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52話:説得失敗

2021/12/1 20:00公開


2022/8/31 大幅改稿更新




「いや待て、なんで俺が?」

 それなりに力を持っている俺が指名されるのは、まぁわからなくもない。

 だが一応、その口から俺が選ばれた理由を聞いておきたい。


「理由は二つよ。まず一つ、この森で自由に動けるのはアンタくらいだからよ」

 それはまぁ、そうかもしれないな。上位種を抱えている俺なら、多少の荒事くらいならいなせるだろう。だが、俺が行くメリットが無い。

 余裕があれば俺だって人助けということで動いてやりたいが、今の俺には時間が無い。早く元の世界に帰らなければ、宝くじの換金期限が過ぎてしまうタイムリミットがある。


「二つ目の理由は、調査先で元の世界に戻るヒントが見つかるかもしれないわよ」

 ……そこを突かれると痛いな。確かにその可能性は有るかもしれない。だが、無いかもしれない。


「……ヒントが見つかるという根拠はあるのか?」

 そう言うからには何かしらの根拠があるんだろう。それを聞かせてもらおう。


「根拠はないわ!」

 堂々と言い切りやがった。


「どうする、主?」

 ニヤニヤと俺の顔を霞が覗き込んできた。


「そうだな……調査に行く理由やメリットが俺にはないんだが、獣人たちを村元に返す仕事がある。そのついでに調査をするくらいならいいか」


「では決まりじゃな」

「決まりねぇ」

「そうか」

 アスラとアトラ、霞も同意したところで、俺も気持ちを切り替え腹をくくる。


「だがこの村の復興は大丈夫なのか?」

 今は俺たちがいるから成り立っているように見える。そこで俺たちが抜けてしまえば、たちまち危険な状態に戻るんじゃないか?

 結界があるとはいえ、結界の外に出て確保する食料問題は死活問題だろ。

 畑はほとんどがダメになってるようだしな……。


「それは問題ない。ウンディーネ様が引き継いでくれるそうだ」


「そうよ、後はアタシに任せて行ってきなさい!」

 既に話をついてるようだな。ツインディーネが胸を張ってそう言ってるが、本当に大丈夫か……?


「主よ、やつもウンディーネだ。以前の私と同等の力を持っている。任せておいて問題ないだろう」

 霞がそこまで言うくらいだ、多少上位種が攻めてきたところで、結界で防げるだろうし、食料調達や水問題も大丈夫か。

 また憑き物が攻めてきたら分からないが、そうそう無いよな……?


「なんかアンタのほうが強いみたいな口ぶりが気に入らないけど、そういうこと。だからそっちは任せるわよ!」

 それだけ言ってツインディーネはその場から消えた。別の村に行ったのか?

 


「……キョータロー殿、此度の件、本当に感謝している」

 いきなり族長が頭が頭を下げだしたぞ。感謝している、と言われてもな……。


「そして我が身内が多大な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないとも思っている」

 族長の声からは苦しそうな雰囲気を感じる。それだけ心を痛めてるってことかね。

 同じ村の者が大災害を起こし、恩人に危害を加え、殺害しようとした――確かに俺だったら考えるだけで胸が苦しくなるな。心中察するぜ。


「いえ、頭をあげてください。心中お察しします」

 俺からかけてやれる言葉はほとんどない。余計なことを言って面倒事を引き起こしたくもないしな。何が相手の地雷を踏むかも分からない内は、余計なことは言わないほうがいい。


「詫びと言ってはなんだが、これを受け取って欲しい」

 族長から丸められた紙……いや、これはいわゆる羊皮紙か? 中身は宝の地図だったりしてな。受け取っておこう。


「これは?」


「紹介状みたいなものだ。これを持って見せれば、他の村や集落でも、問題なく受け入れてもらえるだろう。何か問題が起きたときに使うといい」


「なるほど、ありがたく頂戴します」

 族長の気遣いに感謝し、深々と頭を下げる。これがあれば他の村でも、余計なトラブルを起こさずに済みそうだが……。

 

 こんな紙切れ一枚でそこまで効果があるほど、この族長は偉いのか?

 案外、俺が思っているよりも大物なのかもしれないな。その大物に借りを作れたのは大きかったか。


 よし、ここからは俺の話だ。ジェニスに聞かれるのはまあり好ましくない。外してもらうぞ。


「ジェニス、先に外で待っててくれるか?」


「ん? あぁ、わかったぜ!」

 ジェニスは素直に俺の言う通り、先に外に出て行ってくれた。


「さて族長、大事な話があります」

 村の復興について、俺は族長に二つの提案をする。




 ▽   ▽   ▽




「さて、族長とも話はついたし、これからどうするか」

 族長と別れて外の空気を吸う。何かを焼いていたのか、煙の臭いがするが、なんだか懐かしい気分だな。

 子供の頃、近所の畑で何かを燃やしているときによく嗅いだ匂いだ。


「……なぁ大将! オレも連れてってくれよ!」

 ジェニスが俺の目の前で瞳を輝かせている……。

 ジェニスならそう言うと思っていた。だが。


「いや、ジェニスはここに残るべきだ」


「えっ……」

 希望に満ち溢れていたジェニスの表情が、一気に絶望の表情に変わった。


 命の保証ができない旅に同行させる気にはなれない。まだ嫁入り前の大事な体だ。下手に連れまわしてキズモノにしたんじゃ、父親のバルトンに合わせる顔がない。

 ジェニスの料理の腕は魅力的だが、それだけだ。それだけのために連れまわすのは、やはり無理だな。


「だ、大丈夫だって! オレも戦えるし、料理だって作れる! 役に立つぜ!」

 戦えないこともないようだが、ついてきて戦うよりも、こっちで炊き出しをやってくれていてたほうが、総合的に見ればプラスだ。

 これがジェニスの気持ちを無視した考えだというのは理解している。それを推してでも、ジェニスを連れていくことはできない。

 それを話すのも面倒だが、説得するには話すしかない。素直に聞き入れてくれるといいんだがな。


「だが――」


「連れてってやってくんねぇかな」

 誰かにガシっと肩を掴まれたと思ったら、バルトンだった。

 嫌なところで現れたな……。


「いやいや、大事な一人娘だろ」


「だからだよ」

 バルトンはそう言ってニヤリとしているが、一体何を考えてるんだ……。


「オヤジだってこう言ってるんだ! なぁ、頼むよ……」


「いや、ここに残って――」

 普段強気なジェニスが、瞳をうるわせて俺を見ている。それを霞はニヤニヤしながら俺を見ている……。

 

 頼みの綱だった父親のバルトンは、娘が男と危険な場所に行くことを許してしまった。

 ここからどうやっても巻き返すのは無理だろう。無理に断ってもジェニスはついてくる勢いだ。


「主の負けだな」

 霞が俺の敗北宣言を口にしやがった。クッ……。

 

「……っ、はぁぁぁぁぁーーーーーー……本当に良いんだな?」

 やりきれない思いを吐き出し、意味のない最後の忠告を聞いておく。


「っ! あぁ、いいぜ!!」


「娘を頼んだぞ!」

 ちょ、バルトン、そんなに背中を叩くな! ……はぁ。


 こうして不承不承ながら、ジェニスという新しい仲間を加えることになってしまった。

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