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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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野ウサギ森の精霊姫3

 ゆるく波打つ、ほどいた銀の髪を腰まで垂らし、頭には白いベール。

 淡い菫色のドレスの肩に、金糸で刺繍された、白いマントをはおった姿は、神々しいまでに美しい。

「シャーロット様だ!」

「本物の精霊姫みたい……!」

 ざわざわと、村人たちも騒ぎ出す。


「どうしよう……」

「続けていいのかな?」

 困り顔で、ざわつく客席を眺める、舞台の上の子供たち。

 と、その時。


「ここは、精霊にとって神聖な場所。みな、騒いではなりません!」

 シャーロットが凛とした声で、台本に無いセリフを告げ。

 すっと人差し指を伸ばした左手を、口元に持って行く。

「しーっ……」

 客席に向かってにっこりと、精霊姫は微笑んだ。


「あうっ!」

「可愛い……!」

 次々と、ハートを打ち抜かれた村人たち。

 客席は一瞬で、静まり返った。


「うっ……!」

 貴賓席のウィルフレッドも、もちろん被弾した一人。

「ひどいよ、ロッティ……そんな愛らしい顔と仕草を見れるのは、きみの夫――わたしだけの特権だろ!?」

 左胸を右手で押さえ、舞台の愛する奥方に向かって、悲痛な顔で左手を伸ばす。

「はいはい、そーですね。大人しく、続きを見ましょうね!」


『絶対この人の方が、役者向きだよ!』

 前世の『ロミジュリ』とかを、ぼんやり思い出しながら……悲劇役者さながらの主人に、ミックは深くため息を吐いた。



 舞台の上では、精霊姫が子供達に、畳んだ布を渡していた。

「これは広げれば、いつでもどこでも、ご馳走が現れる『魔法のテーブルクロス』。お土産に差し上げます」

「わぁっ――これ、夕べの?」

「ありがとう、精霊姫!」

「お家までの帰り道は、子ウサギたちが皆で、案内してくれますよ」


 白と黒、それぞれ長い耳付きの帽子と、ふわふわのミトンを付けた二人に加えて。

 子ウサギに扮した子供たちが次々と、踊るように舞台の上に出て来た。

「ありがとう、さようなら!」

「さようなら、精霊姫!」。


 手を振る兄と妹に、優しく手を振り返した精霊姫が、くるりと客席に向き直り、

「こうして二人は、無事にお家に帰りました。

 野ウサギ森に住むわたくしが、この森と民――皆さんを、お守りしています……いついつまでも」

 両手を胸の前で組み、微笑みながらゆっくりと、最後のセリフを語り終えた。



 幕が下りた舞台に向かって、次々と立ち上がった村人たちが、惜しみない拍手を送る。

「良かったねぇ!」

「最後のお言葉――涙が出ちまったよ!」

 ぴーっ……!

