余り語られない撮影所のあれこれ(43) 「カポック」
★「カポック」
今回は、撮影現場で使われるモノである「カポック」をご紹介します。
「カポック」とは「発泡スチロール」のことです。
って、これで終わってしまいました?
とはいきませんから、もっと詳細にご説明しますw
尚、例によって情報のほとんどが30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
●カポックとは
前途した様に「カポック」とは「発泡スチロール」のことです。
「発泡スチロール」は、正式には「発泡ポリスチレン」のことを指しますが、日本国内では「発泡スチロール」の方が一般的な呼び方です。
植物にも「カポック」は存在します。
その「カポック」の実からとれる繊維は軽量で撥水性が高く、発泡スチロールなどが普及する以前には救命胴衣に使われていました。
このことから、海上自衛隊・競艇等では救命胴衣のことを「カポック」と呼んでいるようです。
多分、逆にこの「発泡スチロール」を使用していた救命胴衣の事を「カポック」と呼んでいたことが、撮影所での「発泡スチロール」=「カポック」と呼ばれる語源になったのだと思われます。
●照明部のカポック
私が撮影所での「カポック」を思い出す際には、先ずは大道具の「カポック」を思い出しますが、現在では一般的に撮影所の「カポック」といえば照明さんの持つ「カポック」を指す様です。
照明さんの使う「カポック」は、一畳分に近い900mm × 1800mm × 30mmの大きさを基本に、端をガムテープで補強されたモノでした。
ガムテープの色は黒が多かった様に記憶しています。
大きさは基本サイズよりも小さなモノもありましたが、大きいモノでは倍のサイズもありました。
むしろ、他の素材で作成すると大きくなれば重くなる可能性があるので、「カポック」で作られるモノは大きなモノの方が多かったと思います。
現在では黒い「カポック」も存在しますし、白黒半面づつの「カポック」も存在します。
照明さんの使う「カポック」は、「レフ板」として使用されていました。「レフ板」は、太陽光や照明の光を反射させて使う照明器具です。
黒い「レフ板」は、通常は「レフ板」とは用途が違い光を遮る事に使用されていました。
同じ用途で白い「レフ板」よりも落ち着いた光を反射させたりする事にも使われる場合もあったようです。
余談ですが、30年前では黒い色の着いた「カポック」は全く見かけませんでした。当時は白い「カポック」の表面にツヤ消しの黒い紙を貼って作られていました。
遮蔽用途のモノは、スチールパイプで作られた四角い枠にツヤ消しの黒い布を貼ってあるモノが一般的でした。
なぜ、遮蔽用途のモノや「カポック」が存在するのかは、撮影用のカメラの起こる現象に由来しています。
という訳で、次は撮影部の「カポック」の説明です。
●撮影部のカポック
照明さんの「レフ板」と同じような形状ですが基本的に黒い面しか使用していませんでした。
と、言っても撮影部に専用の「カポック」がある訳では無くて、照明部の「カポック」を現場で一時的に借りていました。
用途は「ハレーション切り(=ハレ切り)」でした。
「ハレ切り」とは、逆光状態で光がカメラレンズに飛び込むことで、フィルムに必要以上の光が入り込んで過剰な感光をさせてしまうフィルムカメラの場合にのみ起きる「ハレーション」を防ぐ行為です。
デジタルカメラでは「ゴースト」「フレア」といった逆光による誤作動現象を防ぐ行為も「ハレ切り」と呼んでいます。
本来の「ハレ切り」は、コピー用紙のA4サイズ程の小さく薄いツヤ消し黒(=マットブラック)で塗られた木の板である「サンシェード」をカメラ前に着けて行われますが、光源が複数存在する場合や「サンシェード」の設置角度的に「ハレ切り」ができない場合等に、照明部さんの使用している黒い「カポック」をカメラから離れた場所に固定設置して「ハレ切り」に転用していました。
そうなのです。照明部さんが黒い遮蔽に使っていたモノや黒い「カポック」も、この「ハレ切り」が目的なのです。
光を反射させて使う「レフ板」としての「カポック」もあれば、逆に光を遮蔽する「サンシェード」としての「カポック」もあるというのは、面白いことです。
●大道具のカポック
さて、私が撮影所で最初に思い出す「カポック」は、何と言っても大きな岩の塊に模して削られた「カポック」でした。
30年前ではステージの前や脇に置いてありました。
大がかりなモノは、人が乗れる様にと中心部の枠を木や鉄で作製した後に、ベニヤやコンパネを張り、その上に「カポック」を貼り付け、岩肌を表現する為に荒く削って着色したモノ等というモノも存在しました。
また、ある程度の厚さのモノしか存在しなかった「カポック」を何枚も貼り重ねて大きな塊にしてから、岩の形に削り出すこともありました。
