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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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女神の前髪4

「10分だけ――ソフィーさんと、二人だけでお話させて」

 という、母親からの『お願い』。

「さっきあんなに、失礼な事を言ったばかりで……ダメに決まってるでしょう!?」

 ばっさりと断ったイーサンに

「イーサン様、わたしは大丈夫です!」

 きっぱりと、ソフィー先生はうなずいた。



「母上、くれぐれも言葉に気を付けて……また先生を傷つける様な事を言ったら、許しませんよ!」

 しつこく念を押す息子に

「はいはい。ほら早く行きなさい」

 ひらりと手を振る、公爵夫人。

 心配そうに何度も振り返りながらイーサンは、四阿ガゼボの奥に建つ温室へと、アナベラ達を案内した。


「ふふん――考えたわね? あそこならガラス越しに、こちらの様子が丸見えだもの」

 温室を横目につぶやいてから、向き直り

「ごめんなさい、ソフィーさん。いきなりこんなお願いをして」

 謝罪をするレディ・ウルフ。


「『イーサンがレディ一行を招待した』って執事から聞いて、今日出かける予定を、急いで取りやめたの。

 だってあの子が初めて、この屋敷に招待するくらい、大切に想っているレディ……何としても、お会いしたかったんですもの!」

 大興奮のレディ・ウルフに、


「あの――確かに、ご招待は受けましたけど……それは公爵夫人が、思ってらっしゃる様な事では」

 レディ・セロウは、困り顔で微笑んで、

「今日のご招待は、珍しい『ライラックの木』を見せて頂くのが目的。それ以外の理由はございません!」

 きっぱりと言い切った。



「なるほど……?」

 イーサンのグラスから、アイスティーをひと口飲んだ公爵夫人が、フルートグラス越しに先生を見つめる。

「話は変わるけど、ソフィーさん? 今あなたが着ているステキなドレス――それはシャーロットから、借りた物でしょう?」


「あっ……はい! 実は、ご招待にふさわしいドレスが無くて。シャーロット様のご厚意に、つい甘えてしまいました」

『借り物』と見抜かれた事に驚いて、恥ずかしそうに答えると、

「違うわ!」

 即座に、否定の言葉が返って来た。


「はい?」

「そのドレスはね、あそこから心配そうに見ている、『恋に狂った愚息ぐそく』が、用意した物なのよ」

 右手の親指で指す方向に、釣られて振り向けば、『愚息』ことイーサン・ウルフ次代公爵が、温室のガラスに張り付くように、こちらをうかがっていた。

 両隣には、アナベラとベティも心配そうに、張り付いている。



 公爵夫人の説明によると、

「アナベラ達の助けを借りて、ギボン家の仕立て屋から、あなたのサイズを聞き出して。あなたに似合うデザインをシャーロット達と相談して、ウルフ家御用達のドレスメーカーに作らせた――という訳」

「何でわざわざ、そんな事を……!?」

「そうねぇ……もしイーサンがドレスを、直接プレゼントしてたら、あなた受け取った?」

「いいえ、受け取りません!」

 こんな高価なドレス、受け取れるわけがない。

 どんなに素敵な――こっそり何度も、鏡やガラスに映して見たくらい――気に入ったドレスでも。


「だから愚息なりに、知恵を絞ったのよ?

 好きな女性に、ふさわしいドレスを、プレゼントしたい一心で。」

「好きって……イーサン様がわたしを!?」

「あら、気付かなかった? 全然?」


『はい』と答えようとして、ふいに、植物園での記憶が、頭をよぎる。

 いつも優しい穏やかな瞳が、急に熱を帯びたように見えたこと。

 手を取られ、その瞳で見下ろされて、なぜか心臓が高鳴ったこと。

 ドギマギして目をそらした先に、パッピー・ライラックを見つけたこと。


 それから先程の、上着を貸してくださった時も。

 至近距離で上着を腰に巻いてもらって、恥ずかしさと嬉しさで、心が弾んだこと。

 でも。


 ほんわり頬を染めて考え込む、先生の様子をじっと見ていた夫人が、さり気なく声をかける。

「あなたは、どう? 息子の事を、好きかしら? 将来結婚を考えても、いいくらいに?」

「ムリです……。わたしに、公爵夫人なんて務まりません」

 問われて力なく、ソフィー先生は、首を横に振った。


「あらっ、わたしが出来たんだから、大丈夫よ!

