余り語られない撮影所のあれこれ(89)「マルチカメラ撮影」と「リハーサル用語」
★「マルチカメラ撮影」と「リハーサル用語」
●知ってるようで知らない言葉
この言葉の違いを知っていますか?
「リハーサル」と「ドライ」と「カメリハ」と「ランスルー」と「ゲネプロ」
一般的には「リハーサル」という言葉は浸透しています。
しかし、他の言葉は演劇業界や映画やテレビ業界といった撮影現場でしか使いません。
今回はそんな撮影現場でしか使わないような似た言葉のてんこ盛りですww
尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。
●「マルチカメラ撮影」
今回ご紹介する言葉の一部は演劇業界でも使われる場合はありますが、特に撮影現場でしか使用しない言葉もあります。
私がこれらの言葉を初めて耳にしたのは、ドラマの撮影の時でした。
特に「マルチスタジオ」と呼ばれる撮影用カメラを数台以上使用して撮影できるスタジオのドラマ撮影で耳にしました。
「マルチスタジオ」とは、簡単なイメージとしてはテレビ局の撮影スタジオの様な場所で、タイヤの付いたカメラ台に大型カメラを据え付けた機材が幾台もあり、調整室や副調整室といったコントロールルームで撮影されたカットを集中管理し、画面の切り替えを適時行っていく撮影スタジオです。
通常の撮影とは違い、監督は調整室や副調整室で指示をする為に、「フロア」と呼ばれるセットの組まれた撮影現場には指示が直接届きません。
ですから「インカム」と呼ばれるマイク付きヘッドホンを着用しなければなりませんでした。
この様なカメラを数台使用して、様々な角度から捉えた映像によって数カットをまとめた1シーンを一気に撮影してしまう撮影方法を「マルチカメラ撮影」と呼びます。通称「マルチ」と呼ばれています。
「マルチカメラ撮影」で難しいのは、カメラ位置とスタッフやキャストの待機位置です。
何台ものカメラで何分も何十分も続く舞台演技の様な状況を撮影して、ひとつのシーンとして成立させる為には、カメラの移動や切り替えの際に他のカメラをはじめ照明等の機材が映ったり、待機しているキャストやスタッフが映ってしまうことがあっては台無しなので、入念にリハーサルを積み重ねる必要があるのです。
勿論、フィルム撮影ではなくてビデオ撮影でした。
フィルム撮影で以下の用語で使うのは「リハーサル」を「テスト」という言葉に変えて使用するくらいで他の用語は耳にした事もありませんでしたから、ビデオ撮影やデジタル撮影になってからの用語と言っても良いかと思います。
今ではデジタル撮影となって機材自体も軽くなったこともあり、カメラもリモートコントロールで動き、調整室でカメラの切り替えだけではなく動きまで操作が可能になっているスタジオもあるようです。
●「撮影本番までの専門用語」
さてここからは、そんなビデオ撮影やデジタル撮影の撮影現場に特化した言葉に限定してご紹介させて頂きます。
先ずは撮影本番までに使用される順をご紹介します。
「リハーサル」(「ドライ」→「カメリハ」→「ランスルー」→「ゲネプロ」)→「本番」
となります。
尚、「リハーサル」は通常は総称のみで使われる場合が殆どで、「ゲネプロ」も使用状況が特殊で余り使用していませんでした。
さて、次項からは順を追って各言葉の詳細を説明させて頂きます。
●「リハーサル」
「リハーサル」とは、本番前に行われる「練習」を意味します。通称は「リハ」。
既に一般社会にも浸透している言葉ですので多くを語るのは不要かと思います。
本番前の練習全てを総称していますので、以下の「ドライ」「カメリハ」「ランスルー」「ゲネプロ」も「リハーサル」と言ってしまっても問題はありません。
しかし、撮影現場としては、個々の呼び方による意味合いを持たせたいために個々の呼称で区別する方法を取っています。
使用例としては「『リハ』行きまーす!では、カメラを持ってくる間に『ドライ』から行きましょう」→リアルな現場使用例w「では『ドライ』から!」
●「ドライ」
基本的にはカメラを使用せずに、「リハーサル」を行うことを意味します。
正式には「ドライ・リハーサル」と呼ばれるものですが、「ドライ」と略して呼称するのが通常です。
通常の撮影現場では、「リハーサル」として先ず「ドライ」から始めます。
「ドライ」は、俳優やアーティスト等の被写体になるモノの動きを見て、その後のカメラアングルやカメラサイズ、照明や音響のセッティング、カット割り等を決めるためのものです。
