56話:アスラの過去
2021/12/4 16:00公開
2022/8/31 大幅改稿更新
ダークエルフ族と獣人族の怪我人全員が、テイムミートを食べ終えた。
その結果、欠損していた腕や足、失明していた視力、病気までもが元ある状態に完治していた。
正直これは危険過ぎる。
いや、これはテイムした瞬間のみに起こる回復性能だと考えれば、そこまで危険ではないか……?
だが持病なども全て完治させたのは、流石に俺の許容量をオーバーしたぞ。
さっきのダークエルフの男が言いかけていたことはこれだ。
怪我だけはなく、病気までも回復させるとはな……。
いったいどうなってるんだよ。
「……もう怪我人はいないな?」
見渡すが、怪我をしている奴は一人もいない。大丈夫か……。
「それと、最初に言った通り俺はアンタたちをどうこうするつもりはない。これはあくまで俺のおせっかいだ。だから俺に恩義を感じる必要は無い。そしてできればこのことはここだけの秘密にしてくれ。それじゃあ失礼する」
それだけ言って小屋の外に出る。こう言っておけば大丈夫だろう。
ここでやることはやった。次は獣人族の女たちを、住んでいた場所に戻してやる大仕事だな。
とは言っても……空を見れば、日が沈むまで長くはないようだ。護送の仕事は明日になりそうだ。
「帰るか」
大怪我をしていた奴らの治療を終えて、俺たちは拠点へと戻る。
▽ ▽ ▽
拠点に戻り、ベヒーモス、レックス、ブラウンゴートのメルルとモルダに出迎えられる。
ペット……と呼ぶにはあまりにもアレだが、悪くない気分だ。
「主よ、これからどうする?
」
「そうだな、今日は焼いたテイムミートでも作るか。材料の肉を集めてきてくれるか? 霞も食べたいんだろ?」
「うむ。主はよくわかっているではないか。ではお前たち、肉を集めに行くぞ」
「「はっ」」
霞の指示で共に狩りに向かったエリザベスとアルだが……あいつら少し働かせ過ぎてる気がするな……。
村のほうはなんとかなりそうだし、暫くはこっちで休息を取らせてもいいだろう。
「で、残ったのはお前達か」
アトラとアスラ、ベヒーモスにレックスとメルルとモルダが場に残っている。
「私たちが行っても過剰になってしまうであろう」
「私はキョータローと一緒にいるほうがいいわぁ」
アスラの言う通り、霞一人でも十分だろうが、そこにエリザベスとアルも一緒だ。どれだけの肉が集まるのやら。
アトラの懐き具合はどうしたもんかな……。
蜘蛛姿の状態で懐かれるならそっちのほうが良かったんだが、こうして人の姿をしてる状態で懐かれると、何故か抵抗感がある。
別に嫌いってわけじゃないんだが、何とも言えない違和感がぬぐい切れない状態だ。
見た目は美少女だし、アラクネの下半身も美しいとは思うが……まぁこういうのは時間が解決してくれるか。そう思おう。
「とりあえず家に入るか」
全員家の中に入り、俺とアスラは椅子に座る。
「アスラ」
「なんぞえ」
「悪いが明日からまた、獣人たちを乗せて運んでもらいたい」
「主様がわらわに断る必要はないぞ。思うがままに命令するがよい」
「今回は嫌でも実行してもらうが、嫌なときは嫌だと拒否してくれて構わないからな。そうすればまた別の手段を考える」
何を今更なことをと自分でも思っている。だがそれでも、こいつらの意思はなるべく尊重したい。
俺の言葉を聞いたアスラがクスリと笑っている。
「わらわは優しい主を持てて幸せぞ」
笑顔でそうは言っているが、真意が読めない。どうにもアスラの喋り方からして、とてつもない違和感を覚える。
霞と同じように、いつどこかに消えてもおかしくないタイプだからな……。
何を考えてるのか本当に分からない人物だ。
見た目や話し方から、間違いなく高貴な出だと思わせるが、アスラは一言も自分のことを語らない。これを機に、少し聞いてみてもいいかもな。
「なぁ、アスラはどうして今までその姿になれなかったんだ?」
「……」
アスラは俺の問いに答えず、俺を見据えている。もしかして地雷だったか……?
「悪い、答えにくいなら答えなくてもいい」
「いや、丁度良い機会じゃ、ここらで話しておこう」
アスラの雰囲気が神妙なモノに変わった。かなり真面目な話になりそうだ。
「なに、そんな長い話にはならぬよ。昔、わらわの子を勇者に殺されてしまってな、怒り狂ったわらわは勇者に襲い掛かるも敗れ、そのときに神気を失い、気がつけばこの地にいたのじゃ」
「……そうだったのか」
勇者か……もしかして俺と同じ異世界から召喚されたやつなんじゃないか?