この手の「カポック」の塊の模擬岩石は、昭和~平成初期の時代に「特訓」と言われるヒーローの訓練シーン等で使われていた岩の塊に他なりませんww
本来は、岩が崩れてくるシーン等で降らせる際に「軽くて運搬が楽な上に、役者(=キャスト)やスタッフにぶつかっても怪我をする危険性が少ない」という理由で作製されたモノでした。
岩肌に見せる「カポック」も同様の理由で使用されていました。
更に、厚さのある板状の「カポック」の塊をグレーに塗って「コンクリートの塊」や「ブロック塀」を表現し、崩れてくる建物の破片として降らせたり、崩れてしまっている「ガレキ」の点在する空間を造り出すのにも使用されていました。
流石に現在では、頭の上から降らせたりする「ガレキ」や「岩」は危険性の無いCGに変更になっていますが、「カポック」の出番が無くなった訳ではなく、背景美術として画面内に配置される「ガレキ」や「岩」の様に、キャストが実際に触れなければならなかったり触れる可能性のある場合は、実物が必要ですので健在です。
また、岩肌を作製する際に吹き付け加工が可能なラテックスフォームを使用することがありました。
ラテックスフォームは吹き付けた後に泡状態に膨らみ加工できる程度に硬化しますから、広い面での「カポック」の貼り込み作業の場合は特に手間が無くなり楽になっている様子でした。
●小道具のカポック
塊から造形物を削り出さなければならない場合があれば、加工し易い「カポック」が使用されていました。
よく見かけるのは看板の厚みのある浮き出し文字です。
通常は、アクリル板や木の板を加工して造られるのですが、ある程度の厚さが必要な場合は、アクリルも木も加工が難しくなりますので「カポック」を使用していました。流石に表面には化粧様にアクリルや木の薄い板を貼り付けます。
現在では、3Dプリンターの使用や加工し易い素材の流通等により「カポック」よりも簡単に造形物が生み出せる様になりました。
ですから、小道具さんで扱う「カポック」は、少なくなっているのではないかと思われます。
ラテックスフォームの塊を加工する場合もありました。ラテックスフォームは「カポック」よりも固いけれどもアクリルや木よりも柔らかく加工し易いモノでしたが、高価なことが欠点でしたw
●カポックの利点と欠点
「カポック」は安価で手に入りやすく、加工も楽です。
電熱線使用の発泡スチロールカッター(カポックカッターとは言っていませんでした)を使えば細かな加工も可能です。
更に加工による差が生み出す表面の状態の変化も多く、色々な場面で使用することが可能でした。
着色も可能でしたから、偽物を作製するのにはうってつけの素材でした。
また、大きなモノでも運搬が容易で、ぶつかっても怪我をする危険性も少ないぐらいの固さしかありませんでした。
しかし、あまりにも大きな塊は固さを増し、ゴムの塊程度の硬度にはなりましたから、注意が必要でした。
また、余りにも脆く、気を付けて使用しないと塗装面が基部である「カポック」の表面ごと削り取られたり欠けたりしました。
そして、そうなれば「カポック」本来の色が表面に現れますので、素材がバレバレになってしまいます。
昔は、素材自体が着色された発泡スチロールというモノが一般に見かけませんでしたから、「カポック」といえば割れれば「白」が普通でしたw
「壁破り」という撮影がありますが、これは文字通り壁を何かが破って壁の向こう側へ突っ込んで行ったり、壁を突き破って出て来たりする撮影です。
現在ならば、CG処理されても良い撮影ですが、30年前ともなると全部実物撮影で行われていました。
この際に使用されるのがベニヤ板や「カポック」でした。
壁には、あらかじめ亀裂を入れて割れやすい様に加工するのですが、「カポック」の厚みがあると切れ目に白い「カポック」の素材そのものの色が出て来ますので、水性塗料やポスカで塗っていました。
さて、脆い「カポック」の塊でもラテックスフォーム加工を施し「カポック」の造形加工とラテックスの表面加工のハイブリッドを造り出せば良いのではないかと思われますが、「カポック」はラテックスフォームが溶かされている溶剤であるシンナーにも溶けてしまうので、難しいといわざるを得ません。
つまり、シンナーやラッカー系の塗料では「カポック」に着色出来ないということにもなります。
だからこその水性塗料でありポスカでもあるのですww
今回は「カポック」という撮影所では普通に存在するモノでした。
ここで疑問が生じます。「カポック」つまり「発泡スチロール」が一般的ではなかった当時の撮影では何を使っていたのか?
多分、木の板に紙や布を貼り付けていたのでしょうが、「カポック」を見つけた方は画期的だと思われたのでしょうねぇ。
その方に感謝しかありませんね。




