悪役令嬢って何で出来てる?6
「わたしがいくら『イヤだ』って言っても、全然聞いてもらえないから。シャーロットお姉様に相談して、ウィル兄様か、ポートリアの伯母様――お母様のお姉様から、説得してもらおうと思ったのに……」
「ふうむ……ギボン子爵夫人はいささか、思い込みが、激し過ぎるようじゃな?」
苦笑いしながらの、魔法使いの感想に
「そうそれっ! 『できるだけ身分の高い相手と結婚=娘と自分の幸せ』って、思い込んでるの! 大体イーサン様が、こんな子供と結婚なんて、考えるわけないでしょ⁉ それに、イーサンお兄様には、気になってる人が……」
「ほぉっ、誰じゃな?」
「あのね……ナイショよ?」
ダンスの途中から、『アナベラ、さっき一緒にいた――淑やかな、蜂蜜みたいな髪のレデイは?』と、ちらちら気にしてて。
『よろしかったら、次のダンスを』とお誘いしたけど、『いえ! わたしは、ただの家庭教師ですから』ときっぱり断られて、密かにダメージを受けていた相手。
「わたしの新しい家庭教師、ソフィー・セロウ先生!」
確信に満ちた声で、アナベラは答えた。
「イーサンお兄様は『一見儚そうな美人で、実は自立した女性』がタイプ……って、シャーロットお姉様や、ユナが言ってたし。わたしとは全然違うけど、先生はぴったりでしょ?」
「なるほど、なるほど……それはますます、子爵夫人の計画を、阻止せんとな?」
うむと腕を組んだ、魔法使いが
「ここはひとつ……『ギボン子爵にお願い』をしてみるのが、得策かと思うが?」
「『ギボン子爵』って……お父様⁉」
びっくりして、目をまん丸にした、元悪役令嬢に
「その通り! 暴走した『お母様』を、諫めてもらう役目は、やはり『お父様』が、適任じゃろう?」
にっこりと、魔法使いのトム・エバンズは、会心の笑みを見せた。
魔法使いに、手招きされたアナベラは、部屋の隅にある、古い姿見の前に。
「よいか? 今からこのディスプレ――鏡を、『ギボン子爵の夢の中』に、繋げるからの?」
「夢の中⁉ そんなこと出来……あっ!」
鏡の奥にぼんやりと、浮かんでくる顔。
「さぁ、話しかけてごらん?」
とんっと背中を押されて、2、3歩進むといつの間にか、異国風の家具や置物で飾られた部屋の中で、父親と向かい合っていた。
「えっと……お父様? アナベラです」
恐る恐る声をかけると、『ん?』と眉を上げ、ぱちくりと目を瞬いて、
「アナベラ⁉ おまえの夢を見るとは――初めてでは、ないかな?」
今まで挨拶以外は、数える位しか話した事のない、いつも気難しい顔の父が珍しく、弾んだ声を上げる。
それに助けられて
「お父様、わたし――そんなに早く、社交界デビューなんて、したくないの! まだやりたい事や、勉強したい事が、たくさんあって。今ソフィー先生に、異国の植物について習っていて――いつか、世界中を旅して、本物を見てみたいって、夢があるの! お願い……お父様からお母様に、『まだ早い』って、言ってください!」
一息に思いを伝えると、父親は、驚いた顔で固まっている。
「……そうか。おまえは、『異国の植物』に、興味があるのか?」
「ええっ! アーモンドの花、つい先頃、満開だったでしょ? ずっと東の小さな島国に、そっくりのお花があるんですって! えっと、『さ』……」
「『サクラ』だろ?」
さらりと答えた『お父様』は、初めて見る、楽しそうな笑顔だった。
「……分かった。お母様には、わたしから、よく話しておく」
「お父様! 分かってくださったのね⁉ ありがとう!」
「わたしも若い頃、異国を旅するのが、好きだったよ。サクラの島の手前、チャイナまで、行ったことも……」
その時、懐かしそうに話していた、父の姿がぼんやりと、薄れ始めた。
「アナベラ……今度ゆっくり、話を……」
「わたしももっと、もっとお話聞きたいわ、お父様……!」
思わず、手を差し伸べると
「アナベラッ! 触っちゃダメだっ!」
後ろから、ナツの声が飛んだ。
「お父さんが夢から、覚めかけてるんだ。早くそこから、脱出しないと!」
「脱出って、どうやって⁉」
隅の方から、家具や壁が、どんどん薄れて消えて行く、部屋の中。
ぴーっ……!
高らかに、一声鳴いて。
舞い降りた、ふわふわの、真っ白な小鳥――いや、子供が乗れるサイズに、膨らんだ大鳥。
「えっ、アレックサ⁉」
その背中の鞍から、ナツが手を伸ばす。
「アナベラ! 掴まって……‼」
ナツに引っ張り上げられて、身体の前に座った瞬間、
「ぴーっ!」
流れ星のように、アレックサは飛び立った。
どこまでも真っ暗な、闇の中。ふわりと飛ぶ背中の上で
「トムおじいさん――ううん、魔法使いってすごいね! アレックサが、こんな大きくなるなんて! お父様の夢の中にも、入れたし……ずっと昔から、魔法を使えたのかな?」
干し草の甘い香りのする、背後のナツに尋ねると
「あのね……昔、まだ普通の人間だった時。トラ――何とか言う、大きな荷馬車を走らせてたら、急に具合が悪くなって……酷い事故を、起こしちゃったんだって」
少し沈んだ声で、返事が返って来た。
「えっ、じゃあ――その時に1度、死んじゃったの?」
「うん……。魔法使いだけじゃなくて、他にも事故に、巻き込まれた人がいて。その人達が今度こそ、幸せになれるように――『観察者』の魔法使いになって、見守ってるんだって……」
穏やかな、ナツの声を聴きながら。
ふわふわと揺れる、ゆりかごのような背中に座っていたら、だんだんと瞼が、重たくなって。
「おやすみ、大好きなアナベラ」
だれかに頬に、優しくキスされて、それから……。
読んでくださって、ありがとうございます。
魔法使いの過去は、番外編1『星月夜の誓い』とリンクしています。
合わせて読んで頂けると、嬉しいです。




