野ウサギ森の精霊姫3
ゆるく波打つ、ほどいた銀の髪を腰まで垂らし、頭には白いベール。
淡い菫色のドレスの肩に、金糸で刺繍された、白いマントをはおった姿は、神々しいまでに美しい。
「シャーロット様だ!」
「本物の精霊姫みたい……!」
ざわざわと、村人たちも騒ぎ出す。
「どうしよう……」
「続けていいのかな?」
困り顔で、ざわつく客席を眺める、舞台の上の子供たち。
と、その時。
「ここは、精霊にとって神聖な場所。みな、騒いではなりません!」
シャーロットが凛とした声で、台本に無いセリフを告げ。
すっと人差し指を伸ばした左手を、口元に持って行く。
「しーっ……」
客席に向かってにっこりと、精霊姫は微笑んだ。
「あうっ!」
「可愛い……!」
次々と、ハートを打ち抜かれた村人たち。
客席は一瞬で、静まり返った。
「うっ……!」
貴賓席のウィルフレッドも、もちろん被弾した一人。
「ひどいよ、ロッティ……そんな愛らしい顔と仕草を見れるのは、きみの夫――わたしだけの特権だろ!?」
左胸を右手で押さえ、舞台の愛する奥方に向かって、悲痛な顔で左手を伸ばす。
「はいはい、そーですね。大人しく、続きを見ましょうね!」
『絶対この人の方が、役者向きだよ!』
前世の『ロミジュリ』とかを、ぼんやり思い出しながら……悲劇役者さながらの主人に、ミックは深くため息を吐いた。
舞台の上では、精霊姫が子供達に、畳んだ布を渡していた。
「これは広げれば、いつでもどこでも、ご馳走が現れる『魔法のテーブルクロス』。お土産に差し上げます」
「わぁっ――これ、夕べの?」
「ありがとう、精霊姫!」
「お家までの帰り道は、子ウサギたちが皆で、案内してくれますよ」
白と黒、それぞれ長い耳付きの帽子と、ふわふわのミトンを付けた二人に加えて。
子ウサギに扮した子供たちが次々と、踊るように舞台の上に出て来た。
「ありがとう、さようなら!」
「さようなら、精霊姫!」。
手を振る兄と妹に、優しく手を振り返した精霊姫が、くるりと客席に向き直り、
「こうして二人は、無事にお家に帰りました。
野ウサギ森に住むわたくしが、この森と民――皆さんを、お守りしています……いついつまでも」
両手を胸の前で組み、微笑みながらゆっくりと、最後のセリフを語り終えた。
幕が下りた舞台に向かって、次々と立ち上がった村人たちが、惜しみない拍手を送る。
「良かったねぇ!」
「最後のお言葉――涙が出ちまったよ!」
ぴーっ……!
拍手だけでは飽き足らず、指笛を鳴らす者、だんだんと足を踏み鳴らす者。
と、すぐにまた幕が開き、舞台の上にはずらりと並んだ、出演者たち。
その前に歩み出たヴァイオレット先生が、客席に向かって声をかける。
「皆さん、最後まで楽しんで頂けましたか!?」
「おぉーっ!」
「もちろんよー!」
口々に上がる返事を聞いて、嬉しそうににっこり。
「実は『精霊姫』役のジュディが熱を出して、今日は出演出来なくなりました。
代わりに急遽、セリフを覚えて、あり合わせの衣装で、代役を見事に演じてくださった――領主夫人、レディ・シャーロットに、皆さん拍手を!」
割れんばかりの拍手の中、先生に促されて、中央に歩み出るシャーロット。
拍手に答えて、優雅にお辞儀をしてから、すっと貴賓席を見上げる。
目と目が合って、恥ずかしそうに、嬉しそうに、微笑みかけた数秒後、
「ちょ、ウィルフレッド様……!」
従者の声を背に、貴賓席から飛び落りた領主が、客席の間を走り抜け、脇の階段から舞台に掛け上がって来た。
「ウィル……?」
少し息を切らせたウィルフレッドが、驚いて目を見開く奥方の前に立つ。
間近で見れば、マントはユナが持参した、シャーロットのショールだし、頭のベールはどうやらレースのテーブルクロスを、ピンで留めた物らしい。
『急ごしらえの衣装でも、精霊姫そのもの――でも髪がちょっと、寂しいかな?』
少し首を傾げたウィルフレッドが、自分の上着のボタンホールから白薔薇をすっと抜き、シャーロットの左耳の上に挿す。
「うん、良く似合う」
目を細めながら、ほっそりした左手を持ち上げ、
「野ウサギ森の精霊姫、わたしは兎穴の領主です」
白い手の甲に、キスを落とした。
「きゃーっ!」と客席から上がった、悲鳴のような声を気にも留めず、ほんわり縁が染まった紫の瞳だけを見つめて、領主は言葉を続ける。
「気高く美しく優しい姫君、これからもこのヘア領を――わたしと一緒に、守って頂けますか?」
暗い客席に見守られ、小ぶりの灯油シャンデリアが、明るく照らす舞台の上。
『まるで……兎穴に着いた夜みたい』
深い青灰色の瞳に見下ろされて、シャーロットは、篝火に照らされた夜を思い出す。
強がっていたけれど、本当は不安で胸がいっぱいだった、あの夜。
でもこの、どこか懐かしい瞳を見上げた時から、ウソのように不安が消えて。
兎穴で過ごす日々、代わりに心に、降り積もっていったのは。
「はい……領主様」
あの夜を、様々な事件を出来事を越えて。
いつの間にか、心から愛するようになったひとに、そっと領主夫人は答えた。
「ちょっと今の――プロポーズ!?」
「いや、もうお二人、結婚してるし!」
「そんなのいいんだよ! はぁ~っ、ロマンチックだねぇ!」
うっとりと舞台を見上げる村人たち。
プロンプター役で控えていた舞台袖で、思い切り拍手をした後、
『見た? 見た!?』
手振りと口パクで、舞台下に来たミックに尋ねる、大興奮のユナ。
「はいはい、見ましたよ」
苦笑しながら、頷くミック。
ぴょんぴょんと、子ウサギみたいに跳ねながら、領主夫妻を取り囲む生徒たち。
それを楽しそうに並んで見ている、ヴァイオレット先生とジェラルド。
誰もがまるで、夜空の星座のように、きらきらと繋がって、光り輝いて見える。
これからの日々、どんなに暗い夜でも、わたくしを導いてくれる光。
その中でも、ひときわ輝く……
「北極星がウィル、あなただわ」
精霊姫は、愛する領主様の腕の中で、それは幸せそうに微笑んだ。
『野ウサギ森の精霊姫』完結しました。
シャーロットが好き過ぎて、ポンコツになりがちなウィルフレッドですが、最後はかっこいい所も見せられたでしょうか?
拙いお話ですが、おとぎ話と昔の劇場の雰囲気を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
ブックマークや評価(ページ下部の☆☆☆☆☆)も、よろしくお願いいたします。
今後は、元悪役令嬢アナベラのお話等を予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります!