 家の執事も家政婦も、あなたの事絶賛してたし。主人だって、絶対気に入るわ」

「でも、わたしは家庭教師で」

「わたしもよ。『元家庭教師』」

 さらりと告げられて思わず、いかにも大貴族の奥方然とした優雅な姿を、上から下まで見直す。


「信じられませんっ……!」

「ふふっ……わたしも昔、貧乏伯爵だった父を亡くして、家庭教師の道を選んだの。

 うるさい親戚からは、『金持ちの、訳あり貴族と結婚しろ』って、大反対されたけど!

 とあるご令嬢を教えていた時、そのお兄様の友達と知り合って……それが、今の旦那様。ウルフ公爵よ」


「それで、ご結婚を?」

「最初はね、『無理です!』って断ったの、さっきのあなたみたいに。でもね……」 

 公爵夫人は、にんまりと微笑んで。

「ウルフ家の男性は、『外堀から埋める』のが得意なの。

 気が付いたら、『無理だ』と思った障害を一つ一つ、取り除かれて……『イエス』と言うしかなかったのよ」



 悪戯っぽく告げられた、まるで『おとぎ話』のような恋物語。

 驚き過ぎて、言葉の出ないソフィー先生に、昔ユージェニー先生だったひとが尋ねる。

「ねぇソフィーさん、『幸運の女神』の話、聞いた事あるかしら?」

「『幸運の女神』ですか? いいえ」

 いきなり話題が変わって、目をぱちくりさせる先生に、元先生が言葉を続けた。


「他国の神話によると、幸運の女神には、前髪しかないんですって」

「前髪しか……?」

「そう、だからすばやく掴まないと、するりと逃げてしまうの。

 わたしは――ここだ!って時に、捕まえたわ」

 得意げに、にこりと笑う元家庭教師。



「あなたは、どうかしら? 捕まえる用意は出来ていて?」


 その言葉に、背中を押されるように、席を立ち。

 ちょうど温室から出て来た一行に、ソフィーは歩み寄る。

「ソフィー先生! 大丈夫でしたか? 母が何か失礼を……!?」

 焦った様子で、尋ねて来るイーサン。



 いつもはぴしっと上げている銀色の前髪が、今日は柔らかく額に落ちて。

 ピンクのつぼみを胸に挿し。

 薔薇に紫陽花、ラベンダーにチドリソウ。

 色とりどりの花壇を背に立つ姿は、まるで『おとぎ話の王子様』みたい。


 寄せた眉の下に、黒スグリのような瞳。

 心配そうに瞬く様が、兎穴のナツに似てる……。


 思わず、くすりと微笑むと

「どうしました? どこかに珍しい植物が?」

 きょろきょろと、辺りを見渡す次代公爵。


「いいえ、植物ではありません」

「では、何を?」

「わたしは今、イーサン・ウルフ様……あなたを見ておりました」



「はっ? えっ……!?」

 うろたえて、大きな右手で口元を押さえる、イーサン。

 その、みるみる赤く染まって行く、形の良い耳を見上げて


『わたしたった今、女神の前髪を捕まえたのかしら?』

 ソフィー・セロウはにっこり、幸せそうに笑った。



『女神の前髪』完結しました。

植物オタクのソフィー先生と、外堀埋め士(本命には外堀から埋めるタイプ)のイーサン。

実は父親も『外堀埋め士』だった事が判明!笑

拙いお話ですが、二人の恋を、楽しんで頂けたら嬉しいです。


ブックマークや評価(ページ下部の☆☆☆☆☆)も、よろしくお願いいたします。

感想もお待ちしております。


番外編も10まで来ました。

本編終了後も、引き続き読んでくださった、皆様のおかげです。

いつも本当にありがとうございます。


次回は、ちびっ子イーサンとジェル兄の、寄宿学校時代のお話を、予定しています。

また読んで頂けるように、頑張ります!


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― 新着の感想 ―
[一言] イーサンさんとソフィーさんのお話、素敵でした~! イーサンさんが気づかないところで、豆投げしたりドレス贈ったりしてくれたのが、スマートでかっこよかったです♡ ユージェニー夫人も素敵な方です…
[一言] 番外編の更新ありがとうございます! 今回も植物好きのソフィー先生らしく、あちこちに植物の描写があってとても素敵です〜( ´ ▽ ` ) アリスに出てくるような可愛らしい庭園やお茶会の様子も華…
[良い点] 今回も素敵なお話でした! イーサンのドレスをプレゼントする方法が策士かつ遠回りすぎて思わず笑ってしまいました! ユージェニーも優しく素敵な性格なのできっとソフィーも結婚後は上手くやっていけ…
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