勿論、「ドライ」を行う為には俳優に心情や状況や演出意図等の説明をしたり、カメラや照明等に演出的な調整も説明して行われますが、被写体の動きを見たいので行われる「リハーサル」というのがスタッフ側の意味合いになります。
ですから、被写体の動きに変化が生じるのであれば、再度「ドライ」を行う場合もあります。
但し、何度も何度も「ドライ」を行うのではなく、“とりあえず”で「カメリハ」に向かってしまう場合が殆どでした。
●「カメリハ」
「カメラ・リハーサル」の略称で、「ドライ」の後に実際にカメラをセッティングして「リハーサル」を行うものです。
この場合は、照明や音響といったカメラ以外のセッティングもある程度は進んでいますので、「カメリハ」ですので、カメラのポジションや動きの確認という側面での「リハーサル」ではありますが、「ドライ」の様な感覚で照明や音響などの微調整も同時進行的に行っていきます。
●「ランスルー」
「ラン」=「走り」+「スルー」=「抜ける」をそのまま言い表したのが「ランスルー」です。
「カメリハ」を終えたあとに、本番通りに流れをおさらいする場合に使われる言葉で、一般的には「通し練習」とか「通し稽古」とも訳されます。
カメラや照明や音響がほぼ決定していて、最初から最後まで「一通り流して試してみる」といった意味合いが強く、全てを本気で演じてもらう訳ではありませんでした。
ですから「ランスルー」の途中でも、演技者への演出を含めて各部署への打ち合わせ等も入る場合も多くありました。
何よりも衣装も小道具も着けなくとも「ランスルー」は成り立ちます。
しかし、ドラマや映画の撮影現場では「ドライ」や「カメリハ」の時点で既に衣装は着ている場合が当たり前でした。
●「ゲネプロ」
「ゲネプロ」は、ドイツ語の「ゲネラルプローベ」の略称で、単に「ゲネ」とも略されます。
また、「ゲーペー(GP)」とか「プローベ」と呼ぶ業界もあるようです。
「ゲネラル」=「総合」+「プローベ」=「厳密な検査」ですから「総合検証」と考えるのが妥当だと思われます。
尚、「ランスルー」と同じ様に「通し稽古」と訳される場合もありますが、本番と同じ衣裳やメイク、照明や音響等で行うことが前提であり、途中で止めることなく行う「ゲネプロ」に比べると、「ランスルー」が緩やかだと言えます。
●「ランスルー」と「ゲネプロ」
撮影現場では、通常は「ランスルー」までで「本番」撮影を行います。
それは、「ゲネプロ」を行う意味が薄いからです。
本番と同じ衣装やメイクや照明や音響なんて、撮影現場では「ドライ」や「カメリハ」辺りから当たり前の様にセッティングされていますし、「一発勝負」での撮影でも無ければ「ゲネプロ」までは行きませんでした。
その「一発勝負」は、通常ならばライブや舞台において課せられていますので、コレらの現場では「ゲネプロ」は必要だと思われます。
それに対して、何度も撮り直しの効くドラマ撮影等においては「ランスルー」までで十分でした。
しかし、「マルチカメラ撮影」の撮影現場だけは別です。
「マルチカメラ撮影」では、演技者が何分も何十分も止まることなく演技をしている状態を、何台ものカメラを使って撮影します。
それが撮影現場としては一番「舞台」の様な「ノンストップ」状態と近い状況なのです。
ですから、入念な「リハーサル」が必要であり、途中で状況を止めない「ゲネプロ」までが必要になるのです。
舞台の様な「一発勝負」ではないものの、何処かにミスや不足が生じれば、頭からやり直しであるのは確かですから……
●あとがき
現在の撮影現場では、映画等にフィルム撮影を残しているだけで、その殆どは「デジタルカメラ撮影」です。
だからこそ、昔の特撮作品の撮影現場では聞かなかった「カメリハ」や「ランスルー」の言葉が、マルチカメラ撮影の現場でもないのに聞こえてきます。
役者が揃えば、監督からのこれから撮影するカットの状況や役者の心理への説明を含めた「ドライ」から始まり、「ドライ」で得た情報を基にカメラや照明等のセッティングを行い「カメリハ」。
「カメリハ」が良ければ、即本番撮影という場合もありますが、通常は照明や音響の微調整用に「ランスルー」を行います。
そして、「ゲネ」は行わずに「本番」が通常の流れの様です。
これを毎カット毎カット、地道に続けて行くのが「撮影現場」なのです。




