余り語られない撮影所のあれこれ(106)「コロナ禍における撮影現場のガイドライン(変革編)」
余り語られない撮影所のあれこれ(106)「コロナ禍における撮影現場のガイドライン(変革編)」
●ピンチはチャンス
コロナ禍と呼ばれるパンデミックは、世界に未曾有の影響を与え、経済的にも大打撃を与えているのは、今や周知の事だと思います。
それは、エンターテインメントの業界においても顕著であり、業界自体の存続までも危ぶまれる状況であるのも確かです。
しかし、そんな状況でも我慢強くしたたかに、このピンチをチャンスに変えるかの様に変革を模索している状況が垣間見える部分があります。
今回は、ガイドラインそのものではなく、ガイドラインに書かれていない撮影現場の創意工夫というか、ピンチな状況を逆手に取り今迄考えられてもみなかったチャンスな状況を作り出そうとしている部分を探ってみようと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。
また、今回は多分に推測が混じっています。実際の撮影現場の状況とは異なる可能性があることも併せてご了承ください。
●ロケ地
コロナ禍においてのロケ地の借用条件が厳しくなったり、ロケ地そのものが一時的に使用不能になってしまっていたりという例もある様です。
また、ロケ地として借用しても密閉空間になる室内は借りない若しくは借りられないという状況も出てきているようです。
とは言っても広い空間や「密」にならない人数での撮影等の工夫によって、ロケ地を借りての撮影は続いている様です。
しかし、「ガイドライン」によれば、多人数が集まり接触の危険性のある撮影という仕事では、撮影時間の短縮も感染予防対策だとされていますので、ロケーションという移動を伴う時間を消費する撮影は、極力避けようとしているのではないかと思われます。
また、ロケーションとして撮影所外へ移動する場合のロケバスも「密」になる空間ですので、ロケーション場所を撮影所の近隣に求めたり、ロケバスで移動をしても短時間で済むような場所にロケ地を選定する等の工夫があるように感じられます。
必然的にロケ地が限定される様になったりという弊害も生まれているのではないかと深く考えてしまいます。
極端な例としては、撮影所内での撮影が殆どを占める作品すら見受けられます。
創意工夫はされていますから、カメラのアングルやシーン構成等で同じ様な場所という感覚は薄めてはありますが、流石に毎回の様な使用頻度での撮影所内の撮影は、苦労されている様です。
また、ロケーションは少人数でのシーンに限って於いて、多人数でのシーンは撮影所内やその近隣で行うといった様な創意工夫がある様に画面から観て取ってしまっています。
しかし、今迄考える事のなかった条件下での創意工夫は、今迄観ることのなかった映像を創る事に繋がるのも確かだと思います。
●CG
「密」の回避。撮影場所の限定。撮影時間の短縮。「接触」等の「感染リスク」の回避。
撮影に際して避けては通り難い条件が「ガイドライン」にはたくさんあります。
その条件をクリアしてくれる存在として「CG技術」があります。
「CG」という現実空間での映像では無いからこそ、「接触」も無ければ「密」も発生しません。
撮影場所すらも「CG」で作成する事は可能ですから、異世界や異空間等の様な突飛な場所を含むどんな場所でも設定出来ます。
そして、ドラマ撮影と同時並行して「CG」を作成する事で撮影時間の短縮にも貢献出来るのです。
余談ですが、ゴジラシリーズやウルトラマンシリーズに代表される円谷プロや東宝では、ドラマ撮影班=本編班と特撮シーンの撮影班=特撮班に別れて撮影するスタイルで、どうしても時間のかかる特撮シーンの撮影時間を作り出していました。
基本的にゴジラやウルトラマンは人間よりも巨大で、人間が絡むシーンは殆どありませんでしたから、合成や別撮りで対応していましたし、ドラマ撮影の監督とは別に特技監督がいらっしゃいましたから、それぞれが独立した撮影が可能だったのです。
それに対して東映等の等身大ヒーローでは、ドラマ撮影部分と特撮部分が重なる箇所が多く、分けて撮影するのは、困難であった事から特撮部分やアクション部分であってもドラマ撮影部分の監督が立ち会う事が多く、ドラマ撮影と特撮撮影が同時並行で撮影されることはありませんでした。
但し、「CG」の欠点もあります。
実写との画像全体の質感の違い。
実写キャストとの動きの違い。
