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余り語られない撮影所のあれこれ  作者: 元東△映助
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余り語られない撮影所のあれこれ(83) 「ガチ袋」と「ナグリ」と「便利箱」

★「ガチ袋」と「ナグリ」と「便利箱」


●映像業界特有の名前

一般的に使用されている道具でも、各業界によって呼び方が違う場合があります。

以前にご紹介した「ガムテープ」=「ガバチョ」などは、その顕著な例です。

今回もそんな道具と、他の業界では余り見かけない道具をセットでお送りします。


尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw

今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。

そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。

東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。


●「ガチ袋」

「ガチ袋」とは、大工さんとかが腰に下げている工具等を入れておく補助ポケットのことです。

この「ガチ」とは、板と板を留める際に使うコの字になった「鎹」(かすがい)を指す言葉ですから、業界では本来は大工さんに準じる大道具さんが腰から下げている袋になります。

しかし、大道具さんでも本来の「ガチ」だけではなくて、釘やメジャーやカッターナイフ、マジックインキや筆記用具等も入っています。

また、大道具さんだけではなく、小道具さんや助監督、メイクさんまでが、用途に合わせた「ガチ袋」を下げ、その中に自分達が現場で必要な小物等を入れています。

例えば、助監督などはカチンコから始まりチョークやビニルテープ、カッターナイフ、ライト等が入っています。

メイクさんは、通常の「ガチ袋」と言うより布製の薄いポーチの様な形状で、一番大きなモノだと手鏡が入っていたり、数種類の櫛をはじめ髪留めも数種類、またアイライナーやリップ等が入っていました。

尚、「ガチ袋」の大きさや形状、中に入れておく小物類は、職種が同じであっても使用する人によってまちまちなので一概には言えません。

私の場合は、最初はカチンコと台本を始めとした小物を「ガチ袋」に入れて仕事をしていましたが、走る際に「ガチ袋」から飛び出す事が度々あってからは、カチンコと台本はズボンの左右の後ポケットにそれぞれ入れて、他の小物は「ガチ袋」では無く「ウエストバック」に入れていました。


●「ナグリ」と「金槌」の違い

「金槌」、「ハンマー」、「トンカチ」、「玄能or玄翁」、「ナグリ」それぞれ良く似たものですが名前だけではなくて、形状や機能が違っています。


○「金槌」

先ずは「金槌=カナヅチ」ですが、金属製の打撃部分を持ったモノを木製の「木槌=キヅチ」等の頭の素材で区別する為に呼んだ言い方で、「槌」だけが本来の呼び方です。


○「ハンマー」

「ハンマー」は主に「西洋式金槌」を指し、その大小は問いません。


○「トンカチ」

そして、「トンカチ」は、金槌が釘を打つ音「トントンカチン」から呼び方を取った金槌の俗称です。


○「玄能=ゲンノウ=玄翁」

さて、問題は「玄能=ゲンノウ=玄翁」です。漢字ではどちらでも書きます。

その「ゲンノウ」ですが、釘抜きが付いていなくて両側が釘を打つ様になっている金槌のことを指します。

この両端の打撃部分ですが、良く見ると少し違っています。

片方は表面が平らで、もう一方は少し盛り上がっています。

先ずは平らな側で釘を打ち、最後に少し盛り上がっている方で仕上げ打ちをする事で木材自体を傷付けない様な打ち方が出来ると言うのが「ゲンノウ」なのです。

「玄翁」の名前の由来は「九尾の狐」の伝説で、「九尾の狐」が封じられた「殺生石」(せっしょうせき)を金槌で割った僧侶「玄翁和尚」からだと言われています。


○「ナグリ」

さて、上記された「金槌」の種類や俗称は一般人でも通じます。

しかし、「ナグリ」だけは映画やテレビといった映像業界や舞台業界で、美術さんや大道具さんが主に使用している特殊なモノとなります。

この「ナグリ」を「映像業界で金槌やハンマーのことを指す」と書いてある解説もあります。

確かに、金槌の形状のモノを業界では総称して「ナグリ」と呼称する場合もありますが、それは用途として殆ど変わらないからなのです。

しかし、厳密な意味では「ナグリ」は特別な形状で存在します。

一般的な「ナグリ」は、釘抜きの付いた片面と四角い形状の釘を叩く片面が付いた金槌に、映像業界や舞台業界用の特別な補強と追加機能が付いているモノを呼びます。

尚、「ナグリ」の頭の部分が四角いのは、転げていかない為だとか側面でも釘が打てるからだとか言われていますが定かではありません。

さて先ずは、「補強」です。

「ナグリ」の「補強」は「柄から金槌部分が抜けなくする補強が施されているかどうか」です。

映画やテレビドラマのステージセットや舞台演劇の背景等の「建て込み」や「バラシ(=解体)」の際には、連続する釘打ちと連続する釘抜きが必要になります。そして、時間との戦いでもあります。

そもそも、打撃する金属部分から柄の部分まで全てが金属から作られている金槌では違いますが、通常の金属と木の柄から作られている金槌では、金属部分に四角い穴を開けて木の柄を差し込み、木の柄の頭にクサビを打ち込んで抜けなくしてあります。

そんな状態でも連続での釘打ちと釘抜きでは、クサビ自体が緩んできて金属部分が抜け落ちたり、木の柄と金属部分の繋ぎ目あたりから折れてしまうという状態になる可能性が大きくなってしまいます。

