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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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女神の前髪2

 翌日の早朝から、アナベラとベティとソフィー先生の3人は、ヘア伯爵家の馬車に乗り、一路狼城に。

 途中の村で、休憩と早めの昼食を取り、昼過ぎには狼城――ウルフ公爵家の屋敷に到着した。


「ようこそいらっしゃいました、ギボン子爵令嬢」

 ソフィー先生に向かって頭を下げる、公爵家の執事。

「いえっ、わたしは家庭教師で……子爵令嬢はこちらの」

「こんにちは! アナベラ・ギボンです」

 白いドレスのスカートを摘んで、元気に挨拶する元悪役令嬢。

「これは――大変失礼しました」

 子供好きらしい執事が、目を細めると

「あのね、ソフィー先生も『ご令嬢』なのよ。亡くなったお父様が貴族だから」

 内緒話をする様に、アナベラが小声で伝えた。


「さようでございますか……レディ・ソフィー、イーサン坊ちゃまを、よろしくお願いいたします」

「あっ、はい?」

 白髪混じりの頭を下げる執事に、首を傾げる先生。

 隣に控えていた家政婦が、『こほんっ』と咳払いした後で、

「大変失礼しました。庭園にご案内致します」

 と、招待客の三人に、かっちりお辞儀をした。



「まぁっ……なんて美しいパーテア!」

 案内された先には、大小80余りの花壇と、チェスの駒の形に刈り込まれたイチイの生垣いけがき、トピアリーが広がっていた。


「ソフィー先生、『パーテア』ってなぁに?」

 アナベラの問いかけに

「植物で幾何学模様――四角とか三角を描く形式の、庭園のことよ」

 先生が答える。

「まぁ、随分とお詳しいのですね!」

 驚いた顔の家政婦に

「いえ――ただ植物が、好きなだけですわ」

 恥ずかしそうに答える、ソフィー先生。

「ただお好きなだけの知識とは、とても思えませんが?」

 生真面目な表情を崩した家政婦が、悪戯っぽく微笑んだ。


「先生! あそこの大きな花壇は、正方形よ!」

 アナベラが指さした先には、大きな噴水を囲むように、四角い花壇が配置され。

 ピンクやブルー、白や淡い紫の花が、咲き誇っている。


「薔薇に紫陽花、ラベンダーにチドリソウ。何てステキなお庭かしら……」

 うっとりとつぶやいた、ソフィー先生の声に

「お気に召して頂けましたか?」

 嬉しそうな声が重なる。

「えっ……?」

 振り返れば、この屋敷と庭園の次期当主、イーサン・ウルフが――黒いスーツに蝶ネクタイ、ぴしっときめた正装で、楽しそうにたたずんでいた。



 招待のお礼を告げた後に

「イーサン様、例の『ライラック』はどちらに?」

 待ちかねた先生が、早速尋ねる。

「ほら、あそこの壁に沿って生えている――右から3本目の木です」

 ふわりとスカートを揺らし、花壇の奥に駆け寄る、白いドレスの後ろ姿。

 金の髪は編み込んでから、ふんわりと頭の上にまとめて、ドレスに合わせた髪飾りを付け、耳の脇の両サイドだけ、ゆるく垂らしている。


「イーサンお兄様! 今日の先生、すっごくキレイでしょ? 白いドレスが、とってもお似合いで!」

「あの髪型もステキですよね!? 兎穴のユナさんが、結ってくださったんですよ!」

 アナベラとベティから、口々に告げられて、


「うん……まるで、『花の女神』みたいだ」

 薔薇に紫陽花、ラベンダーにチドリソウ。

 花々の中に立つ、まるで一枚の絵画のような姿。

「これを、見たかったんだ……」

 次代ウルフ公爵は、うっとりとつぶやいた。



「あっ、先生! あまり奥に行くとスカートが!」

 ベティに慌てて声をかけられて、夢中で木の裏側をのぞき込んでいたソフィーが、はっと気が付く。

「そうだったわ! 汚したりシミを付けたりしたら大変!」

「先ほどの家政婦さんに、エプロンをお借りしては?」

 借り物のドレスを見下ろして、相談していると。


「だったら、これを……先生、ちょっと失礼」

「えっ……きゃ」

 さっと上着を脱いだイーサンが、先生の腰にふわりと当てて、両袖をくるりと回し、前でぎゅっと縛った。

「わぁっ――黒いエプロンみたい! さすがイーサンお兄様!」

「これなら大丈夫ですね!」

 手を叩いて喜ぶ、アナベラとベティ。

「でも、こんな上等なジャケットを……申し訳ないですわ」

 ほんわりと頬を染めた先生は、まだ温もりの残る、見るからに上質な上着を見下ろす。


「気にしないで! もし汚れても目立たないし、シミにもならないから」

 次代公爵に、優しく告げられて、

「ありがとうございます。では少しだけ、お借りしますわ」

 なぜかドキドキと――高鳴る胸を押さえて、ソフィー先生はやっと、小さくうなずいた。



 イーサンが呼んでくれた庭師から、木を植えた時期や手入れ方法、他の木との違いを確認して。

 そっと花房を手に取り、まじまじと観察を始めたソフィー先生。

「ひとつ、ふたつ――あっ、ここにも! すごいわ本当に、ハッピー・ライラックがたくさん!」

 紅茶色の瞳を輝かせて、花びらの数を確認しては、小さなノートに記入していると、

「先生、よろしかったら、わたしが書きますよ?」

 ベスト姿のイーサンが、にっこり右手を差し出した。


「えっ……そんなご迷惑を。あらっ、アナベラとベティは?」

 ライラックに夢中になっている間に、消えた教え子たち。

 慌ててきょろきょろ、辺りを見回す先生に

「今、西側の森を案内させてます。鹿やリスがいると教えたら、アナベラが見たがって。

 二人が戻って来たら、お茶にしましょう」

 のんびりと、答えるイーサン。


「わたしったら――アナベラたちを放って、ひとりで夢中になって――ほんとに、お恥ずかしいですわ」

 しょんぼりうな垂れる、金色の髪に見惚れながら

「そんなあなたに、わたしは夢中です……」

 口の中でこっそり、次代ウルフ公爵はつぶやいた。


「えっ、何かおっしゃいましたか?」

「いえっ――二人で手分けした方が、早く終わりますよ! さぁ、ノートを貸して」

「はいっ! では、お願いいたします」

 少し首を傾げてから、またライラックを数え始めたソフィー先生と、その真剣な横顔を盗み見ながら、ノートにペンを走らせるイーサン。



「あらあら、イーサンのあんな顔、初めて見たわ……!」

 二人の共同作業を、公爵邸の2階の窓から、じっと見つめる人影がひとつ。

 ふふっと、ローズ色に塗った唇の口角を上げて。

 その人影はドレスの裾をひるがえし、階段へと足を向けた。


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