月夜のトラベリング・カーニバル4
「この『コンフェイト』、どうにかしてウルフ公爵家まで送れないか!?」
「もう郵便局も閉まっているし、学校から荷物送れる日は……一番早くて来週だな」
「貸馬車走らせて、直接届けたら――?」
「だからジェル、お前……無断帰宅は良くて停学、悪けりゃ退学だぞ!」
うーむと、頭を抱えたジェラルドとイーサンに、射的係が声をかける。
「お客さんたち――このコンフェイト、誰かに届けたいんで?」
「「そうなんだっ!」」
「なるほど、ご病気の妹さんに……分かりやした!」
所々に白い毛の筋が混じった、ふわふわした茶色の髪の係員が、大きく頷いた。
「何か方法があるのか?」
「フクロウ便に頼めば、今夜中には妹さんに、お届けできますぜ!」
「フクロウ便……て、郵便局か配送業者の新たな事業か?」
「何でもいいから、とにかく頼む!」
首を傾げるイーサンと、頭を下げるジェラルド。
「かしこまりやした、すぐに頼んで来やすんで――ぼっちゃん方は、回転木馬にどうぞ!」
糸目でにっと笑う係員に促されて、木馬に跨ると、音楽に合わせてくるくる回り出した。
「おいっ、何か――回転早くないか!?」
「だよなっ……うわっ!」
ぐるぐると、勢いよく回り過ぎる、メリーゴーランド。
ポールを掴んでいられずに、ぽーんと身体が投げ出された。
「ぅわーっ……!!」
「イーサン、手を……!」
二人揃って、宙を飛び、ぼわんっと落ちた先は。
「あれっ……?」
「ここは――」
「「俺らの部屋だ……!!」」
朝日が窓から差し込む、昨日入ったばかりの、寮の部屋。
二つ並んだ、ベッドの上だった。
「なぁ――あれって夢か?」
「夢、だよな?」
その日は顔を合わせる度に、互いに言い聞かすように確認していた、イーサンとジェラルド。
授業の後に寮母さんから呼ばれて、
『やっぱり夢じゃなく、本当にカーニバルに行って。それがばれたのか!?』
と緊張しながら向かうと、手渡された一通の電報。
「イーサンのお母様からよ」
急いで中を見ると
『シャーロット、元気になったわ! 夢の中で、星のお薬を貰ったそうよ』
と、嬉しい言葉が並んでいる。
「「やったーっ……!!」」
数日後、改めて届いた、公爵夫人の手紙によると
シャーロットが熱に浮かされながら夢の中で、フクロウの背に乗った二匹の黒い子猫から、キラキラ光る小箱を受け取ったらしい。
「イーサンとジェラルドから、お薬にゃ!」
と言われて、コンフェイトを一粒口に入れると、しゅわっと溶けながら喉を通る。
すると急に咳が収まり、枕の上でぱちりと開いた紫の瞳。
「シャーロット様!?」
慌てて顔を覗き込む、付き添っていた看護師を見上げて、
「美味しかった……!」
バラ色の頬で、にっこり笑った。
「『それから、みるみる良くなって、お医者様もびっくりしてるわ!』だって!」
「やったな……!」
がっと拳をぶつけて、笑い合う二人。
「まてよ――って事は、あれは夢じゃなかったって事か?」
首を捻るイーサンと、唇を親指で撫でながら、考え込むジェラルド。
その夜の消灯後。
すやすやと寝息を立てるイーサンの、隣のベッドから、むくりと起き上がる背の高い少年。
そっと窓を開け、樫の木をすばやく伝って、夜の街に走り出す。
目指すは、2ブロック先の屋台。
今夜は1ブロックも手前から、揚げ物の匂いが鼻をくすぐって来た。
「よう、坊主! いつものか?」
すっかり顔馴染みの、フィッシュアンドチップス屋の親父が、声をかけてくる。
「あぁ、今夜は『揚げてない方』だけ、頼むよ」
「はいよ、まいどあり」
新聞紙で何重にもくるんだ物を、数枚の硬貨と引き換えに受け取り、ジェラルドは足早に店を後にした。
角をいくつか曲がってたどり着いた、裏通りの小さな公園。
街灯の下でぴーっと指笛を吹くと、小さな影がわらわらと寄って来た。
「待たせたな」
「みゃーっ!」
広げた新聞紙を地面に置くと、小さく切った新鮮なタラの切り身に、群がる野良猫たち。
去年たまたま、このたまり場を見つけてから、夜抜け出した時には必ず、お裾分けをしに立ち寄っていた。
タラに夢中な、大きな黒猫と二匹の子猫に、しゃがんでそっと問いかける。
「おまえ、ピエロか? そっちのチビ達がフクロウに乗って、薬を届けてくれたのか?」
「ぐるる……」
「「みゃうっ!!」」
答えを聞いて破顔一笑。
笑顔でぐるりと、10数匹の猫たちを見回す。
「お前たち凄いな、あんな魔法が使えるなんて……!」
グレーの長毛種に
「なぁ、マダム・なんとか――ほんとに俺、あんな美人と結婚できんのか?」
こっそり問いかけ、ぷいっと知らん顔されて。
俊敏そうな茶トラの、耳の間を優しく撫でる。
「射的係? おまえのおかげで助かったよ。ロッティ、あのコンフェイトで、すっかり元気になったって」
「みんな、本当にありがとう!」
立ち上がったジェラルドが、右手を胸に当て、深く頭を下げる。
胸に手を当てるのは、『敬意』のしるし。
「こちらこそ。いつもご馳走になってる、ほんのお礼でさ」
明るい声が聴こえて。
はっと顔を上げると、
茶トラが満足そうに、曲げた右手で顔を洗いながら
「にゃんっ……!」
と、片目をつぶってみせた。
ズボンのポケットに入っていた、『次回カーニバルの招待券』。
日付は空欄のまま、大好きな冒険小説に挟んで取ってある。
『次はロッティも、一緒に行けるといいな?』
「おーい、ジェル! 早く来いよ!」
「今行く……!」
そっと本の表紙を撫でたジェラルドは、手招きするイーサンに、笑顔で片手を上げた。
『月夜のトラベリング・カーニバル』完結しました。
アナベラの番外編同様、ファンタジー味の強いお話になりました。
拙いお話ですが、ちょうどこの時期の一夜の冒険を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
ブックマークや評価(ページ下部の☆☆☆☆☆)も、よろしくお願いいたします。
感想もお待ちしております。
次回は、外堀埋め士イーサンとソフィー先生の、その後のお話を予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります!