それを防ぐ為に「ナグリ」には補強用に、金槌の釘打ち部分側と釘抜き部分側とに金属製の長いクサビが合計2本打ち込まれ、木の柄にビス等で止められています。

更に豆クサビ等で抜け防止を施す場合もあります。

そして、「ナグリ」には正確さよりも時間を重んじる業界におけるオプションとして、木の柄が持ち手まで四角いタイプがあり、その柄に尺寸目盛が刻まれていたり、柄の底部が斜めに削られているモノが存在します。

この尺寸目盛は、いちいちメジャーを取り出すよりも簡易目盛によって、より早い仕事が出来る為であり、柄の底部を斜めに削るのは、平台やパネルのバラシの際に隙間に入れてこじ開ける道具にする為です。

まぁ、そんな時間の無い状態の「建て込み」や「バラシ」は、全体の7割ぐらいでしたがw


尚、私は最初は全部が金属製でグリップがゴム製で釘抜き付きの極一般的な「ハンマー」を所持していましたが、途中から大道具さんから頂いた「ナグリ」を使用していました。

私は、この「ナグリ」を今まで「ハンマー」を入れていた「ハンマーホルダー」に入れてステージセットに撮影に入った際に、たかだか持ち物が「ハンマー」から「ナグリ」に変わっただけなのに、現場の職人の端くれになった気持ちがして嬉しかったのを覚えています。

それは、「ナグリ」が美術や大道具さんが持つ「特有の工具」だったからなのでしょう。

但し、私が「ナグリ」や「ハンマー」を腰に指していたのはステージセットの時位でした。

勿論、私が「ナグリ」や「ハンマー」を持っていたのは、大道具さんを手伝ったり、撮影現場で「金槌」が必要になった際に簡単な作業ならば大道具さんを呼ばなくとも処理したりする為なのです。

それは、撮影途中でステージセット内を「バラシ」たり「建て込ん」だりする作業でもなければ、大道具さん自体が「セット付き」や「現場付き」と呼ばれる常駐スタッフではありませんでしたから、大道具さんが居なくてもどうにか出来ないかという気持ちの現れでもありました。

そして、これらは全て「少しでも早く撮影が終了する為」という一点に集約されているのです。


●「便利箱」

以前に「箱馬」をご説明した際に、一緒に説明すべきものだったモノが「便利箱」です。

形状や大きさは「箱馬」に似ていて、見た目上は単なる木の箱です。

箱馬のサイズの1尺×1尺6寸×6寸=303mm×485mm×181mm

、もしくは1尺×1尺7寸×6寸=303mm×515mm×18mmと殆ど変わりありませんでした。

「箱馬」との大きな違いは、箱自体に隙間が無く、長辺になる部分か一番広い面の中央に持ち手にする為の指が4本入る穴がひとつ開いていて、短い辺になる1箇所にスライド式のフタが付いているという事でしょう。

そして、中には木製の「クサビ」や「木片」が大量に入っていました。

この「クサビ」や「木片」は、主にレール式の移動撮影の際のレールの水平を保つ為の調節用に使われていました。

それ以外にも「クサビ」や「木片」を使う場面はありましたが、「便利箱」が常時撮影現場にあるモノではありませんでしたから、レール式の移動撮影でも無ければ「便利箱」から「クサビ」や「木片」を出して使用することは稀でした。


「便利箱」の語源は、この「クサビ」や「木片」を保管・運搬する為の木箱なのだが、「箱馬」と同じ用途にも使用が可能なので「便利な箱馬」から「便利箱」となったと考えられています。

尚、もっと縮めて「便箱」と呼ぶ撮影現場もある様です。


常時「便利箱」が撮影現場にないと言ったのは、「便利箱」が中身の「クサビ」や「木片」のお蔭でどうしても重くなる為に、「箱馬」として常時持ち歩くには不便である事が原因でした。

しかし、用途的にもレール式の移動撮影が予定されている場合は、必ず用意されていました。

更に、東映の「箱馬」は一番広い面には隙間の開いているモノが主流でしたから、六面全てが便宜上塞がっている「箱馬」は、この「便利箱」くらいでした。

ですから、撮影部がカメラの固定用に使用する場合があり、中に入れてある「クサビ」や「木片」の量を減らした「便利箱」を、カメラマンの椅子代わりに持ち歩いている撮影現場もありました。

さて、現在ではそのレール式の移動撮影も「タイヤドリー」や「スタビライザーを使用した手持ち撮影」や「ドローン」に代えられてしまっている感がありますから、この「便利箱」が撮影現場にある場面は益々少なくなっているのではないのでしょうか……


●あとがき

今回は、「箱馬」の回で「便利箱」を説明し忘れた事が発端でした。

「箱馬」をリテイクして「便利箱」を追記することも考えましたが、「箱馬」自体のリテイク内容が貧弱になりそうでしたので、尺を考えて「便利箱」位に短くなりそうな「ガチ袋」と、それだけでは1回分の原稿には足りなさそうな「ナグリ」を加えてお送りしました。


業界内でしか見ない道具や言葉。

もしかすると、「新たな技術革新」と共にそれらが消えてしまう可能性もあるのです。

しかし、それでも粘り強く残る道具や言葉もたくさんあるのでしょう。


尚、現在では「ガチ袋」はまだまだ健在の様ですが、助監督が「ナグリ」を腰から下げている場面も見なくなっている様です。

コレは「新たな技術革新」ではなくて「分業化」が進んだ事が要因です。

労働環境としては有難い事ですが、少し寂しい気もしてきます。


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― 新着の感想 ―
「ナグリ」 私達(ワンオフの産業用電子機器業界)にも同様に特殊な工具等が在り(特に名称は有りませんでしたが)私もそれ等を手にした時には同様な感慨と高揚感を感じました。 それ等のほとんどは先輩方が其々に…
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