 拍手だけでは飽き足らず、指笛を鳴らす者、だんだんと足を踏み鳴らす者。


 と、すぐにまた幕が開き、舞台の上にはずらりと並んだ、出演者たち。

 その前に歩み出たヴァイオレット先生が、客席に向かって声をかける。

「皆さん、最後まで楽しんで頂けましたか!?」

「おぉーっ!」

「もちろんよー!」

 口々に上がる返事を聞いて、嬉しそうににっこり。


「実は『精霊姫』役のジュディが熱を出して、今日は出演出来なくなりました。

 代わりに急遽、セリフを覚えて、あり合わせの衣装で、代役を見事に演じてくださった――領主夫人、レディ・シャーロットに、皆さん拍手を!」


 割れんばかりの拍手の中、先生に促されて、中央に歩み出るシャーロット。

 拍手に答えて、優雅にお辞儀をしてから、すっと貴賓席を見上げる。

 目と目が合って、恥ずかしそうに、嬉しそうに、微笑みかけた数秒後、

「ちょ、ウィルフレッド様……!」

 従者の声を背に、貴賓席から飛び落りた領主が、客席の間を走り抜け、脇の階段から舞台に掛け上がって来た。



「ウィル……?」

 少し息を切らせたウィルフレッドが、驚いて目を見開く奥方の前に立つ。

 間近で見れば、マントはユナが持参した、シャーロットのショールだし、頭のベールはどうやらレースのテーブルクロスを、ピンで留めた物らしい。


『急ごしらえの衣装でも、精霊姫そのもの――でも髪がちょっと、寂しいかな?』

 少し首を傾げたウィルフレッドが、自分の上着のボタンホールから白薔薇をすっと抜き、シャーロットの左耳の上に挿す。

「うん、良く似合う」

 目を細めながら、ほっそりした左手を持ち上げ、

「野ウサギ森の精霊姫、わたしは兎穴の領主です」

 白い手の甲に、キスを落とした。


「きゃーっ!」と客席から上がった、悲鳴のような声を気にも留めず、ほんわりふちが染まった紫の瞳だけを見つめて、領主は言葉を続ける。

「気高く美しく優しい姫君、これからもこのヘア領を――わたしと一緒に、守って頂けますか?」



 暗い客席に見守られ、小ぶりの灯油シャンデリアが、明るく照らす舞台の上。

『まるで……兎穴に着いた夜みたい』

 深い青灰色せいかいしょくの瞳に見下ろされて、シャーロットは、篝火かがりびに照らされた夜を思い出す。


 強がっていたけれど、本当は不安で胸がいっぱいだった、あの夜。

 でもこの、どこか懐かしい瞳を見上げた時から、ウソのように不安が消えて。

 兎穴で過ごす日々、代わりに心に、降り積もっていったのは。


「はい……領主様」

 あの夜を、様々な事件を出来事を越えて。

 いつの間にか、心から愛するようになったひとに、そっと領主夫人は答えた。



「ちょっと今の――プロポーズ!?」

「いや、もうお二人、結婚してるし!」

「そんなのいいんだよ! はぁ~っ、ロマンチックだねぇ!」

 うっとりと舞台を見上げる村人たち。


 プロンプター役で控えていた舞台袖で、思い切り拍手をした後、

『見た? 見た!?』

 手振りと口パクで、舞台下に来たミックに尋ねる、大興奮のユナ。

「はいはい、見ましたよ」

 苦笑しながら、頷くミック。


 ぴょんぴょんと、子ウサギみたいに跳ねながら、領主夫妻を取り囲む生徒たち。

 それを楽しそうに並んで見ている、ヴァイオレット先生とジェラルド。

 誰もがまるで、夜空の星座のように、きらきらと繋がって、光り輝いて見える。



 これからの日々、どんなに暗い夜でも、わたくしを導いてくれる光。

 その中でも、ひときわ輝く……


北極星ポラリスがウィル、あなただわ」

 精霊姫は、愛する領主様の腕の中で、それは幸せそうに微笑んだ。



『野ウサギ森の精霊姫』完結しました。

シャーロットが好き過ぎて、ポンコツになりがちなウィルフレッドですが、最後はかっこいい所も見せられたでしょうか?


拙いお話ですが、おとぎ話と昔の劇場の雰囲気を、楽しんで頂けたら嬉しいです。

ブックマークや評価(ページ下部の☆☆☆☆☆)も、よろしくお願いいたします。


今後は、元悪役令嬢アナベラのお話等を予定しています。

また読んで頂けるように、頑張ります!


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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやくこちらのお話まで読ませて頂きました! 番外編も心温まるエピソードの数々に、優しい気持ちになれました。 ロッティに対してのみポンコツになるウィル、本当に可愛くて素敵な旦那様ですね( …
[一言] ここまで『千バラ』を楽しませて頂きました。 優しくて気持ちのよい人々に、終始心を暖められ、とても充実した時間を過ごさせて頂きました。 まだまだ番外編は続くようですが、新作のほうも気になりま…
[良い点] 毎回、とても可愛らしい番外編に、ほんわかしています。 今回のは特に、各カップルさんたちの見どころがあって、想像力が搔き立てられました。 前半のジェル兄さんだったり、後半はウィルフレッドが……
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