だとしたら同じ異世界人として、かなり気まずい。
いや、異世界は異世界でも、地球とは違う別の異世界から召喚されたんだと無理矢理納得しておこう。
しかしアスラに子供がいたというのは少し驚いたな。あの大蛇ならいても不自然じゃない。そこはいい。
だが、その子供を勇者が殺して、アスラは倒され神気を失うってのは、一体どういうことだ?
「……なんで、子供は殺されたんだ?」
「子もわらわと同じ白き蛇であった。神気を纏う子を、勇者はレア素材と称して殺し、肉や皮、ありとあらゆるものを奪っていきよった」
「……っ」
絶句。信じられない。ありえない。言葉を失った。
だが同時に、その勇者の考えも理解できてしまう自分が憎くなった。だが、
「…………っはぁーーーーーーーー……とんだクソ野郎だな、その勇者は」
背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
こう言えるのは俺がアスラの仲間だからだ。もし俺が勇者側だったら……状況にもよるが、おそらくこうは言えなかったかもしれないな。
「一応聞いておくが、対話でどうにかできなかったのか?」
対話ができるのであれば、どうにかできた可能性はあったんじゃないか?
仮にも言葉が通じるなら、可能性は極僅かでもあったかもしれない。
「無駄よ。人族の勇者は、わらわたちをただの魔物としか見ていなかった。話の通じる相手ではなかったのだ」
「なるほどな……」
あくまで極僅かな可能性の話だ。その勇者の話を聞いて尚、そんな可能性を考えるのは思考の無駄だった。
「じゃあ勇者を見かけたら殺しちゃいましょう」
アトラが隣で物騒なことを言いだした。
マズイな、二重の意味で、仲間以外は簡単に切り捨てそうな雰囲気がある。
矯正させないといつか取り返しのつかないことになりそうだ。
「アトラ、そういう短絡的な考えはダメだ。それは巡り巡って自分の首を絞めることになる。気にくわないからといって殺すのは……あくまで最終手段だ」
「キョータローがそう言うならそうするけどぉ」
アトラとしてはつまらなさそうだが、ここは無理矢理にでも理解してもらう。
「もう遥か昔の話よ、主様が気に病む必要はないゆえ、そんな顔をするでない」
俺の好奇心で胸糞悪い話を思い出させ、話させてしまい、あまつさえ気を使わせてしまった。俺も大概クソ野郎だな……。
「ところ主様、気にならんか?」
「何がだ?
「わらわを孕ませた者の存在じゃよ」
「ブッ!?」
アスラがとんでもないことを言いやがった! この状況でなんでそんな言葉が出てくるんだよ!
「フフ、相手はおらんぞ。わらわの魔力の結晶で産み出した子じゃ」
アスラも簡単に答えたが……単一生殖なのか?
神気とか言ってたし、神から子を授かったとじゃないのか。
「そ、そうか、伴侶はいないのか」
動揺してなんて答えればいいかわからず、当たり障りのない返答をしてしまった。
多分これがいけなかったんだろう。
「そうじゃ。わらわには伴侶がいない。だから、の?」
アスラが立ち上がり、空いている俺の隣に座りなおした。
「わらわの伴侶となって子をつくらぬか?」
「何言ってんだアスラ!」
ヤバイ、動けない。ガッチリとアスラに腕を組み敷かれ、身動きが取れない……!
「どうじゃ? 悪くない話しではないか?」
アスラが目を細めて俺を見ている……勘弁してくれ。俺はこの世界に骨を埋めるつもりは毛頭ない。ましてや恋人や妻を作るつもりも、それこそ子供を作るつもりもない。冗談じゃないぞ……。
正直アスラは魅力的な女だ。こんな状況でなければ結婚したい相手だと思ったかもしれないほどだ。
だが今はそんな状況じゃない。性欲に流されて子供を作ったんじゃ、ロクな結果にならないのは目に見えている。
「おろ?」
アスラの体に白い糸が巻き付かれている。
この流れは覚えがあるぞ。
「な……」
後ろでは物凄いプレッシャーを放っている気がするアトラがいた。
「……アトラ殿、これはちょっとした戯れ――」
「なにしてんのよぉーーーーーー!!」
グイっと糸で引っ張られたアスラは、アトラにそのまま簀巻きにされて、物凄い勢いで外に投げ捨てられた。
あれが生身の人間だったら間違いなく死んでいたであろう威力だ。
「もぅ、油断も隙もないんだからぁ」
ぷんぷんと怒っているアトラだが、次は俺を両脚で持ち上げて、そのまま背中に乗せた。
相変わらずアトラの背中はモフモフしていて心地よいが……。
「んふふふふ」
もしかしてアトラは俺を自分の物だと主張しているのだろうか……いや、今までのアトラの行動を振り返ればそうかもしれない。
うーん、好かれるのは悪い気はしないが、本当にどうしたもんかね。
帰るときのことを考えると、やはり早急に番を用意しておくべきか……。




