32話:歓迎の宴
2021/10/10 17:00公開
2022/8/29 大幅改稿更新
騒がしい理由は外に出たことで理解した。
大勢のダークエルフたちが家の前にいるのがその理由だが、一体何しにきたんだ?
特に殺気立った様子もないし、俺を倒しにきたというわけでもなさそうだ。
周辺を警戒する為に、武装してるダークエルフがいるようだが、ダークエルフの目的が知りたい。
ジェニスたちは少し離れた場所で料理をしてるようだが、本当に何し来たんだ?
既に完成された料理が、丸い木のテーブルの上に並べられている。
持ってきた料理か? 丸いテーブルも持ってきたのか??
「あれがウンディーネ様とヴリトラをテイムした人族のテイマーか……」
「人族だな……」
「隣にウンディーネ様がいるぞ……」
「グラットンスパイダーもいる……」
「あの腕が四本あるやつはなんなんだ?」
「アサルトヒポポタマスまで従魔にしてるのか……」
気がつけばほぼ全員が俺たちに注目していた。
「主よ、注目の的だな」
「霞が隣にいるんだからそうだろうよ」
ダークエルフたちが左右に分かれ、その中から族長が歩いてきた。
ここにきた目的を聞けそうだな……まぁ大体察してしまったが。
「突然の来訪に驚かれたかもしれないが、許して欲しい」
族長にそんなことを言われたが、俺はここを借りてる身なのだから、そんな気にすることではないと思うんだがな。
「いえ、それで来訪の目的をお聞きしても?」
「我が娘シーリアと、他二名の同胞を救っていただいた礼をさせてもらいたい」
なるほど、それでジェニスたちが料理してるのか。俺が断ったらどうするつもりだったんだ。いや、先に始めることで断りにくくしたのか?
まぁなんにせよ、ここで断る理由もない。だが安全は大丈夫か?
「歓迎してくれるのは嬉しいですが、ここは結界の外であり危険な場所です。そんなところで大丈夫ですか?」
「キョータロー殿がいるここが一番安全であろう。ウンディーネ様や天災のヴリトラまでいるのだ、これ以上恐れるものなどありはせんよ」
族長は笑いながらそう言ってるが、周囲のダークエルフたちは緊張しっぱなしだろこれ。
俺がいるから大丈夫という楽観視してる部分も気になるが、ここで怪我人を出してしまえば、きっと俺の定住に反対する派閥が付け入ってくるだろうな。
歓迎会と言うものの、あのとき俺を睨んでいた奴らはいないようだしな。だからと言って、ここにいない全員が反対しているという訳でもないだろう。じっくり見定めていこう。
「ええ、可能な限り皆さんを護れるよう善処します」
この空間にも結界があればいいんだがな……待てよ? 霞もツインテウンディーネと結界を張っていたよな?
「霞、この周辺に結界を張ったりできないのか?」
「できるぞ」
「できるのかよ……早く教えて欲しかったぜ」
「聞かれなかったからな」
「それもそうだな。てことだ、結界を張れるか?」
「張れるが、従魔たちは外に出られなくなるぞ?」
「今は出る必要もないし問題ない。二度と出られないってわけでもないだろ?」
「そうだな。主がそう言うのであれば、結界を張っておこう。終わったら解除しておく」
そう言って霞が結界を張るために集中し始めた。
ん? 結界張れるなら、アリのときも張っておけば良かったんじゃないか?
アトラの成長のために、あえて張らなかったのか? ……まぁいいか。
「助かる。ということで族長、とりあえず安全は確保できたと思う」
「おぉ……流石はウンディーネ様ですな。ではキョータロー殿、こちらへついてきてくれるか」
「分かりました」
族長についていくが、どこに連れて行かれるんだ?
歩く先で人垣が割れて道ができ、その先には立派な椅子が二つ並んでいる。
その後ろには、あのゴブリンキングの首が飾られていた……。
もしかしてあの片方に俺が座るのか……?
椅子の前までやってきてしまった。
「これをどうぞ」
「あ、あぁ……」
椅子の後ろで控えていたダークエルフの男から、木彫りのコップを渡された。中には紫色の飲み物が入っている。
こういう場で出される紫色の飲み物から察するに、もしかしてワインか? 酒はあまり好きじゃないんだが、ここで断るのは無粋だな。
てか既に周囲からの視線が凄いぞ……。
いつの間にか隣には霞が立っているし、もう結界を張り終えたのか。
「皆の者! 今日はゴブリンキングを倒し、我が娘シーリアたちを救ってくれた英雄に感謝の意を示すべく、盛大な歓迎を行いたいと思う! 周囲には既にウンディーネである霞様が結界を張られているので安心するがよい! それでは、キョータロー殿と霞様に!!」
「「「キョータロー殿と霞様に!!!!」」」
どうやら霞の名は既に広まっているようだな。説明の手間が省けたか。
みんながグラスを掲げているということは、乾杯の音頭だったのか。俺も流れで掲げておこう。そして一口。
お、思っていたより美味いな。アルコールは確かにあるが、甘みが強く飲みやすい。これなら結構飲めそうだ。
ダークエルフたちは打楽器や笛、弦楽器などを使って曲を奏でている。民族音楽ってやつか? ケルト音楽に似ている気がするな。
さて、俺はこの椅子に座るべきかどうか。族長が座ってから座るべきか?
「キョータロー殿、座ってくれて構わない」
「……わかりました」
族長に促されてしまったな。とりあえず座っておこう。
座って一息。ふと人だかりができている場所を見ると、ベルカとシーリアがダークエルフたちに囲まれていた。
今回の準主役みたいなもんだろうし、色々話を聞かれてるんだろう。
「我が村で作ったワインはいかがかな?」
不意に族長に話しかけられた。話しかけられる分にはいいんだが、俺から話すことなんて何もないぞ……下手に話して不興を買うのもな。口は災いの元だ。
「ええ、とても美味しいです。これならいくらでの飲めそうですよ」
とは言ったものの、正直不用意だったな。ワインに何か盛られてたらヤバイ。
何かあれば霞がどうにかしてくれると思いたいが、まぁ今回は霞も特に何も言ってこないし、何もなかったんだろう。
あまりこうやって人を疑うことはしたくないが、異世界で他人の出した物を口にするのは、正直かなり勇気がいる。
自分の目の届く範囲で作られた物ならいいんだがな。まぁ俺の考え過ぎる悪い癖だなこれは。
「あぁ、初めて酒を飲んだがこれは美味いな。もう一杯貰えるか?」
霞もワインは褒めて催促している。隣に控えていたダークエルフの男が霞のコップに注いでいる。
「ウンディーネ様にも喜んで頂けて光栄です」
族長は村のワインをウンディーネに褒めてもらえて嬉しそうだな。
だが、霞のことをウンディーネと言ったり霞と言ったりしてるのは、何か思惑があるのか?
「私のことは霞と呼べ。主にそう名付けてもらったからな」
「……それは失礼いたしました、霞様」
「うむ」
自分の部下が他所のトップに命令口調で注意してると思うと、かなり俺の体に悪い。
そうなる原因の元は、やはり俺に自信が足りないからだろうな……。
どうにか自信をつけていかないと、プレッシャーでいざというときにヘマしそうだぜ。
早くどうにかしたいが、今はどうにもできない。頭痛と悩みの種だ。
……あぁ、ワインが美味いな。今は素直にこの状況を楽しんでおこう。




