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40話:例のあれ

2021/10/13 17:00公開


2022/8/30 大幅改稿更新




 さて、元の世界に帰るという変わらぬ決意をしたところで、さっそく例のあれを確認だ。


「主よ、一体何を作らせていたのだ?」


「これは霞にも大いに関係がある施設だ。力を貸してくれ」


「主が望むのであれば何でもやるが、一体何をさせるつもりだ?」


「ちょっと力を借りるだけだ」

 これは霞じゃないとできないことだ。霞が仲間で良かったと心から思う。




 ▽   ▽   ▽




「お、おかえり大将」

 家の扉を開けるとジェニスが迎えてくれたが……誰かが待っていてくれるというのは、存外悪くないものだな。


「ただいま。ジェニスはもう見たか?」


「オヤジが作ってたやつか? アレって何に使うんだ?」

 ジェニスも利用方法は把握していないようだな。


「説明するよりも見てもらったほうがいいな。飯はその後だ」

 ベッドの横に新しく取り付けられたドアを開け、増築された部屋へ入室だ。


「また扉があるな。この場所はなんだ?」

 霞が不可解そうに見ているな。今説明してやろう。


「ここは服を脱ぐ場所だ。本命はこの先――」

 脱衣所に入り、その先の扉を開ける。

 説明したよりも広いが、広い分には文句はない。バルトンはいい仕事をしてくれたようだ。


「ここだ」


「四角い木の箱か……?」


「大将、ここで料理でもするのか?」

 ……どうやらコレは馴染はないようだな。


「これは風呂だ」


「フロ?」

「ふろ?」

 おいおい、風呂じゃ通じないのか? 海外だと……バスか?

 いや、これも通じそうにないな。浴場……湯あみ……入浴……どれもピンとこないな。シンプルにいくか。


「ここで体を洗ってから、この箱の中に入ったお湯の中に浸かる場所、俺はそれを風呂と呼んでいるんだが、浴場とか入浴とかで通じないか?」


「えっ、大将……オレに欲情してるのか……?」

「違う」


「聞いたことがあるな、人族の貴族たちが大浴場で体を洗い流しているらしいが、これがそうなのか」


「ま、大浴場とは言えないこじんまりとした場所だが、人一人入るには十分すぎる大きさだ」

 浴槽の広さは縦横どちらも、俺が体を存分に伸ばしても余裕がある広さだ。


 洗い場もそうだな。二、三人くらいなら一緒に入れそうだが――そうか、やりやがったなあのオヤジ。

 俺とジェニスが一緒に入ることを想定して、この広さにしたんだろうな。


 余計なことを……。


「……そういうことか」

 どうやら霞は俺が求めていることを理解したようだ。話が早くて助かる。


「ここで私が裸になって主の体を洗えばいいのだな?」

「違う」


「なんだ、違うのか?」


「どうしてその発想が出てきた」


「聞いた話では、貴族は大浴場で女中に体を洗わせているらしいぞ」

 そういうことか……これは霞を責められないな。


「俺が求めているのは、この浴槽……箱の中に、霞の生成したお湯を入れてもらうことだ」


「なんだ、そんなことでいいのか」

 理解した霞は空中に水を生成し、それを浴槽の中に落としてくれた。

 浴槽からは湯気が立ち上っているが温度の方はどうだ?


「一応聞くが、俺が入っても問題ない温度だな?」


「当然だ。ヌルければ言ってくれ」

 一応浴槽に手を入れて温度を確認――少し熱いくらいだが、問題はないな。完璧だ。


 欲を言えば石鹸やシャンプーが欲しいが、無い物は仕方ない。いや、あるかもしれないか……?


「ジェニス、体を洗うときに、何か使ったりしていないか? 例えば石鹸とか」


「セッケン? それは知らないけど、シャボンの実なら使ってるぜ」

 石鹸は無いようだが、名称からそれに近い道具はあるようだな。なら良かった。


「みと言うと……木の実の類か?」


「そうだぜ。その木の実を水に入れて潰すと泡が出てくるから、それを布に付けて体を拭くんだ


「なるほどな。それは簡単に入手できる物なのか?」


「ああ、森に入ればそこら辺にあるぜ。丁度持ってきてるのがあるから見せてやるよ」

 持ってきてるのか、現物が見られるのは助かる。


 ……ん? 待てよ? 俺が風呂場を作らなかったら、ジェニスはどこで体を洗うつもりだったんだ?

 水場までは、この森じゃあ危険だろ。実家に帰るのか? それならシャボンの実は持ってこないだろう。


「主よ」


「ん、どうした?」


「お湯に浸かってどうするんだ?」


「体を休ませるため、だな」


「お湯に浸かって休まるものなのか?」


「体と心がリラックスするぞ」


「そういうものなのか」

「そういうものだ」


「大将、持ってきたぜ。これがシャボンの実だ」

 霞との会話のキリの良いところでジェニスが戻ってきた。気を使わせたか?

 ジェニスの持ってきたシャボンの実というのは、黒くて丸いな。ピンポン玉より少し小さいくらいか?


「これ借りるぜ」

 ジェニスが木の桶を手に取って、浴槽のお湯を汲み上げた。濡れないように気をつけてくれよ。


「この実を浸して砕いて擦ると……ほら、白い泡が出てきたろ」


「へぇ」

「ほう」

 これは見事に石鹸の泡だな。衛生問題に関してはなんとかなりそうか。


「よくやったジェニス。これで問題は解決しそうだ」


「お、おう。大将の役に立てたならよかったぜ」


「ところで主、どこに排水されてるのだ?」


「確か外に掘ってある穴に排水されてるはずだ。そう大量に流すわけじゃないし、そんな害のある水でもない。そのまま乾燥して消えるだろうよ」

 本当は浄化した上で川に排水したいところだが、そんな設備を用意するのは不可能だ。


「それならば水のエレメントを出そう。そいつに排水を吸収させ、浄化させるのはどうだ?」


「そんなことが可能なのか?」


「私たちウンディーネは水を浄化し、清潔に保つのが役目だ。それはエレメントも変わらない」


「そうか。ならば頼めるか?」


「頼まれよう」

 思わぬところから解決策が現れ、後顧の憂いがなくなった。これで遠慮なく使えそうだが――


「……その水のエレメントは嫌がったりしないのか?」


「この程度の排水なら、魔物の死体で濁った池や、毒沼を浄化するのに比べれば気にもなるまい」


「……そうか」

 ウンディーネ一族はなかなかハードな仕事をしているようだな……ダークエルフたちに崇められている理由がよく分かった気がする。


「よし、風呂の紹介も済んだ。飯にするか」


「そうだな」


「今日も腕によりをかけたから、期待してくれていいぜ!」

 また一歩文明的な生活に近づくことができた気がする。

 元の世界と比べればまだまだだが、それでもそれなりに満足のいく環境が整いつつあるな。

 風呂に関しては、水のエレメント以外での方法も考えないといけないな。

 上水下水の設備が必要になるだろうし、そう簡単な話じゃない。

 専門的な知識が必要になるだろうし、素人の俺が下手に手を出してもなぁ……。


 ま、今は考えるよりも飯だ。ジェニスの手料理を頂こう。

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