余り語られない撮影所のあれこれ(185) 「架空の『看板』を造る」
余り語られない撮影所のあれこれ(185) 「架空の『看板』を造る」
●映像作品の看板
世の中には「看板」が満ち溢れています。
小さなモノから大きなモノまで、また電飾看板や手描き看板まで、本当に多種多様な「看板」が店や会社を主張しています。
映像作品には、そんな「看板」をそのまま使用出来る場合とそうでは無い場合が存在します。
「看板」をそのまま使用出来る場合は良いのですが、そうではない場合には様々な「“架空”の看板」が必要となります。
今回は、そんな「看板」の製作方法を語ってみたいと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年以上前です。
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。
また、記憶の内容が30年以上の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在します。
その点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。
その点を予めご理解ご了承下さい。
●看板のスタイル
「看板」には様々なスタイルが存在します。
○店頭に掲げる「店頭看板」
店の店頭の上に掲げる看板で、通常は屋号や店の名前が記入されている。
○「コンビニ看板」とも言われる「欄間看板」
一般的にはコンビニの頭上に帯状に付けられているのを見ることができる看板。
○屋根の上に掲げる「屋上看板」
屋根の上や工場、ビルの屋上等に掲げる大型の看板で、基本的には企業名や企業のロゴマークなどが描かれている。
○柱等に掛ける「掛け看板」
柱や外壁などに釘やフックによってぶら下げたり、打ち付けたりして掲げてある看板で、建物や店舗の名称が記載されている。
○地面に直に置く「置き看板(スタンド看板)」や「ポール看板」や「立て看板(捨て看板)」
外食系の店舗が店頭にメニュー等を掲げる為のスタンド式や折りたたみ式等の簡易看板。また、電飾を施して夜間でも見やすくして店頭に置いてある看板。理容室や美容室のトリコロールカラーのポールサインがポール看板の一般例。立て看板は、布や板状の看板に簡易の骨組みを加えたモノで、自立出来ないモノもある。
○門や塀にはめ込む様に設置された「はめ込み看板」
校門や大型の施設等の門柱や塀などに、はめ込む形で学校名や施設名が表示してある看板。一般的には浮き彫り文字の看板だが、内蔵電飾が施された看板も存在する。
○店頭から突き出した形に設置された「袖看板(突き出し看板)」
店頭や建物、ビル等の壁面に突き出す様に設置された看板。内蔵電飾を施したり派手なランプ等で目立たせたりした看板も多くある。シックな喫茶店やバー、ビストロ等では突き出した棒状の下にブラブラと看板をぶら下げるタイプもあるが、コチラの方が歴史が古い。一般的には店名や企業名が書かれている。
○日差し避けや雨除け用のテントに描かれた「テント看板」
店頭の日差し避けや雨避け用の張り出しテントに店名等を書いた看板。畳めるタイプのテントでも固定タイプのテントでも関係なく存在する。
○暖簾に店名等が書かれた「暖簾看板」
暖簾に屋号や店名を入れたり、店の種類を表す様な端的に目立つ文字等を書いて看板としたもの。「中華そば」「大衆食堂」「干物 乾物 削り節」「呉服 反物」など、店名を入れなくても店が何を取り扱っているのかが分かる。
○布等に描かれた「懸垂幕」や「横断幕」
学校や役所等に見られる標語やアピールしたい事柄を書いた布状の縦型の垂れ幕が一般的な懸垂幕。横型になると横断幕。横断幕が良く見られるのは歩道橋の手摺り等に結び付けられたモノ。これらも看板の一種である。
○ガラス窓等に描かれた「ウインドサイン」
一般的には外光を余り遮断せずに、店名や企業名、宣伝等を窓ガラスやガラス戸等に書いた看板。外からの遮光を気にせずに窓ガラスやガラス戸等の全面に書いた看板もある。文字だけだけでなく絵や写真が使われる場合もある。
○壁に描いた「壁面看板」
店舗や建物の壁や塀をはじめ店舗や工場等のシャッターなどに、店名や企業名、宣伝等を書いた看板。大きなスペースが取れる上に、見る人の身近に描かれることから文字以外に絵などを使う場合もある。
○目的の場所を示す「案内板」
他の様々な看板の中で、特に目的地を示す目的の看板のことに特化した看板。もしくは、他の看板内に目的地を示す部分が書かれた看板。特に簡易地図などが並記される場合が多い。葬儀場の案内看板などのように一時的に設置されるものと、恒常的に表示されているものがある。中には、設置もされずにプラカードのように手に持って示される場合もある。
○広い場所に看板だけが立つ「野立て看板(広告塔)」
店舗や企業の広告などのために、歩行者や運転手などから見える位置に建てられた大きな板状の看板。一般的には土地は持ち主から借りて借主が看板を建て、広告主を探す方法で看板とする。
などがあり、更にそれぞれに対しても細かな分類があります。
また、それぞれの「看板」に対しても看板の材質、形、文字の違い、電飾の有無、などの違いが見られますから、多くのバリエーションが存在するのです。
これら膨大な種類の「看板」は、ほとんどが撮影所で製作されることがあるものです。
勿論、制作が不可能な看板もありますが、それ以外は「架空の看板」であれば新たに造らなければなりませんでした。
架空の看板ではなく、映像的に映しても良い看板であれば製作しなくても済みますし、架空の看板であっても実際の看板の一部だけを製作すれば大丈夫な場合もありました。
その多くは、文字だけを上から貼り足すなどして一時的に変更する場合に観られます。