だからこそ、人間のキャストそのものを「CG」にするには多分に誤魔化しが必要になるでしょう。
現在では、ヒーローや怪獣や怪人等のキャラクター、乗り物や建物等の無機物、爆発や瓦礫等のエフェクト、等が「CG」使用の主軸の様です。
●携帯電話
これは、ドラマ等の演出に関連してくる事なのですが、キャストが同じ場所で集まって撮影をする事を極力避ける為や、撮影時の飛沫感染予防の為に出来るだけキャストは別々の方向へ向いて演技出来る事が望ましいのです。
ですから、会話だけで話が進められるシーンでは、携帯電話の存在が見直されているのではないかと思われます。
携帯電話そのもののドラマ内での使用は、携帯電話が一般的になり、小型化した時点から始まっていますが、連絡を取り合う為のツールであり、短時間で要件を伝える事が当たり前の状況でした。
事実、昔の携帯電話の料金体系では、いくら掛けても定額料金サービス等というモノは無く、1分幾らや30秒幾ら等という料金でした。
それだけに携帯電話での長電話は、料金を気にしていない若者やセレブの行いであったと思います。
しかし、現在のスマートフォンの時代になると、定額料金で長時間の通話が使用可能になった事や、メールやライン等の通話以外の連絡手段の確立で、携帯電話の在り方が変化し、それが撮影現場の演出にまで影響してきました。
離れた場所かどうかは関係無く、情報交流のツールとしてスマホを使用する事で、「密」にならず「飛沫感染」も心配せずに「会話」という状況が撮影出来るのです。
撮影自体では、会話をする者達を一堂に会しての会話シーンが一番「楽」で、同じ台本内の状況を表現する方法としては撮影時間がかかり過ぎる「いちいちの個別背景での会話」は、余り好まれないと思われますが、それが「コロナ禍での撮影」として有用であるのならば、少なくとも今は推奨すべき演出方法のひとつではないでしょうか。
●リモート
余り撮影シーンの中で「リモート」を使用する事はなかなかありませんが、あってもモニター越しの会話でしょう。
この場合の「リモート」は、「顔合わせ」「打ち合わせ」「衣装合わせ」「会話練習」等の今迄は実際に顔を突き合わせての状況しかなかった撮影以外の準備段階等での決まり事が、距離を隔てても同時刻にカメラの前に個々に集まる事で、変革してきたと言えるモノです。
あくまでも「顔合わせ」「打ち合わせ」「衣装合わせ」「会話練習」は、実際に顔を突き合わせてというのが「当たり前」の世界でしたから、コロナ禍において変革を求められた事によって「慣習」を根本から覆し半ば強引に採用されたのが「リモート」のシステムでした。
確かにきっかけは「感染予防対策」なのですが、距離の短縮や時間の短縮といった事にも繋がりますから、少なくとも悪い状況になったとは言い難いですね。
●ネット動画
映像作品に於いても舞台での表現の場はありますし、ファンミーティングやトークショーといった人を集めての活動もありました。
しかし、コロナ禍に於いては「舞台」という状況はもとより「集会」と言えども難しい状態ですから、開催自体も延期や中止を余儀なくされています。
そんな状況の中で、台頭してきたのが「ネット動画」による課金システムを使っての「配信」イベントです。
現在では、特撮作品のファイナルステージを「チケット制のネット動画」として配信するという状況になってきています。
延期や中止、もしも開催されても入場者数の半減以外が考えられる「舞台」事業を、世界配信する事になる「ネット動画配信」で「有料の興行」とする事で、新たに生まれ変わらせたとも言える事業となっています。
これも「コロナ禍」の状況が無ければ「気が付かない」か、乗り出そうと思わない「慣習」の中にあって、変革が成されなかった分野ではないでしょうか。
●あとがき
確かに「コロナ禍」は、エンターテインメントの業界に大きな打撃を与えました。
そして、その大きなストレートパンチと共にいつまで続くのかといった精神的なボディブローを受けながらも、小さくとも癒やす可能性のある「変革」が、新たな状況を作り出していっているのもまた事実です。
今回は、番外編的に「コロナ禍」における「創意工夫」から出た「変革」を追ってみました。
現在も、これ以上のモノも多く存在すると思われますし、これからも多彩な「変革」が進められるとは思います。
苦しい時こそ「創意工夫」がもたらす「変革」が出てくるのは、「人間の底力」ではないでしょうか。




