっくり話せる場所は――礼拝堂か?」
イーサンが提案して、
「だな?」
ジェラルドがうなずいた。
三人が校内の奥手にある礼拝堂に向かって、白薔薇の生垣に囲まれた寮の前の道を、のんびり歩くにつれて
「ちょ、誰だあれ?」
「めちゃめちゃ可愛い!」
「ウルフ兄弟の妹だって!?」
ざわざわと、周囲が騒がしくなり。
嫌な予感に誘われて、見上げた窓には、鈴なりになった学生たち。
「おぃジェル、あれ……」
「しっ、目を合わすな。前だけ向いて歩くんだ」
小声ですばやく会話をする、イーサンとジェラルド。
兄と右手を繋ぎ、庇う様に従兄弟に肩を抱かれたシャーロットが、その時ふと寮を見上げた。
ぎゅうぎゅうに押し合い重なって、窓から身を乗り出す少年たちに、目を丸くして。
「あの方たち……兄様のお友達?」
きょとんと目を見開いた妹を、
「ロッティ、気にするな!」
「そうだ、見るんじゃない!」
前に立って隠そうとする、兄二人。
「あらっ、お友達ならご挨拶しなくちゃ!」
スカートを小さな指で摘み、少年たちに向かって、ちょこんとお辞儀をしてから、
「皆さん、ごきげんよう」
恥ずかしそうに微笑んで、小首を傾げる小さなレディ。
「うっ……!」
「やばっ……!」
「俺の天使!」
「何て可愛いんだ!」
「聞いたか!? 俺に『ごきげんよう』って!」
「誰がお前にだ! 俺に! 言ってくれたんだよ!!」
阿鼻叫喚の男子学生たちを、びっくり目で見上げる『天使』。
その視界を遮るように、すっと一凛の白薔薇が差し出される。
「あらっ……?」
「可愛いレディ――ようこそ、ウィストン校に」
にっこりと薔薇を差し出していたのは、
「「キャンベル先輩……!?」」
イーサン達に『学長からの呼び出し』を告げた、監督生だった。
「ちょ、先輩まで――何してんですか?」
脱力した、イーサンの問いかけに
「『ウルフ兄弟が、天使みたいな美少女を連れてる』って、寮中の騒ぎになってるんだぞ。
監督生としては、知らん顔出来ないだろ?」
けろりと答える『プリンス』。
「まぁっ、監督生さんですの?」
目を丸くしたシャーロットに
「はい、アーサー・キャンベルと申します。はじめまして、レディ・シャーロット」
にっこりキレイな笑顔で、監督生は告げた。
「ちょ、いつの間に妹の名前まで!?」
「このくらい、監督生の嗜みだよ」
にやりとイーサンに笑いかけ、
「どうぞ、レディ」
改めてシャーロットに、薔薇を渡そうとしたとき。
「こらーっ! 勝手に薔薇を切ったのは――またお前かっ、アーサー!?」
芝生の向こうからカンカンに怒った、庭師のおじいさんが走って来た。
「やばっ、トムじいさんだっ……!」
「ったく監督生になったって、あいつはいつまでたっても、悪戯坊主だ」
脱兎のごとく逃げる前にアーサーが、すばやくイーサンの胸ポケットに挿した薔薇を、ぶつぶつ言いながら手に取る庭師。
「へーっ、キャンベル先輩って『悪戯坊主』なんですか?」
「初めて聞いたな」
にやにやと笑い合う兄と従兄弟の間から、
「あのっ……その薔薇、大丈夫ですか?」
皮の手袋をはめた手で茎をこする、庭師の手元を見つめながら、シャーロットが心配そうに尋ねた。
「あぁ、大丈夫。ほら小さな棘も、全部取れたよ」
にっかり、日に焼けた顔をほころばせて
「どうぞ、お嬢様。この薔薇があなた様に、幸せを連れて来ますように……」
シャーロットに、清らかな白薔薇を差し出す。
「まぁっ、ありがとうございます!」
頬を染めて受けとった薔薇に、そっとキスを落とした――小さな天使。
そのキスに――窓に連なる野次馬たちが次々と、ハートを打ち抜かれたその日。
『天使光臨面会日事件』として、代々学園に語り継がれることになろうとは、ロッティたちには知る由もなかった。
そして10年後。
兎穴(ヘア伯爵邸)のモーニングルーム(居間)でお茶を飲みながら、大きな窓から裏庭をじっと見つめるレディがひとり。
「ロッティ? どうかした?」
心配そうに、夫に声をかけられて
「あの庭師のおじいさん……どこかで、会った様な気がして」
ぼんやりと返す。
「トムじいさんなら、5年程前から働いてもらってるけど。
気になるなら、前の雇われ先を確認しようか?」
「いえ……気のせいですわ、きっと」
少し膨らんだお腹を幸せそうに撫でながら、シャーロット・ヘア伯爵夫人は、にこりと答えた。
『天使がやって来た面会日』完結しました。
監督生のアーサー・キャンベルは、『年齢を問わず、女性を賛美する主義』のチャラ男です。笑
庭師のトムおじいさんが気になった方は、『【番外編2】悪役令嬢って何で出来てる?』をご覧ください。
拙いお話ですが、わちゃわちゃな騒動を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
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感想もお待ちしております。
次回は、後回しになってしまった、外堀埋め士イーサンとソフィー先生の、その後のお話を予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります!