例えば、「はめ込み看板」の場合などは、壁や塀はロケ先の現地のモノを使用し、看板部分に被せて看板の内容を変更するだけでよいという場合が殆どでした。
尚、ロケの度に使用しなければならない「レギュラー看板」の場合は使用後も大切に保管されて再度利用されますし、特徴的な看板でなければ一部を変更したり、そのまま他の作品や別のシーンなどで使用される場合もありました。
特に製作するのに予算のかかる「電飾看板」などは、表の店舗名等を変更したりして再利用されていました。
●看板の素材
架空の看板を製作する場合は、本来の看板の素材でなければならないということはありません。
例えばロケ地やステージセットにある本来金属の看板があり、その金属製の看板のようなモノを美術部に発注されたとしても「映像的に金属に見えれば良い」訳なので、木製やプラスチック製の看板を塗装によって「金属製に見せる」ということでも良い訳なのです。
特にロケ先で使用され撮影される「架空の看板」では、輸送の問題から「軽い」事と「コンパクトさ」が求められていました。
ですから、石の様に見えても中身は空洞で、表面は発泡スチロール製という様に、軽量化が図られていました。
中には、大型になる事を回避する為に組み立て式の置き看板というモノもありましたが、多分に強度に問題があったりしました。
こんな状況でしたから、前途した様に石造りの看板はもとより金属製の看板というのも「素材」から排除されていました。
その分、軽くて強い木製やアクリル製のようなプラスチック製の看板が多く製作されました。
その「本来見せたい素材の看板」とは違う「看板」を、いかに「本来見せたい素材の看板」に「見せられる」のかに、製作者は知恵を絞るのです。
木製やアクリル製の板の上からアルミに見えるテープを貼り、金属製に見せる。
中には、長年掲げられた「銅製看板」を表現する為に緑青の様な色をスプレーで吹き、銅色を塗り散りばめる。
●出来ない看板
30年ほど前には、どうしても撮影出来ない「看板」もありました。
それは、建物やビルの上にある巨大な「屋上看板」や巨大な「はめ込み看板」、巨大な「壁面看板」等の「巨大看板」達でした。
通常「架空の看板」は、「レギュラー看板」でもなければ一度使用すると殆どは二度目は使用しませんでした。
だからこそ、膨大な予算をかけて一度キリの「架空の看板」を造り、撮影が終われば元通りにするなんてことは、例え潤沢と思えるような映画撮影であってもまず有りえませんでした。
例えば、病院の名前が書かれた「屋上看板」や「壁面看板」は、病院前に置かれた「置き看板」や門前の「はめ込み看板」で代用したり、病院の入口前の日差し上部に、一文字づつ造った病院名の「文字看板」を「欄間看板」よろしく貼り付けて誤魔化していました。
ですから、本物の病院名の書かれた「屋上看板」や「壁面看板」は、遠景であろうとも映す事は出来ませんでした。
●現代の看板
現代でも多くの「看板」は手作りですが、「出来ない看板」がなくなったという感じがあります。
それは、ひとえに「CG」の存在が大きくなっているからに他ならないのです。
「CG」が不十分だった時代に諦めていた巨大な「看板」も、現代では「CG」という魔法の武器で諦める事なく映像化する事が可能となった訳です。
それでも何でもかんでも「CG」という訳にはいきませんから、手作り「看板」もちゃんと残っています。
「CG」製作にも費用は掛かりますから、造れる「看板」は出来るだけ作製し、どうしても製作が難しい「看板」が効果的に使えるのであれば「CG」で製作して使用するというのが一般的になって来ているようです。
この方法であれば、外観としてのロケ先の名称部分だけを「CG」で消して変更するとかも可能だからです。
それどころか、建物の外観全体を架空として「CG」製作する事すら出来るのです。
けれども、流石に建物の外観全体とかの「CG」製作位にまでなれば、一度きりの使用の為には製作を依頼する事は先ず稀で、何回か使用される事が確定しているレギュラーカットに対しての製作依頼という事になります。
しかし、「CG」よりも粗悪で貧相なイメージのある手作り「看板」も、現代では昔よりも改良されて製作されています。
それは、多くの新しい素材であったり、製作の為の新たな道具類の登場によって、より「本物」と見紛うばかりの「看板」が製作出来るようになっているからなのです。
●あとがき
今や大病院や大工場をドローン空撮しながらも、その病院名や企業名が書かれている「屋上看板」や「壁面看板」が映り込むといった映像を使用することが可能となっています。
この事は、対象の建物や病院や企業の規模を一目で分からせる効果として、外観の遠景を画面上に入れたいと思っていても入れられず、その建物や病院や企業の規模を、病院名や企業名にそれらしい名称を付けて雰囲気的に頼るしかなかった状況を一変させているのです。
因みに、「特捜エクシードラフト」の本部を表す「置き看板」は、途中で文字だけが変わっています。
コレは、第1話の前に小道具さんが台本表紙のロゴや文字を拡大コピーしたモノを元にして、アクリル板から切り出して手作りした「看板」でした。
しかし、撮影現場では不評で、途中で専門の「看板業者」に発注をかけて、本来のロゴや文字にそっくりなアクリルプレートを製作して貰ったからだと記憶しています。
架空の「看板」製作は、新素材と新技術と小道具さんの腕に頼るモノが殆どです。
また、本物の「看板」の方も時代と共に変化しています。
フィルムからビデオ、ビデオからデジタルへと画像の解析度が上がるにつれ、手作り「看板」はバレ易くなって来ているハズなのですが、それでもバレにくいのは、様々な技術力の進歩と製作者の努力があるからという事になるのでしょう。
何の違和感もなく観ている「看板」。
違和感が無い事が大成功な「看板」という部分にも注意して作品を鑑賞するのも面白いのかもしれません。




